それからのチェギョンは、ジュナの事はチェ尚宮とシンに任せ、寝るために病院に戻ってくる。
皇后は術後3日目に目が覚めたが、面会はガラス窓越しでしかできず、そこからジュナを見せる毎日だった。
シンとチェギョンは、ジュナが退院する前日、許可を取って皇后の病室に入った。
「明日、ジュナはお先に退院します。母上、先に戻って宮で待っています」
「おば様がお戻りになるまで、ジュナの事は任せてください」
シンが止めたにも拘らず、皇后は酸素マスクを外した。
「シン・・・ゴメンね」
「母上、俺は大丈夫です。ジュナの為にも早く元気になってください」
「ううん、ジュナには貴方とチェギョンがいる。私は、2人を信じてるわ。チェギョン、貴女にもゴメンね。大きな荷物を背負わせちゃった」
「おば様・・・そんなこと言わないで」
「チェギョン、私は貴女が大好きよ。どうかジュナを貴女のような子に育ててちょうだい」
「・・・おば様」
「シン、貴方の父上は優しくて弱い人なの。どうか支えてあげて」
「はい、母上」
「オンマ、疲れちゃった。少し寝るわね」
「・・・また来ます。チェギョン、行こう」
酸素マスクを皇后に装着すると、シンとチェギョンは病室を後にしたのだった。
イジュンを抱いて宮に戻ったシンとチェギョンは、皇太后が待つ正殿に向かった。
部屋には皇太后とヘミョンのみで、陛下の姿はなかった。
「ただ今、戻りました。皇太后さま、イジュンです」
「皇太后さま、しばらくお世話になります。よろしくお願いします」
「おお、シンや、イジュンを抱かせておくれ」
「はい、皇太后さま」
シンは、ジュナを皇太后に手渡すと、ヘミョンに訊ねた。
「姉上、陛下はジュナが退院することを知らないのか?」
「それが、一応伝えたんだけどね・・・・お母さまの事がショックみたいで部屋に籠られたままなの」
「・・・ありえない」
「チェギョン?」
「皇太后さま、差し出がましいですが、陛下に病院で皇后さまの看病をしていただいたらいかがでしょうか?できれば、泊まり込みで・・・」
「チェギョン、泊まり込みでと申すのか?」
「はい。皇帝なら、もっと周りの職員たちに配慮するべきです。このまま籠られていては、職員の士気に関わります。なら、病院で皇后さまの看病をしていただく方がよろしいかと・・・」
「貴女、偉そうに誰に指図を」
「姉上!!」
「シン君、良いの。ヘミョンさま、皇族だから特別だと思っていませんか?世間には、ガン患者を抱えている家族は山のようにいます。でも手術代・入院費・生活の為、皆、心配しながらも歯を食いしばって働いています。これが現実です。幸い宮は、お金の心配はありません。国民の税金で賄っているのですから・・・だからこそ陛下は、しっかりしないといけない立場だと自覚するべきです」
チェギョンの正論に ヘミョンはぐうの音も出なかった。
「付け加えさせていただくなら、愛する妻が命を懸けて産み落とした我が子の顔を見に来ないのは、なぜでしょうか?正直、私には理解できません」
「「「・・・・・」」」
「私は、親の愛情を知らずに育っていますので、正直よく分かりません。ですが、子どもを作る事だけが男の仕事だとは思っているのなら、女性への冒涜だと思います。そんな方が皇帝だと偉そうにしてほしくはありません」
「・・・・・」
「皇太后さま、明日より入る女官見習いの陣中見舞いに行ってきます。ついでにジュナも連れて、授乳もお願いしてきます」
「え、ええ。では、チェギョン、よろしく頼みます」
チェギョンは、皇太后からイジュンを受け取ると、正殿を出ていった。
「ふぅ・・・ヘミョン、もっと大人になりなさい。キム内官、今すぐヒョンを病院へ連れてお行きなさい」
「かしこまりました」
「・・・姉上、今度チェギョンに会ったら謝れよ」
「シン、貴方まで・・・」
「アイツの言った事は間違ってない。チェギョンな、目の前で実の祖父が刺殺されたんだよ」
「「えっ!?」」
「でも歯を食いしばってお祖父さんの葬儀を執り行い、一族の長に治まった後、倒れたそうだ。わずか10歳の時にね。それから一族を取り纏め、今は宮の再生にも手を貸してくれている。姉上、チェギョンに文句を言いたいなら、もっと実力を付けてから正論を言うんだな」
「・・・・・」
「皇太后さま、陛下の執務は僕が行います。皇后さまの公務は、皇太后さまと姉上にお任せしてもよろしいですね?」
「構わぬ。シン、迷惑を掛けます。よろしく頼みます」
「では、僕も東宮殿に戻り、コン内官とキム内官と打ち合わせすることにします」
シンが部屋を出ていくと、皇太后はヘミョンを不憫そうに見つめた。
「チェギョンは、イジュンの出生直後、チェギョンは母乳を分けてくれる妊婦を探して、ソウル中の病院を回って頭を下げてくれたの。入院費用の負担と退院後1ヶ月の静養先を確保すると言う条件を提示してね。そして何の見返りもなく、女官見習いを10名連れて来てくれたわ。ヘミョン、貴女はこの1週間、何をしていて?」
「おばあ様・・・」
「貴女もヒョンと同じ、イジュンの誕生を喜び、皇后の体調を嘆き悲しんだだけ。違う?」
「・・・いいえ」
「ヘミョン、自分を卑下することはありませんよ。あの子は別格です。生い立ちも環境も・・・でもシンは、チェギョンのお蔭で成長したわね。皇族としても人としても・・・貴女もそうなってくれると嬉しいんだけど・・・」
「おばあ様・・・私・・・」
「今は亡き先帝さまが、チェギョンは天使のような子だと仰っていましたが、私は宮の救世主だと思ってるわ。ヘミョン、宮はまだチェギョンの力を借りて再生途中なの。和を乱すような言動を続けるなら、皇籍から外れても構わぬ」
「皇太后さま!」
「・・・ヘミョン、我々皇族は、この宮を守る義務があるんじゃよ。自力では再生不可能まで腐敗させたのは、王族を統率できなかったそなたの父親であり、気づかなかった私や皇后じゃ。孫のそなたたちには申し訳ないとは思うが、何の関係もないチェギョンにだけ負担を掛けさせたくはない。いい加減、大人になってくれぬか」
「皇太后さま・・・心を入れ替え、精進します。申し訳ありませんでした」