翌朝、目が覚めたチェギョンは、もういつものチェギョンで元気溌剌だった。
脱衣所に設置された洗濯機を見つけたのか洗面所からキャーと叫ばれ、シンは女官たちが駆け込んでくるのではと慌てふためいた。
「シン君、お先。ちょっと何ボサッとしてんのよ?朝は、1分1秒が貴重なのよ。ほら、さっさとシャワーして着替える!」
「う、うん・・・」
チェギョンは、ちょっと心配顔のシンと一緒に 朝の挨拶をするため正殿に向かった。
正殿居間前の廊下には、チェギョンを待つシン・ハギュンが心配そうに立っていた。
「アジョシ、心配をかけました。もう大丈夫です。先に挨拶をしてしまいます。少し待ってください」
「はい、姫さま」
シンは、チェギョンとハギュンが、親戚でありながら主従関係なのだと改めて思った。
正殿居間に足を踏み入れると、真っ先に声を掛けたのは皇太后だった。
「シン、チェギョン、おはよう。チェギョン、やっと戻ってきてくれた。チェギョンがおらぬ3日間の宮は静かすぎて、退屈でした」
「クスクス、パクお婆ちゃまったら・・・。皇太后さま、陛下、皇后さま、おはようございます。それからヘミョン公主さま、はじめまして。シン・チェギョンと申します。事情があり、宮でお世話になっています。宜しくお願いします」
「イ・ヘミョン、シンの姉です。よろしくね」
「・・・ほら、シン君もご挨拶!」
「あ、うん。皆さま、おはようございます」
「太子、チェギョンさん、おはよう」
「シン、チェギョン、おはよう。チェギョン、ソオンさんの事、ありがとう。お蔭で体調がいいわ」
「それは、良かったです。これ、お土産です。良かったら、お納めください」
「何かしら?」
渡された袋を開けてみると、正絹でできた赤ちゃんの産着が中から出てきた。
「赤ちゃんには木綿が一番なのに オジジが皇族の赤さまなら絹に違いないって。里にあったのをちょっと拝借して、おばあ様に教えてもらって縫ってみました。良かったら、使ってください」
「チェギョン、ありがとう」
「そうだ、ヘジャお婆ちゃん。ソオンオンニから、女官のオンニに薬湯の煎じ方を伝授してもらおう。漢方をバカにしたらダメだよ。副作用の心配もないし、身体に合えばすごくよく効くんだから」
「そうね・・・後で、ソオンさんと相談するわ」
「チェギョンさん、今日から本格的に始動と聞いたが・・・」
『失礼いたします。シン・ハギュンでございます。入室してもよろしいでしょうか?』
「構わぬ」
シン・ハギュンが一礼をし、居間に入ってくると、ヘミョンが頭を下げた。
「僭越ながら、これからの予定を私から説明させていただきます。しばらく陛下には私が付き、陛下のスケジュールをコン侍従長と広報部職員で詰めたいと思います。その間、引き続きキム・ヨンハ内官をうちのお嬢様にお貸し願いたい」
「宜しく頼む・・・チェギョンさん、キム内官はどうだね?」
「う~ん、真面目な人だと思います。後は、度胸と判断力、臨機応変さが身に付けば完璧です。うちの施設の看板に泥を塗らずにすみます」
チェギョンはニコニコ笑いながら話したが、聞いた者たちには全否定に聞こえ、思わず苦笑してしまった。
「クククッ、殿下、侍従長不在で不自由をおかけしますが、何かございましたらキム内官をお使いください。もし役に立たなければ、うちから一人出します」
「分かりました」
「チェギョン、午後ならOKだそうだ。スケジュールは任せる」
「分かった。。。キムオッパ、すぐにポラロイドカメラとパウチッコを用意してください」
「パウチッコですか?すいません、それはどういうものなのでしょうか?」
「はぁ・・・もういい。アジョシ、朝食後、食器倉庫の掃除をします。カメラとパウチッコを至急用意してください。それからイジョンオッパを呼び出して」
「了解」
「キムオッパ、ソ・イジョンという人が私を訪ねて来ます。通れるように手配してください。それと掃除用具の用意をお願い」
「は、はい!すぐに手配します」
