陛下は、一旦部屋から出ていったコン内官が戻ってくるのを待って話し始めた。
「亡き兄上の妻であるソ・ファヨンだが、対外的には元皇太子妃ではあるが、皇籍には一度も載った事はない。息子ユルに関しても兄上の子としか記載されていない」
「「「「「!!!」」」」」
「当時、結婚と親王の誕生だけは発表したが、訓育を理由に宮は一切ファヨンを公には出さなかった。国民も女優時代の姿は知っていても皇族になったファヨンの姿は知らない筈だ」
「ヒョン・・・確かに国母の器でなかったが、そこまで宮がしていたとは驚きだ。理由を聞いていいか?」
「ああ。ファヨンには妃になれない致命的な事があった。だが、亡き父はその事に目を瞑って、皇族になる為の教育に励むようファヨンに命令したが、ファヨンは拒否した。権利は主張するが、義務は放棄するでは、皇族として認めるわけにはいかなかったわけだ。ミン・ヒョリン、そなたを見ているとファヨンを思い出し、気分が悪くなる」
「えっ!?」
「・・・宮に嫁ぐ女性は、全身くまなく調べられる。全身だ。先程の話を聞いている限り、君はその時点で対象外だろう。どういう事か分かったかな?」
「それって・・・男を知ってるかヤッてないかって事で、チェギョンもその検査を受けたって事ですか?」
「これ、ジュヒョク!」
「ミン社長、構わぬ。ジュヒョク君、妃宮は太子が断固反対してね、検査は受けておらぬ。そこの親バカのガンウクが娘と妃宮を梨花女子に幼稚舎から入れて、外出も送迎・SP付きだった。つまり3歳から婚姻するまで、妃宮は24時間監視付きだった」
「確かにジェソクとファーストフード店に連れていった時も近くにSPがいたような・・・」
「言っておくが、俺よりチェウォンさんの方が煩かったんだ。6時までには絶対に家に帰らせてくれとうちのSPに頼んでいたらしい。うちの敏腕秘書がウンザリするぐらい溺愛してたからな」
「クスッ、顔合わせの時、号泣されてたよ。話を戻すが、高校に入ってからは太子も翊衛士に内密に見張りをさせていたようでね。男との外出は弟以外なかったから、検査は不要と断言しおった。太子、そうであったな?」
「///陛下、もうその辺で・・・」
「クククッ、すまぬ。ミン・ヒョリン、宮及び皇族は国民の象徴であり、手本でないといけない。それ故、我々は己を律し、昔ながらの法度に従って生活している。だから君のような結婚前にスキャンダルの種になるような生活をしている女性は、初めから対象外なんだ。ファヨンの場合、強請りだったから良かったものの、何人かの男が塀の中に消えていった」
現実を知ったヒョリンは泣き崩れていたが、それに同情する者は一人もいなかった。
「コン内官、首尾は?」
「イギリス大使館に連絡を入れ、ファヨンさまを拘束、および義誠君さまの保護を依頼しました。直ちに内官をイギリスに派遣し、第2、第3の愚かな娘が出ないよう対処いたします」
「コン内官、そなたがイギリスに飛んでくれ。兄上の忘れ形見だけは切り捨てたくはない。全てを話し、ユルが宮の処分に納得したら連れ帰ってきてくれないか?だが、無理じいは止めてほしい。宮に災いを入れたくはないのでな」
「御意・・・直ちに渡英する準備に入らせていただきます。それと宮内警察の刑事が、ミン・ヒョリンを迎えに来ました」
「刑事をここへ。ミン・ヒョリン、警察で己がしでかした事、また知っている事を全て話せ。数百年続いた宮を甘く見た罰だ。覚悟しておけ」
ヒョリンが刑事に連れ出されると、残るは御曹司3人の処分だけだった。
「さて、女生徒の虚言に踊らされた愚かな御曹司はどうするとしようか・・・太子?」
「私と妃宮への接近禁止だけで構いません。妃宮への謝罪も不要です」
「ほぅ、それで良いのか?なぜだ?」
「保身の為の謝罪は不要です。あえて謝罪を受けたくないほど私が怒っていると発表してもいい。それだけで動画を見た国民が、3人に罰を下すでしょう。おそらく父君の会社辺りからだと思いますが・・・」
「流石、皇太子殿下だ。イコンツェルンは、傘下を含めて全社に対して、3社との取引停止を通達したよ。多分、ほとんどの会社が、イコンツェルンに倣うだろうね」
「「「!!!」」」
