生徒たちが完全下校し、人目を避けるかのように学校の門を潜った人物がいた。
憔悴しきったヒョリンの母である。
校長室に通されたヒョリンの母は、校長を見るや否や頭を深々と下げた。
「お母さん、お嬢さんとご一緒にとお話した筈ですが、ミン・ヒョリンはどうしたのですか?」
「申し訳ありません。今朝、事実確認してくると家を出たまま戻ってこず、とりあえず私だけ来させていただきました」
「真相ですか・・・実は、午前中登校してきて、今日も騒ぎを起こしています」
「えっ!?」
「お母さん、お嬢さんからどのようにお聞きですか?」
「はい、娘からは何も・・・ただ勤めているお宅の社長から耳を疑うような話を聞き、娘に問い質しました。ですが、娘は出鱈目だと言っておりました」
「・・・そうですか。お母さんもご存じだと思いますが、当校には映像科があります。その映像科の生徒が撮ったビデオなのですが、お嬢さんの日常が映っています。一緒にご覧ください」
「は、はい」
ビデオから流れてくる画像は、娘の傲慢な態度や言動ばかりで、母親は正視できずに俯いてしまった。
だが、見なくても耳を塞ぎたくなるような言葉を吐く娘の声が否応なく聞こえてきた。
動画が終わった時、校長が静かに話しかけた。
「お母さん、これはごく一部です。お嬢さんは、映像科のカン・イン君にバレエスクールへの送迎をさせておきながら、自分は未来の皇太子妃だと吹聴しています。この事を知った宮が、事実無根と学校側に対処を求めてきました」
「申し訳ありません。あのどうすれば・・・」
「はっきり申し上げて、全校生徒がお嬢さんを不快に思っています。ですが、実害を被った生徒は携帯を踏み壊された一人だけです。ですから、しばらく自宅で十分反省していただき、己の非を認めることができたなら、登校を認めようと思います。ただし、お嬢さんは留学を希望していますが、学校が推薦をすることはありません。これだけはご了承ください」
「・・・はい」
「お母さん、これ以上宮に関われば、お嬢さんは間違いなく逮捕・拘束もしくは国外追放になるでしょう。お嬢さんにとって何がベストか、これを機にしっかりと話し合って、今後の事をお決めください」
「・・・はい。ご迷惑をお掛けしました」
ヒョリンの母が重い足取りで歩いていると、後ろから一人の教師が追いかけてきた。
「すいません。校長の前では言い辛い事でしたので、見送ってくると言って追いかけてきました」
「まだ何かあるのですか?」
「お母さん、お嬢さんの持ち物を不審に思った事はございませんか?」
「えっ!?」
「今まで殿下がプレゼントしているのだろうと深く考えていませんでしたが、女子高校生にしては高価なブランド品をいつも所持しています。殿下が交際を否定した今、あのブランド品の数々はどこから調達していたのか気になります。犯罪に関わっていなければいいのですが、一度、お嬢さんに問いただしてみてください。では、これで・・・お気をつけてお帰り下さい」
教師が踵を返して校舎に戻っていくのを母親は呆然と見送るのだった。
ヒョリンの母にとって、昨日から起こった出来事は、まるで悪夢を見ているようで信じられない思いだった。
夕方に急に戻ってきた社長から、突然解雇を申し渡され、今日は朝から午後一杯を使って、ウィークリーマンションに引っ越しを済ませた。
(全部、ヒョリンが原因だったとは・・・一生懸命、育ててきたつもりだった。何処でどう間違えてしまったの?とりあえず、ヒョリンに連絡を取って、新しい住所を知らせないと・・・)
母親は、ヒョリンの携帯に連絡を入れるも携帯の電源は切られており、繋がることはなかった。
母親は知らなかった。ヒョリンが携帯を2台持っていることも、普段持ち歩いている携帯の番号も何も知らなかった。
そして長い間、再会することができなくなることも・・・
解雇通告の翌日に家を追い出されているとは思わないヒョリンは、何も知らずにミン貿易の社長宅に戻り、ヒョリン母娘用のインターフォンを押した。
だが、いくら待っても誰も母からの応答はなく、仕方なく母屋のインターフォンを鳴らしてみる。
「奥さま、ヒョリンです。母は、まだそちらにいますでしょうか?」
「・・・いないわよ。出ていってもらったから」
「えっ!?」
「告訴されないだけでもありがたいと思う事ね。もううちとは一切関係ないのだから、ここへは来ないでちょうだい」
プツンと切れたインターフォンの前で、ヒョリンは呆然と立ち尽くした。
携帯の番号を知らせていないことに気づいていないヒョリンは、自分の事を棚に上げて、母親に捨てられたと思い込んでしまった。
(オンマがいなくなった・・・私の心配はしなかったの?オンマがそのつもりなら、私にも覚悟があるわ。こっちから捨ててやる!)
いつまでもここにいたら、不審者に間違われてしまうと思ったヒョリンは、何を思ったのか夜の街に消えていった。
翌朝、ヒョリンが連絡もなく無断外泊した所為で、ヒョリンの母親は一睡もせずに一夜を過ごした。
一縷の望みを持って、朝、芸校前でヒョリンを待ってみたが、ヒョリンが姿を見せることはなかった。
娘の行き先が分からない母親は、その場から離れる事ができず、何時間も待ち続けた。
チェギョン達4人組は、課外授業で絵を描く場所を探していたが、校内を気にしている母親に気がつき、チェギョンが代表して声を掛けた。
「アジュマ、朝からずっとここにいらっしゃいますよね?学校に何か用があるなら、先生を呼んできましょうか?」
「い、いいえ、人を・・・娘が昨日帰ってこなかったものですから、学校に来てるかと思って・・・」
「えっ、それは大変じゃないですか。私が教室にいるか見てきます。何科の誰ですか?」
「あ、あの・・・」
「ん?どうかしましたか?」
「実は、昨日から停学処分になっているので、教室にはいない筈です。ですが、娘の事を何も知らない私は、ここしか分からなくて・・・」
チェギョン達は顔を見合わせ、目の前の母親を見た。
その様子をじっと見ていたガンヒョンが、徐にチェギョンに声を掛けた。
「・・・チェギョン、殿下の連絡先、知ってるんでしょ?呼び出してあげたら?」
「えっ!?ガンヒョン、何で?」
「多分、この人、ミン・ヒョリンのお母さんだと思う。お母さん、そうですよね?」
ガンヒョンに声を掛けられたヒョリンの母親は、ホロホロと涙を流しだした。
「チェギョン、昨日も呼び出されたそうじゃない。連絡先の交換ぐらいしてるんでしょ?」
「・・・分かった。でも授業中だから、取ってくれるかどうか・・・ヒョリンオンマ、ちょっと待ってくださいね」
チェギョンが少し離れたところで、連絡を入れ始めると、ガンヒョンは不思議そうにチェギョンを見る母親に話しかけた。
「お母さん、先生からお聞きだと思いますが、あの子がヒョリンに携帯を壊された生徒です」
「えっ!?」
「悪いですが、ヒョリンは一度も彼女に謝罪しませんでした。あの子はバカがつくほどお人好しだから、何も言わないですが、事の善悪はしっかりと教えるべきだったと思います」
ヒョリンの母親は、娘と全く違う優しいチェギョンやしっかりしているガンヒョンと接して、自己嫌悪に陥っていくのだった。