一目散に居間を飛び出していったキム内官を 皆が苦笑交じりで見送った。
「皇后さま、気分がいいのなら、お昼から一緒に出掛けませんか?」
「それは良いけれど・・・どこに行くのかしら?」
「無駄にデカくて趣味の悪い家ですが、温水プールがあるんです。そこでマタニティアクアビクスをしませんか?警備は宮以上に厳重ですし、現役医学生のオンニがインストラクターです。だから一緒に行きましょう」
「チェギョン、俺も行きたい」
「うん、そのつもりだった。どうせ学校に行くつもりないんでしょ?一緒に行こう。TOPたるもの常に冷静沈着でというのが、いかにナンセンスか教えてあげる」
「えっ!?」
「クククッ、チェギョン。アイツは規格外だ。あれが皇帝だったら国は亡びる。ジフは無理だったが、他は集結する。イジョンに連れていってもらえ」
「は~い。コンアジョシ、時間のある翊衛士も全員連れていきます。翊衛士長と相談してください」
「はい、かしこまりました」
シンとチェギョンが居間を出ていくと、ヘミョンはフゥ~っと大きく息を吐いた。
「まるで、お父さまを差し置いて、ここの主(ぬし)みたいね」
「これ、ヘミョン!!」
「ヘミョンさま、ご不満のようですね。文句は実力を付けてから言ってください。私には、負け犬の遠吠えにしか聞こえませんよ」
「////・・・」
「お嫌なら、いつでも手を引きますよ。正直、関わりたくないのが本音ですので・・・」
「ハギュン殿、申し訳ない。留学して、少しは世間知らずが治ったかと思いましたが、全然のようです」
「皇太后さま、知っております。どうぞお気になさらずに。陛下、皇后さまの午後からの訪問先は神話会長邸です。2年半前、神話グループが危機に陥ったことを覚えておられますか?」
「ああ、何とか持ち直したようだが、あの時は経済が混乱するんじゃないかと心配した」
「あれは、うちの姫さまが仕掛けたというか、御曹司の婚約会見に殴り込みをかけた所為です。まだ高校生なのに政略結婚しないといけない程、息子は無能で会社は危ないのかと言ったものだから、一気に株価が暴落しました」
陛下たちは、驚きすぎて開いた口が塞がらなかった。
「クスクス、チェギョンは、ただ御曹司の恋の応援をしたかっただけです。そのお蔭で婚約は白紙に戻り、御曹司は最愛の恋人を手に入れました。それ以来、神話の御曹司はうちの姫には頭が上がりません。陛下、不本意ですが、うちの姫と行動を共にする事は、殿下にいい影響を与えると思います。どうか黙って、見守ってさしあげてください」
「・・・分かった。そうしよう」
「では、私も用を言いつけられましたので、これにて失礼します。午前9時に陛下の執務室に参ります。では・・・」
ハギュンが出ていくと、陛下たちは呆れたようにヘミョンを見た。
「・・・ごめんなさい。だって姫さま、姫さまって・・・」
「ヘミョン、チェギョン嬢は滅亡した百済王朝の末裔で、間違いなく由緒正しい姫君だ」
「えっ!?」
「それだけじゃない。若干10歳でシン宗家の当主に君臨し、次期侍従長に一番近い男と言われた男を側近にし一族を率いている。その努力は、ヘミョンの想像をはるかに超えるだろう。昨日も意識を喪失したまま帰宮したと報告があった。おそらく祭祀のかたわら不眠不休で、皇后の為に産着を縫ったのだろう。本当に心優しいお嬢さんだと私は思う」
「ヘミョン、命令です。食器倉庫の掃除を手伝いなさい」
「お母さま・・・」
「整理する時間がなく、行事の度に食器選びには苦労しています。チェギョンには一言も漏らしていないのに宮内を散策して気づいたのでしょう。ユン元大統領たちが、宮の改革にはチェギョンが適していると言った意味が分かった気がしました。あなたも肌で感じてみてはいかがですか?」
(ヘミョン、いつかチェギョンが貴女の補佐をするのではなく、貴女がチェギョンを補佐していることに気づくはずです。その時、貴女がすんなり受け止めてくれることを願っています)