正殿居間での話を終えた皇后は、今、自分ができることを考えた。
「ハン尚宮、そこにいる?」
「はい、皇后さま」
「キム内官かコン内官を捕まえて、大邱のひき逃げ事故の被害者夫婦の遺族がどの施設で暮らしているか聞きだしてきてちょうだい」
「かしこまりました」
ハン尚宮が出ていくと、皇后は実家に電話を入れ、会議に出席していた兄にある頼みごとをした。
辛い頼みごとだったが、兄は快く受け入れてくれ、皇后は感謝するのだった。
一方、大邱に向かったチェギョンは、施設に着くなり一人の少女に抱きついた。
「チェギョン?」
「ゴメン、今日はヒスンと一緒にいたくて・・・」
「一体、どうしたの?変なチェギョン。今日は泊れるの?」
「うん・・・」
施設責任者であるチェギョンの大叔父は、チェギョンの急な訪問を驚いたが、ヒスンにチェギョンと談話室に行くように話した。
談話室に行ってもチェギョンは俯いたまま、ヒスンの顔を見ようとしない。
しばらくするとドアがノックされ、ヒスンに刑事が会いに来たとアジュマが伝えに来た。
「アジュマ、刑事さんをここに。私が一緒にお話を聞きますと大叔父様に伝えてください」
「はい、姫さま」
「チェギョン・・・刑事さんが私に何の用なんだろう?」
「ヒスン・・・大丈夫。私がついてる」
大叔父が、大邱警察署の刑事課長と刑事を案内して談話室に入ってきた。
刑事課長が、両親をひき逃げした犯人を逮捕できたことを淡々と報告した。
「・・・刑事課長さん、遺族に事件の全貌をちゃんと説明すべきだと思います。なぜ隠すんです?これは、あなたの独断ですか?」
「えっ!?君は、一体誰なんだ?」
「私はこの施設の総責任者で、ヒスンの保護者と思ってくだされば結構です。先程の質問です。警察の不祥事を隠匿するおつもりですか?これは、誰の考えですか?」
「君は、一体、何を言っているんだ!?」
「チェギョン?」
「ヒスン、よく聞いて。大邱警察の署長が、犯人の父親からお金を貰って事件を揉みつぶしていたの」
「「「!!!」」」
「刑事課長さん、まさかと思いますが、この不祥事を伏せようと思っているんじゃないでしょうね?あなたもグルだったとか?」
チェギョンにジッと見つめられた刑事課長は、内心焦りながらも白を切りとおそうと考えた。
「何のことを言ってるんだか・・・大体、犯人を特定できたのは昨日の事だ。一体、君は誰からそんなデマを吹聴されたんだ?」
「・・・刑事さん、先程から苦虫を潰したようなお顔をされていますが、上からの命令には逆らえないですか?」
「えっ!?」
「刑事課長さん、今、デマだと仰いましたね?では、大邱の警察署長をこちらに呼んでください」
「「・・・・・」」
「はぁ・・・遺族が中学生一人だから、簡単に誤魔化せるとでも思われましたか?」
「き、君は何を言ってるんだ?失礼にも程がある!!私を誰だと思ってるんだ!?」
「ただのバカ・・・大叔父さま、電話」
焦る刑事課長を無視し、チェギョンは鞄からアドレス帳を取り出し電話を掛けだした。
「アジョシ、シン・チェギョンです。今、大邱の施設に来ています。大邱の刑事課長が、今、こちらに事件の説明に来られてるんですが、犯人が王族だったことやその父親が警察署長を買収して、事件をもみ消していたことをデマだと白を切りとおされるのですが、これってアジョシの指示なのかしら?もしそうなら、全面的に戦うよ」
「「「!!!」」」
『・・・・・』
「そう、おじ様の指示じゃないのね。良かった。おじ様、ウンおじ様に調査してもらうよう私から連絡しようか?」
『・・・・・』
「分かった。おじ様を信じるからね・・・・刑事課長さん、電話代わってだって」
チェギョンに受話器を渡された刑事課長は、恐る恐る電話に出た。
電話に出た刑事課長は、一気に顔色を失い、体がガタガタと震えてくる。
電話が切れると、刑事課長は、その場で床に跪き、頭を下げた。
チェギョン以外の者は、その姿を唖然として見つめていた。
「初めから、そうすれば良いものを・・・あなたもグルだったのかしら?」
「・・・違います。ですが、保身に回ってしまいました。申し訳ありません」
「警察を代表して来たのなら、事件の最大の被害者であるヒスンに対して真摯に謝罪するべきでした。近日中に王族の不祥事が、続々と公表されるでしょう。その時に事実を知らされるヒスンの気持ちを考えたことがありますか?今日のあなた方の対応は、ヒスンの傷を更に抉るものだったことをお忘れにならないように・・・ヒスン、行こう」
チェギョンがヒスンの手を引いて談話室を出ていっても 刑事課長は立ち上がることができなかった。
「姫さまを怒らせてしもうて・・・刑事課長さん、あんた、可哀想だがもう終わりじゃな。大体、ここを何も調べずに来たことが間違いじゃったな」
「えっ!?刑事課長・・・?」
「・・・施設長、一つ聞かせてほしい。先程のお嬢さまは、どういった方なのですか?」
「・・・シン一族の要・・・宝ですな。若干10歳で先代の跡を継いで2年。全国に散らばるシン一族を立派に束ねておられる。お前さん達の腐ったTOPとは、大違いじゃな」
「「・・・・・」」
「儂らも姫さまの交友関係を知らされておらぬから、先程の電話が誰からかは知らぬ。だが、姫さまの一言で国が動く事は確かじゃな」
どこからともなく、カヤグムの音が聞こえてきた。
「姫さまじゃよ。カヤグムを奏でて、ヒスンを慰めておられるのじゃろう。心清き者には天使じゃが、邪心を持つ輩には悪魔に見えるじゃろうな、うちの姫さまは・・・さぁ、そろそろお引き取りを」
追い出されるように施設を出た刑事課長と刑事は、ところどころに目つきの鋭いSPが立っていることに気づいた。
「刑事課長、一体、これは・・・ちょっと職質してきます」
「止めた方がいい・・・さっきの電話、警視総監だった。それと彼女が言ったウンのおじ様とは、公安委員長のことだ。明日から、大邱警察全体に調査が入るだろう」
「えっ!?」
「・・・恐らく幹部は一掃される」
『恐らくじゃない、間違いなくだ!・・・あんた、ホント幹部候補生だったのか?読みが甘すぎるだろ』
2人が背後からの声に振り返ると、仕立ての良いスーツを着た大学生が立っていた。
「あんた達の給料も王族が警察署長に渡した金もすべて国民が払った税金なんだよ。それを忘れるから、身が破滅するんだ」
「貴様・・・一体誰だ?」
「俺?・・・イルシムの後継者で、チェギョンのボディガード。チェギョンは、あんた達が想像もつかないぐらい上の方がプライベートはイルシム、公式の場では青瓦台と公安の特殊部隊が警護すると決めた超VIPだ」
「「!!!」」
「もうすぐ宮から使者が来る。何の為だか・・・邪魔だから、とっとと帰ってくんねぇか?」
ウビンは、呆然とする二人を警察車両に押し込み、さっさと施設の敷地から追い出したのだった。