明日から夏休みという日の夕方、イン、ギョン、ファンは、シン家所有のマンションにやってきた。
マンション前で3人を待っていたのは、チェウォンの右腕であるウソンだった。
「クス、逃げ出さずによく来たな。会長がお待ちかねだ。行くぞ」
「「「はい!」」」
「ああ、先に言っておくが、今日の会長は相当機嫌が悪いから、あまり刺激するなよ」
それでなくても会長に対して怖いイメージしかない3人にとって、機嫌が悪い会長はもう恐怖でしかなく足が竦んでしまい動けなくなってしまった。
「クククッ、すまん、すまん。脅かし過ぎたか?会長の機嫌が悪いのは、お前たちの所為じゃない。安心しろ」
インとファンはユル同様マンション住まいになると思っていたが、ウソンが案内したのは母屋の方だった。
「親父さん、3人を連れてきました~」
「ウソンかい?お疲れさん。悪いが、離れの方に案内してくれないか?流石に3人母屋で預かると、狭いからね」
「了解です。こっちだ」
初めて割烹着姿の会長を見た3人は、呆然としながらウソンの後に付いていった。
「クククッ、あれが母屋での会長の姿だ。会長は、家庭に仕事は絶対に持ち込まない主義だからね。だが、マンションでの会長は、君たちが知っている会長だ。ニッコリ笑いながら大鉈を振るう。気持ちいいほどにね」
「あ、あの・・・俺たちは、何をさせられるんでしょうか?」
「ふふふ、俺の口からは言えない。忠告をするなら、その根拠のないプライドは捨てないと、君たち死ぬよ。さぁ、ここが君たち3人の部屋。その扉の向こうが風呂とトイレ。洗濯機は外だから。他に質問は?」
「あ、あの、キッチンが付いているという事は自炊をしろってことですか?」
「ん~、どこに放り込まれるかで変わってくるから一概には言えない。でも親父さんがいる時は、夕食だけは母屋で食えるはずだ。チェギョンが居れば、確実に飯にありつける筈なんだがな」
「えっ、居ないんですか?」
「今日は居ると思う。でも明日から避難。親父さんが、お前たちと同じ屋根の下に住まわすと思うか?でもこの話は、親父さんの前では禁句だぞ。一気にブリザートが吹き荒れるからな。それから隣は、チェギョンの部屋だ。絶対に覗くなよ」
「勿論です。シンにも釘を刺されてますから・・・」
「クククッ、今もだけど昔から二人は仲が良かったからね。陛下も皇后さまもチェギョンを溺愛してるし、今度、チェギョンに怪我させたら、命がないかもね。気をつけな」
ウソンが立ち去ると、3人はヘナヘナとその場に座り込んでしまった。
しばらく放心したように座っていると、再びドアが開き、チェジュンが顔を出した。
「ようこそ、シン家へ。クスクス、何、呆けてんの?俺、ここの息子のチェジュン。ヒョン達、よろしくな」
「「!!!」」
「えっ・・・あっ、俺はチャン・ギョンだ。こちらこそ、よろしく頼む」
「あのさぁ・・・何事にもメリハリは大事だと思うんだよね。俺と親父は、こっちでは普通の家族として過ごす。だからあんた達も居候先のアジョシとその息子として俺たちに接して。でないと、身体が持たないよ」
「わ、分かった。努力する」
「クスッ、もうすぐ飯だってさ。着替えたら母屋に来て。親父、歓迎会だって張り切ってたから、すげえ豪華だと思うぜ。じゃ、先に母屋に行ってるね」
チェジュンが母屋に戻っていくと、3人は慌てて着替え母屋へと向かった。
母屋の玄関に入った瞬間、エプロン姿のシンと鉢合わせし、3人は固まってしまった。
「よっ!ここでは、働かざる者食うべからずだ。飯にありつきたかったら、お前らも手伝え」
「「「あっ、おう・・・」」」
「クスクス、シン君、今日だけは許してあげたら?相当、緊張してるみたいだし・・・いらっしゃい。チェギョンオンマよ。忙しいからあまり家にいないけど、今日からあなた達のオンマ代わりよ。困ったことがあったら、私に言ってね。さぁ、上がって、上がって」
「「「はい!」」」
通された部屋に入ると、テーブルの上には所狭しと料理が並んでおり、ユルとチェジュンが座っていた。
「な、何で二人は手伝ってないんだ?シンは、飯が食いたければ手伝えって言ってたぞ」
「俺は、向こうで散々働いてきたから免除。ユルヒョンは基本マンションの住人だから、母屋に来るときは客扱いなんだ」
「クスクス、でも後片付けはしてるよ。でも明日からは、動かないとね」
「じゃ、シンは・・・?」
「シンは、ここの家族扱いだから手伝って当然。アジョシとの掛け合いは、いつ見ても面白いよ。とりあえず、座りなよ」
言われた通りユルの隣に並んで座ると、チェウォン、シン、チェギョンが料理を運んできて、全員が席に着いた。
