イジュン退院の翌日から、宮の雰囲気が一気に変わった。
東宮殿に従事する女官・内官が、チェギョンの一言で集められた。
「改めまして自己紹介いたします。こちらでイジュン親王様のお世話をしながら、居候することになりましたシン・チェギョンです。よろしくお願いします。イジュンさまのナニーとしてお願いがあります。イジュンさまに対して、同情したり不憫がらないでください」
チェギョンの言葉に一同は、驚きを隠せなかった。
「世間には、片親や両親の顔を知らずに育つ子は大勢います。イジュンさまは、お母さまは闘病中ですが、立派なご両親がいらっしゃいます。それにあなた方もいます。決して可哀想な子供ではありません。子どもは大人の同情心に非常に敏感です。過剰な同情は、優しさでも何でもありません。子どもの心を傷つけ、歪ませます。いい例が、私です」
『『!!!!!』』
「どうかお願いです。同情するなら、愛情をたっぷり注いであげてください。私からは以上です」
シンは、チェギョンの言葉に思わず涙が出そうになった。
「・・・俺からも一言。俺やイジュンを可哀想だと思う者は、東宮殿での従事を禁じる。コン内官、異動届が出たら即処理せよ」
「・・・かしこまりました」
「俺は、俺のように寂しい想いをジュナにはさせたくないし、子どもらしい子どもに育ってほしい。皇后さまもそう思っておられる。その為には、お前たちの協力が必要だ。親王だが、イ・イジュンという一人の人間として見てほしい。よろしく頼む」
『『かしこまりました、殿下』』
職員たちが解散した後、チェギョンはチェ尚宮だけ残した。
「オンニ、私が手が離せない時は、オンニにジュナを任せていいかしら?」
「勿論でございます」
「それから、私の事を『姫さま』とは呼ばないで、チェギョンと呼んで。だってヘミョンさまに悪いでしょ?」
「・・・考えが至りませんでした。申し訳ありません」
「できれば、敬語も止めてほしいな。だって私は居候の身なんだし・・・お願いね」
「・・・努力いたします」
「ハァ、オンニ、まだまだ固いよぉ~。シン君、午前中は執務をして、午後から私と勉強ね。離れてた間、どれだけサボってたか見てあげる」
「ゲッ、チェギョン!!」
「ふふふ・・・キムオッパ、新しく出来た翊衛士の事務所に案内してくれる?」
「は、はい~!!」
「じゃ、シン君、まったね~♪」
イジュンをチェ尚宮に預けて出ていったチェギョンの後ろ姿をシンは、溜め息を吐きながら見送るのだった。
一方、チェギョンは歩きながら、キム内官に気になっている事を聞いてみた。
「オッパ、宮はシン君とヘミョンさまの学業をどう思ってるの?」
「えっ、それは・・・殿下に関しましては、殿下の意志もありますが、登校せずにチェギョンさまと共に勉強されるお積りのようです」
「ハァ、やっぱり・・・で、ヘミョンさまは?」
「一応、王立に席を置かれましたが、一度も登校はしておられません。個人的な意見を言わせていただくなら、お二人とご一緒に勉強される方が良いのではないかと思っています」
「・・・ヘミョンさまは、いづれはご降嫁される身。色々な人と交流を持った方が良いと思うけど?」
「それは、チェギョン様のご友人を紹介してくだされば十分なのではないですか?降嫁先としても何の問題もありませんし・・・」
「あの人たちと付き合ったら、100%性格歪むわよ」
ケラケラと笑うチェギョンに キム内官は呆気にとられた。
「ハァ、ハギュンアジョシに相談するしかないか・・・ヘミョンさまは、午前中は何をなさっているの?」
「はい、今度出かける公務先の資料を読んでおられる筈です」
「・・・・・」
「あの、何か?」
キム内官の問いかけを無視し、チェギョンはハギュンに連絡を入れ、至急宮に来るよう指示を出したのだった。
「キムオッパ・・・そんな資料は、寝る前や公務先に着くまでの車中で熟読すれば十分よ。通信教育で速読技術を学んでもらって」
「は、はい!」
「この話は後ね。さぁ翊衛士の詰所の見学でもしますか・・・」
午後早い時間、シンとチェギョンが書筵堂にて勉強をしている頃、皇太后の住まい慈恵殿にハギュンの姿があった。
慈恵殿には、ヘミョンの他にコン内官とキム内官も呼ばれていた。
「ハギュンや、一体どうしたのだ?」
「皇太后さまにお伺いいたします。ヘミョンさまの学業はどうされるお積りですか?このままでは中卒ですよ」
「その事なのです・・・皇后の代行があるため、王立に一応席を置いたものの、行かせる気にならぬ。どうすれば良いのか悩んでおるのだ」
「ヘミョンさま、チェギョンには2年後に高校卒業資格認定の試験を受け、修能試験を受けさせます。目標は、一応ソウル大。殿下もおそらく同じ道を進まれるでしょう。ご一緒に勉強しますか?」
「・・・無理。あんな勉強、私には付いていけないわ」
「知っています。ですが、いくら皇女でも中卒はいただけません。神話学園に口を利きましょうか?」
「神話学園ですか?」
「ええ、全国から御曹司や令嬢が入学してくるのでセキュリティーは万全です。特別クラスは無理でも、あそこの普通科なら頑張れば付いていける筈です。勉強があまりお得意でないなら、帰国子女制度のあるお嬢さま学校への編入をお薦めします。いかがですか?」
「ハギュン、神話は一昔前まであまり良い噂は聞かなかったが、今はどうなのじゃ?」
「諸悪の根源は、チェギョンが改心させましたので、今は優秀な進学校になっています。今じゃ王立の方が評判は悪いですね」
「あの諸悪の根源って・・・」
「ああ、チェギョンが下僕のように扱き使っている御曹司達ですよ」
「「「!!!」」」
「彼らは、敷かれたレールに乗るのを嫌って大暴れでしたからね。そんなに嫌なら潰そうかのチェギョンの一言で、反抗期はジ・エンド。それ以来、神話は学園の改善に力を入れています。そうでないと、チェギョンの一言で潰れますからね」
ヘミョンは、チェギョンとの違いに落ち込むばかりだった。
「ヘミョンさま・・・チェギョンは、育った環境柄、強烈な後ろ盾が多くいる。またそれに奢ることなく努力もして、人脈を広げている。あの子と張り合おうなんて、思わない方が良い。落ち込むだけですよ」
「はい・・・」
「セキュリティーの事を考えれば神話がお勧めですが、皇女という特別待遇はありません。成績が悪ければ留年もします。レベルに付いていく自信がなくて、どうしても王立が良いなら少し時間をください。理事長を更迭し、強力な新理事長を据えます」
「ハギュン、理事長を変えるだけで変わるのですか?」
「ええ、変わるでしょうね。王族がいなくなった今、学校で幅を利かせているのは、神話に入る学力がない御曹司と令嬢です。だからソンヒョングループの会長を理事長に据えるだけで、間違いなく変わると思いますよ。クスクス」
「そんな事ができるのですか?」
「・・・簡単です。チェギョンを庇護する爺さんたちは、あらゆる分野の重鎮たちですからね。そして全員、チェギョンに甘い。チェギョンに言わせれば良いだけの事です」
もう開いた口が塞がらなかった。『次元が違う』。その一言に尽きた。
「ヘミョンさま、私も忙しい身です。ご決断されたら、コン内官を通じてチェギョンに言ってください。手配します」
そう言うと、ハギュンは慈恵殿を出ていった。
皇太后と話し合った結果、神話に通う事に決め、コン内官に伝言を頼んだのだった。