「君達、何を驚いているんだ?君達は、俺の馘を狙ったんだろ?残念ながら、返り討ちに遭ったな。いつまでも父親の褌で偉そうに踏ん反り返っているからだ。そちらの社長さんに申し上げる。子どもの喧嘩に親がしゃしゃり出るのはどうかとも思ったが、動画を見ると我が娘が妃宮側で映っており、ここで静観すればうちがバッシングに遭い、可愛いチェギョンや宮が苦境に立たされると判断した。どうか理解してほしい」
「「「・・・はい」」」
「まぁ当面は厳しいが、踏ん張る後ろ姿をご子息たちに見せてあげてください。後継者を甘やかして育てた罰だと頭を下げる父親を見れば、バカでない限り改心すると思いますよ」
巨大グループ総帥の毒舌をイン達とその父親たちは真摯な気持ちで受け止めていたが、陛下一人だけが呆れた顔をしていた。
「SNSに動画がUPされた後、君たちの日頃の悪行が暴露され始めたようだ。君達は、どれだけ生徒達にに暴言を吐いていたんだ?これで私が罰を下さなくても君達には社会的制裁が待っているだろう。きっと留学という形で逃げ出したいと思う。だが、逃げ出さずに真摯に非難と向き合ってほしい。海外逃亡した時点で、国外永久追放とする。皇帝としての私の処分は以上だ。あとは各自ご家庭で十分に話し合っていただきたい」
「「「・・・ありがとうございました。そしてご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」」」
イン達3組の親子が帰っていくと、陛下はイ・ガンソクに冷たい視線を送った。
「何だよ!?」
「いや、立派なご高説だったなと思っただけだ。ガンソクと弟のボンクラ御曹司ぶりを知っている私としては、立派になったなぁとシミジミしてしまったよ」
「ははは・・・あの子たちの方が可愛いもんだとは思うが、俺はヒョンに迷惑を掛けるようなことはしなかったぞ」
「まぁな・・・ずっと聞きたかったんだ。お前のターニングポイントは何だったんだ?」
「今更聞くか!?・・・ユン・スンレ女史の入社だよ。プライドが粉々になるほど糞ミソ言われ、尻を叩かれた。彼女の叱咤激励?否叱咤がなければ、ここまでイコンツェルンは大きくならなかったと思う。娘を政略結婚の駒にしたくなければ死ぬ気で働けって、今も脅され続けてる」
「妃宮の母親は、そんなに凄い人なのか?」
「傘下や子会社の後継者は、必ずスンレ女史の下に付いて扱く。女史の扱きに耐えられなかった者は、親の跡は継がせない。今、ミン社長の長男が秘書課にいるんだ。毎日、泣きそうになって頑張ってる。次男君、君も大学卒業したらおいで。チェギョンをイメージしてたら、死ぬからね」
「げぇ・・・頑張ります」
「ガンウク・・・妃宮は全く母親と違うぞ。どちらかと言うと、祖父のチェヨンアジョシにそっくりなんだが・・・」
「ああ、シン家の家族は女史の癒しで、義父と旦那に子育ては任せたそうだ。家にもう一人自分がいると思うと寛げないでしょう?っと言ってたな。その半面、うちの娘の教育には口出してきたんだよな。イコンツェルンに目が眩んだハエがブンブン娘の周りに飛び回る前にしっかり教育した方が良い。俺や弟みたいな男を連れてきたらどうするんだ?って言われ、『ガンヒョンはお人形じゃないわ。人間なの。大きくなって好きでもない人の所にお嫁に行きたくないよね?だからお勉強しましょう』って、嫁をチラッと見ながら言ったんだぜ。お陰で、誰のDNAだって言うぐらい娘はしっかりしたけどさぁ・・・」
拗ねて口を尖らせている総帥を見て、全員が声を立てて笑ってしまった。
「ガンウク君、一つ聞いてもいいかな?」
「ハン先生、何でも聞いてください」
「そんなしっかり者の母親がいるのにシン家はなぜ多額の借金を抱えたのだ?」
「ああ、すいません。原因は、僕の不肖の弟でした。チェウォンさんに借金の連帯保証人になってもらい、そのまま返済をしなかったようです」
「「「はぁあ!?」」」
「当たり前ですが、うちは自宅も会社もセキュリティーが万全です。だから取り立て屋も来れなかったのでしょう。チェウォンさんも借金取りが来た時点で、女史に話せばいいのに黙っていたものだから料亭も手放すことになってしまって・・・本当に申し訳ない事をしました」
「ハァ、らしいと言うか・・・でもなぜ発覚したんだ?」