「改めて、ようこそシン家へ。今日は、細やかだが歓迎会だ。明日から頑張ろうな。さぁ、料理が冷めてしまう。食べようか」
チェウォンの言葉を最後に全員が食事を始めたが、シンとチェギョン、そしてチェジュンが仲良くおかずをご飯に載せあって食べていて、3人は箸が止まったままだった。
「クスクス、何驚いてるの?ほら、これなんてお薦めよ。食べてみて」
スンレがそう言って、3人のご飯の上におかずを載せてくれた。
ギョンは家でそんな事をされたことがなく、戸惑いながらご飯と共にそのおかずを口に運んだ。
「・・・美味い」
「でしょう?うちのアッパは、料理の天才なの。リクエストしたら、何でも作ってくれるわよ。これはね、サンチュに包んでこうして食べると美味しいのよ」
そう言って、今度はサンチュに包んだご飯とおかずを口の中に放り込まれた。
口いっぱいのおかずを咀嚼していると、シンとチェギョンも笑いながら同じように食べさせ合っているのが目に入った。
「チェギョンが作ったのも美味いけど、俺が作ったのもなかなかイケるだろ?」
「うん、うん。シン君、上達したよね」
「まぁな。東宮殿に家庭用のキッチンを作ってもらうから、時間のある時は一緒に作ろうな?」
「こ、こら~!!何を先走ってるんだ?俺は、まだ許した訳じゃないぞ」
「親父、いい加減腹括れよ。明日からなんだぜ?」
「姫や~、今ならまだ間に合う。アッパと旅行に行かないか?何なら、もう一度留学してもいいぞ。ん?」
「アジョシ、勘弁してくれ。皆、明日という日をどれだけ待ちわびてたと思ってんだよ。古株の宮職員なんか、涙流して、喜んでるのにさ」
「・・・ふん。絶対に嘘だね。あのババアが涙なんか流すかよ」
「最高尚宮のことか?最高尚宮は、何でアジョシからあんな素直で良い子が生まれたか不思議だと言ってるらしいよ」
「あのクソババア・・・」
「あのシン・・・一体、何の話なの?」
「ん?ああ、ファン。チェギョンが明日から宮に来てくれるんだ。俗に言う花嫁修業ってやつでさ♪」
「「「えっ~~~!!!」」」
「お前たち、煩いってば・・・それでアジョシがチェギョンを手放したくなくて拗ねてるんだ」
「拗ねてるんじゃない。嫌がってるんだ。何でお前たちと姻戚関係にならないといけないんだ?一生、縁が切れねぇじゃないか・・・いいか、お前たち。宮と縁を作ると碌なことがないぞ。絶対に作るなよ」
「クスクス、アジョシは、父上や叔父上と幼馴染なんでしょ?シンとチェギョンの縁がなくても、アジョシと宮の縁は切れなかったと思うよ。それからアジョシ、さっきから家庭用の顔じゃなくなってるから・・・」
「今はいいんだ。最愛の娘を心配する父親してるからさ。帰国してまだ1年も経ってないのに何で嫁に出さないとならないんだ?あり得ないだろうが・・・」
「ゴメンな、アジョシ。俺が、チェギョンと一刻も早く一緒になりたいって、陛下に言ったんだ」
「坊主、お前の所為か・・・それから坊主、プライベートでは親父・お袋と呼んでやれ。まさか、自分の子にも『陛下』や『殿下』と呼ばせるつもりじゃないだろうな?」
チェウォンに言われて、シンはハッとしてしまった。
「お前たち親子は、ホント不器用だよな。先帝の爺さんは、ス兄貴とヒョンにプライベートでは『父上』と呼ばせてたぞ。俺なんか侍従してた時も『おじ様・おば様』だったし?あのな、父親を父親と呼べない所に娘を嫁がせたいと思うか?少しは、心配してる俺とスンレの事も考えろ!」
「アジョシ、ゴメン。俺が間違ってた。ちゃんと父上・母上と言うように努力する。それから認めてくれて、ありがとう。チェギョンを大事にすると約束する」
「認めたんじゃない、諦めただけだ。シン家の人間は、皇族に弱いとつくづく思うよ。チェジュン、絶対に俺のようになるなよ。苦労するぞ」
「クスクス、了解。あっ、あんた達、今の話、宮から正式発表されるまで口外禁止だから。OK?」
イン、ギョン、ファンがコクコクと頭を縦に振ると、今までの会話が嘘のようにまた普通の団欒に戻っていった。
3人は、こんな賑やかで温かい食事は初めてで、徐々に緊張も解れてくると、この雰囲気を楽しんでいる自分に気がついた。
(キス現場を見た時からそうじゃないかと思ってたけど、やっぱりチェギョンが皇太子妃になるんだ・・・シンもシン家のこの温かさにやられた口なんだろうな)
(前に会った時と会長もチェジュンも全然違う。これが素の2人なんだろうな・・・)
(これが、家族の団欒ってやつなのか?じゃ俺の家は、あれは何なんだ?!)
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