海外から帰国したチェギョンは、宮で過ごす前の生活に戻っていた。
少し違うのは、チェジュンやカン・テジュンとの時間が増えたぐらいで、毎日点滴を受けながら各方面に指示を出していた。
(チェジュンも頭の良い奴だけど、チェギョンはけた違いだ。でも毎日点滴って・・・ここまでしないと当主は務まらないってことなのか?周りの人間ももっと気遣うとか、少し休ませるとか、何でしないんだ?)
テジュンが不満を抱えながら、ハギュン達の雑用をしていると、ハギュンの携帯が鳴った。
着信を見て顔を顰めながら携帯に出たハギュンだが、切った後は深刻そうにチェギョンを見た。
「チェギョン、ミン・ソオンからだった。産気づいて入院されたそうだ。お前を待っておられる」
「えっ・・・そう・・・」
「・・・チェギョン、後悔しないためにも行って会ってこい。最後の機会になるかもしれないんだぞ」
「・・・・・」
「チェギョン!!」
「アジョシ・・・分かった。行ってくる。車の用意してちょうだい」
「玄関でウビンが待っている」
「ありがとう」
チェギョンが玄関に走っていく姿を見送ると、チェジュンはホッと溜め息を吐いたが、ハギュンは険しい顔のままだった。
「やっと行ったね。。。アジョシ、顔が複雑そうだよ」
「個人的には、宮とはビジネス上の付き合いだけで、縁を切りたいと思ってるからな。だが、ジフがいない今、ここではもう限界が来てた。究極の選択ってやつだ」
「ふふ・・・でもさ、ヌナ、ずっと皇后さまの体調を気にかけてたよ。気になるなら行けばって言ったら、行きたくても行けないってさ。辛そうで、これ以上聞けなかったんだけど何で?」
「・・・そりゃ、ヒョンとスンレさんの所為しかないだろう」
「だよね・・・テジュンヒョン、ヒョンの疑問に答えるよ。ヌナは両親の所為で、心許した人間が添い寝をしないと眠れない。魘され、呼吸困難に陥るんだ。俺が知る限り、ヌナが安心できる人間ってジフヒョンと皇后さまとシン殿下ぐらいだと思う。だから最近、寝不足で点滴が欠かせないんだ」
「そんな・・・ハギュンさん、何で病院で治療しないですか?」
「それはカウンセリングを受けさせろって事か?」
「はい、そうです」
「信頼できる医師がいないから無理だな。チェギョンのトラウマの原因は、すべて犯罪絡みで内密に処理してある。警察に届けられたら困るんだ」
「そんな・・・チェギョンの体の方が大事なんじゃないですか?」
「3歳の時に母親に首を絞められた所為で、眠れないと告白させろって言うのか?」
「えっ!?」
「まだあるぞ。。。自分を庇って、2人の人間が目の前で刺殺された所為で眠れないと言ったところで、医師はどうアドバイスしてくれるんだ?それに医師がチェギョンに触れた瞬間、もうカウンセリングにならないだろうよ」
「・・・・・」
「刺殺事件の一つは宮絡みだ。絶対に世に出すわけにはいかない。そしてもう一つは、身内で被害者は先代だ」
「えっ!?」
「だからチェギョンには可哀想だが、自力で乗り越えてもらうしかないんだ。お前たちは、おとなしく勉強でもしておけ」
テジュンは、チェギョンの余りにも悲惨な過去を聞き、言葉を失ってしまった。
そして初めて会った時にチェジュンが、自分も犯罪者の息子だと言った意味をやっと理解した。
(チェジュン、お前も辛い立場なんだな。。。チェギョンは俺では役不足だけど、お前は俺が支えてやる)
チェジュンとテジュンが男の友情を分かち合っている頃、チェギョンは宮内病院の皇族専用入り口に着いた。
そこでハン尚宮が涙を浮かべながら、チェギョンを出迎えてくれた。
「ハン尚宮オンニ・・・皇后さまは?」
「今、陣痛に耐えておられます。皇后さまがお待ちです。急ぎましょう」
「はい。よろしくお願いします」
チェギョンは、病室に入るなり、陣痛で苦しむ皇后に駆け寄った。
「皇后さま!分かりますか?チェギョンです。頑張ってください」
「姫さま、皇后さまがお腹に力を入れないように深呼吸を促してちょうだい」
「分かった。ソオンオンニ、他には?」
「水分をこまめに摂るのと、陣痛が来たら腰を擦ってあげて」
陣痛が落ち着くと、皇后はチェギョンの手を握った。
「こら、家出娘!何も言わずにいなくなるなんて、どれだけ心配したと思ってるの?もう黙って、居なくならないでちょうだい。ホント心配で眠れなかったんだから・・・」
「おば様・・・ごめんなさい。シン君もゴメンね」
「本当だ。ちゃんと眠れてないんだろ。無理しやがって・・・母上の出産までは我慢しろ。後で、添い寝してやる」
「うん♪」
シンとチェギョンは、交代で皇后の腰を擦ったり、水分補給の手伝いをしたり、皇后を励まし続けた。
陣痛の間隔が短くなり、とうとう出産の時が来た。
「そろそろ出産準備に入ります。殿下と姫さまは退室してください」
「先生、2人には立ち会ってもらいます」
「「!!!」」
「えっ!?皇后さま?」
「シン、チェギョン、しっかり見届けてちょうだい。そして万が一の場合、この子に母がいかに愛していたか伝えてほしいの・・・うっ・・・」
「「皇后さま!!」」
皇后の意志を受け、特例でシンとチェギョンの立会いが決まった。
皇后の両脇に二人が陣取り、片方ずつの手を握ると、皇后と3人で出産に臨んだ。
陣痛が来るたびに手を握ってくる皇后の力にシンは、驚いた。
(凄い力だ。子供を出産するって、こんなに大変なんだな・・・えっ!?チェギョン?)
反対側にいるチェギョンがボロボロ泣いている姿にシンは一瞬気を取られたが、すぐにギュッと手を握られたため、意識を皇后に戻した。
「チェ・・・ギョン、泣いてちゃダメ。。。自・・・分の為にもしっかり・・見届けて・ちょうだい」
「皇后さま・・・はい」
『皇后さま、今度陣痛が来たら生きんでみましょう。もうすぐお会いになれますよ。頑張りましょう』
ソオン医女が声を掛けると、皇后は汗だくの顔で頷いた。
そこからは、出産がスムーズに進み、標準よりは小さめだが元気な親王が誕生した。
『皇后さま、おめでとうございます。元気な親王様です』
「・・・ありがとう。シン、チェギョン、この子の名前はイジュン。ジュナをお願い・・・ね」
「「「皇后さま!!」」」
突然意識を失ってしまった皇后。
廊下で待機していた医師団が部屋に入ってくると、すぐに皇后を別室へと移動していった。
部屋に残されたシンとチェギョンは、呆然と見送ることしかできなかった。
隣の部屋からは、何も分からないシンの弟イジュンが元気な産声をあげ続けていた。
(母上・・・最後まで諦めないで。俺にもチェギョンにも それから命を掛けて産んだイジュンにも母上は必要な人なんです)