「それが・・・スンレ女史が弟の不正に気づいて調べたら、マンションを購入して愛人を囲っていたことが判明したんです。ここまで完璧に調べ上げて、僕に報告が来ました。もう僕としては弟を問いただすしかすることがなく、マンションの購入金の出所を聞いた時はもう血の気が引きました。僕、一生スンレ女史に頭が上がりません。ハン先生にも大変ご迷惑をおかけしたようで本当に申し訳なかったです」
「して、弟はどうしたんだね?」
「母に相談しまして、弟の私的財産は全て没収し、平社員として海外支社に放り出しました。ある程度、成果を上げるまで戻すつもりはありません。嫁とは離婚させました。子どもの養育は僕の家でします。嫁も相当遊んでいて、生活能力のない人だったので・・・」
「ハァ、弟の金遣いの荒さと女癖は治らなかったようだな」
「ああ、面目ない・・・それより殿下は、チェギョンから聞いていなかったのかい?ガンヒョンが真実を話して、謝罪した筈なんだが・・・」
「いえ、何も聞いていません。妃宮は人の事を悪く言う子ではないですから、きっとガンヒョンの叔父さんの心配でもしたのではないかと思います」
「流石、殿下だね。私達の事を心配してくれたらしい。その時に言っていたみたいだよ。『借金がきっかけで結婚に踏み切ったけれど、思っていたより宮の暮らしは楽しい。殿下もすごく優しくてね・・・ちょっと戸惑ってる』って」
「えっ!?」
「きっと人を疑う事をしない子だから、さっきのミン・ヒョリンの話を信じてたんだろうね」
シンは、最後の壁の原因がやっと分かった気がした。
「皆さん、すいませんが、お先に失礼します。チェギョンの誤解をしっかりと解いてきます」
接見の間を走って出ていくシンの姿を 部屋に残った者は微笑ましく見送ったのだった。
「父さん、残念でしたね。チェギョンと海外生活できると楽しみにしていたのにね」
「えっ!?」
「まぁな。だが、チェギョンの幸せが一番だ。それにあの分じゃ皇孫がすぐに見れそうだぞ。皇孫さまの肖像画を描ける日を楽しみにしようじゃないか」
流石、大企業の社長はやることが早かった。
翌日には、学校に息子たちの退学届を出し、テレビカメラの前で謝罪したのだった。
会見で知った事だが、イン達は高校卒業認定試験を受けるまで自宅学習をしながらボランティアに勤しむ日々を送るようだ。
会見を見たガンヒョンが、『家から放り出して、他人の家の釜の飯を食べさせるべきよ。ホント御曹司なんて碌なもんじゃない!』と激怒していて、シンは思わず笑ってしまったのだった。
ヒョリンに関しては、宮内警察で厳しい取り調べを受けた後、不敬罪と謀反幇助罪が適用され、女子刑務所に収監された。定期的にカウンセリングを受けさせ、十分反省が見られるまで出てくる事はないだろう。
ヒョリンの母親は、娘の出所を待つと言って、故郷に戻っていったようだ。
そして最大の問題が、ソ・ファヨン。
渡英したコン内官がイギリス大使館内でソ・ファヨンとイ・ユルと面会し、国外追放になった経緯を包み隠さず話し、そして今回の陰謀の話をした後、一切の援助を打ち切るという王命を伝えるとファヨンは半狂乱になったようだ。
ユルと言えば、静かにコン内官の話を聞いた後、フゥ~と溜め息を吐き、母親を憐れんだ目で見つめたそうだ。
「・・・なぜ国外追放になったのか漸く分かりました。子は親を選べない。僕は欲望を満たす為の駒だったかもしれないが、それでも愛されていたのは確か・・・僕までが見放すと、この人は命を絶つかもしれない。この人がすべての欲を捨て自立できるまで支えるしかなさそうです。帰国したら、シンの補佐をしたいと思います。少しだけ待ってほしいとシンに伝えてください」
この言葉を持って、コン内官は帰国した。
シンは、ユルの事は残念に思ったが、チェギョンとやっと通じ合ったことが何よりも嬉しかった。
皇后や陛下に『卒業までは我慢しろ』と口酸っぱく言われていたにも関わらず、自主合房を強行してしまった。
そうなったら、寝ても覚めてもチェギョン、チェギョンで・・・チェギョンは、無事卒業式を迎えてホッとしたのだった。
卒業式後、『皇太子妃殿下、懐妊。妊娠4カ月』、宮は大々的に発表したのだった。