オジジは約3週間ほど滞在して、各地を回ってから里に帰ると言い残し、嵐のように宮から去っていった。
それでもオジジが残した影響は多大で、宮職員たちの心構えは明らかに変わった。
それは陛下やシンも同じで、特に陛下は色々と考えさせられたようだった。
オジジが帰ってしばらくすると、東宮殿に一人の女性がチェギョンを訪ねてきた。
「チェギョンさま、お呼びと聞き伺いました」
「うん。シン君、ハギュンアジョシの右腕、ヨンエさん」
「はじめまして、ヘミョンの弟です。姉がお世話になっています」
「いえ、こちらこそ宜しくお願いします」
「ヨンエさん、ヘミョン公主さまとユン尚宮さまは、どう?」
「はい。公主さまは、歩みはゆっくりかもしれませんが、確実にご成長されておられます。ユン尚宮は、やっと女官と尚宮の違いや己の過ちが分かったようです。もう大丈夫かと思われます」
「そう、良かった。今日、貴女を呼んだのは、貴女の今後の事について話したかったからです」
「えっ!?」
「私たちは、もうすぐここを去ります。ヨンエさん、貴女はどうしたい?宮に残りたいなら、私がヘジャお婆ちゃんに掛け合います」
「「!!!」」
「私が知る限り、貴女はずっと後悔してた。でもその後悔が、何なのかは分からなかった。だから便乗して、ヨンエさんが宮に来る機会を作ったの。久しぶりに宮で過ごして、どうだった?うちより宮の方が水が合ってる気がしたなら、遠慮はいらない。宮に戻った方が良い」
「チェギョンさま・・・」
「はっきり言って、私は祖父ほど寛大な心は持ち合わせていない。過去の経験上、迷いのある人は傍に置いておく訳にはいかない。でも後悔・未練がすべて断ち切れたなら、シン家当主として貴女を受け入れる覚悟をします。話は以上です。シン君、皇后さまの所に行ってくる」
「あ、ああ、行っといで」
(また難題を・・・俺にこの人の話し相手になれってか?)
「・・・少し俺と話をしましょうか?」
「えっ!?」
「多分、チェギョンは俺にフォローさせようと、ここに呼び出したんだと思いますよ。俺としたら、人手不足だから宮に残ってくれることは大歓迎なんですけどね。実際、宮に復帰してどうでした?」
「・・・懐かしかったです。昔、このゆったりとした時間が流れている宮が大好きでした」
「宮を好きだったと言ってくれて嬉しいです。俺はチェギョンほど大人じゃないので、難しい事は分かりません。でももっとシンプルに考えたらどうですか?。宮とシン宗家、どちらの仕事の方が好きか。もしくは、遣り甲斐があるか。いくら悩んでも行きつく先はそこだと思いますよ」
「確かに後悔はありましたが、私の気持ちはもう決まっています」
「やはりチェギョンの所の方が働き甲斐がありますか?」
「それもありますが・・・昔、孝烈殿下が天と信じ仕えましたが、孝烈殿下以上の天を見つけてしまったようです」
「それが、チェギョン?」
「はい。ス殿下は、ファヨンさまに振り回されてお可哀想だとずっと思っていました。ですが、よく考えたらご自分の選択であの方を妃にした自業自得だと気づいたのです」
「クスッ、辛辣ですね」
「ふふ・・・チェギョンさまを知れば、誰もがそう思います。あの方は、ご自分の事には何の選択権も持たない方です。それでも一言も文句を言わず、人の為に動いておられる。私は、あの方こそ誰よりも幸せになるべきだと思っています。そんな天が幸せな姿をお傍で見届けたい。だから、SCに戻ります」
「チェギョンは、皆から愛されてるんですね。僕もチェギョンの様に国民に受け入れられるでしょうか?」
「・・・ご健闘をお祈りします。では、私はこれで失礼いたします」
イ女史が出ていくと、入れ替わるようにハギュンが入ってきた。
「アジョシ、いらっしゃってたのですか?いつから、ここに?」
「イ女史が、ここに来た直後。チェギョンが何を言うのか知りたかったから隠れた。お蔭で、イ女史の決意も聞けた」
「アジョシ、良かったですね」
「俺はな。チェギョンはそうは思ってないみたいだがな」
「えっ!?受け入れる覚悟をするって・・・」
「チェギョンは、自分の傍にあまり人を置きたがらないし、誰かが誘わない限り、外に出ようとはしない。何故だか分かるか?」
「・・・過去が原因ですか?」
「そうだ。ス殿下、最愛の祖父、イルシムのSP達。チェギョンを守る為とはいえ、目の前で命が消え、大怪我をしたらトラウマになっても仕方がないさ」
「えっ!?お祖父さんもなのですか?」
「ああ。身内の犯行だったため表沙汰にせず、心筋梗塞で急死としたんだ。勿論、犯人はシン宗家のやり方で処罰した。それ以来だ、チェギョンが人を寄せ付けなくなったのは・・・また誰かがと思うんだろうな」
「・・・・・」
「今回の事は、俺がイ女史にチェギョンの専属にしたいと言ったからだ。イ女史を試したのか、逃がそうとしたのかは分からんがな」
「逃がそうとするって・・・」
「うちは、宮以上に厳しい戒律を守ってる家系だ。チェギョンの実父が悪い前例を作った所為で、チェギョンには戒律を緩める術がない。可哀想だがな・・・」
「何とかならないんですか?」
「無理だな。。。だからシン宗家に深く関わる人を増やさないようにしたいようだ」
「小さな綻びを放置すれば、いつかは崩壊する。これが、今の宮だ。だから、好きなように改革ができる。だが、鉄壁に守られているのに変えた所為で歪ができたら、元に戻すしかない。変えたのはチェギョンの実父で、歪がチェギョン。何とかしてやりたいが、俺でも一族を説得できる材料がない。俺にできるのは、少しでも息が吐ける場を見つけてやるだけだ」
「・・・・・」
「・・・皇后さまと殿下だけだ。自分から誘って外に出たのは・・・」
「えっ!?」
「残り少ない日々だが、チェギョンをよろしく頼む。イ女史と今後の打ち合わせをしてくる」
ハギュンが東宮殿から出ていくと、シンは考え込んでしまった。
(チェギョンの闇は、これだったのか。。。今まで何度か話に出てきたチェギョンの両親。碌な話を聞かない。弟は、この複雑な関係をどう思ってるんだ?ご両親もだ・・・会う機会を作ってもらおうかな)