シンと皇后はいろいろ話し合い、宮へ戻ることにした。
朝食の際、一緒に里に来たジテ、ソオン女医と主治医、そしてソ・イジョンにその旨を話した。
「皇后さま、少し顔色がよろしくありません。できれば後2~3日こちらにご逗留して、体調を整えてからお戻りになった方がよろしいかと・・・」
「ソオン医女、私より今はチェギョンが心配なの。ジフ君が忙しい今、チェギョンの体調を整えられるのは、私とシンだけでしょ?だから、帰るの。オジジ殿にバスの手配、お願いしてもらえないかしら?」
「・・・分かりました。お館さまにお願いしてみます」
「お願いね」
皇后とシンが、チェギョンの部屋で寛いでいると、オジジがやって来た。
「失礼しますよ。ソウルに戻られるとお聞きしました。残念なことに、今、里にはバスを運転できる者は一人しかおらんのです。その者もソウルには疎い。ですから、その者に扶余宮まで送らせましょう。殿下、宮に連絡を入れて扶余宮まで迎えに来てもらってください」
「はい、すぐに連絡を入れ手配します。ありがとうございます」
「・・・それから儂からの頼みなのじゃが、皇后さま、ある者に皇族を代表して一言言葉を掛けて、心の重しを少し軽くしてやってもらえんか」
「皇族としてですか?それは構いませんが、宮と関係のある方なのですか?」
「ちぃとばかりですが・・・誰かすまぬが、ペクさん夫婦をここに呼んでおくれ」
『かしこまりました、お館さま』
廊下から声が聞こえ、立ち去る足音が聞こえた。
「オジジ、そのペク夫婦は、宮とどのような関係があるのですか?」
「・・・ペク・チュンハの両親です。」
「ペク・チュンハ?・・・聞いたことのある名前だけど、誰だか思い出せない。オジジ、誰だ?」
「殿下は、ハギュンの口からきいたかもしれませんな。うちの姫を殺そうとして、ス殿下を刺殺した翊衛士です」
「「あっ・・・!!」」
「・・・宮に仕える息子を誇りに思い慎ましく生活していた夫婦が、ある日突然拉致され、息子は自分たちを守る為に天であるス殿下を刺殺してしまった。。。何の罪もない2人ですが、今も後悔の渦の中で生きています。勿論、皇后さまやシン殿下にも罪はありません。ですが、皇族を代表して、何か2人に言葉を掛けてやってください」
「是非、話をしなければ・・・こちらこそ会わせてください」
「皇后さま、ありがとうございます」
「・・・オジジ、ペク夫婦がここに来た経緯を教えてくれないか?」
「簡単な事じゃよ。あの当時、ペク夫婦を監禁していたソ・ファヨンの弟をソ一族は血眼になって探しておってな、2人は身を隠すしかなかったんじゃ。で、チェヨンがここに連れて来た」
「チェギョンのお祖父さんが?」
「そうじゃ・・・家の事情とはいえ、中途半端な形で宮を退官してしもうた儂。ス殿下の婚姻を断固反対しなかったチェヨン。ファヨンの本性を知っていたにも拘らず放置して、ス殿下を殺してしもうたハギュン。儂らが宮の為にできる唯一の罪滅ぼしじゃと思って、里で預かった」
「この事をチェギョンは?」
「勿論、知っておる」
「・・・オジジ殿、ずっと気になっていたことがあります。孝烈殿下は、表向きは事故死になっています。その元翊衛士の処分はどうなったのでしょう?今、どうしているのですか?」
皇后の質問にシンはハッとした。
(そうだ。ハギュンやソ王族の証言・供述で伯父上が刺殺された事実を知ったが、真犯人の処分はどうなったんだ?)
「・・・処分は、ス殿下自らがお決めになったと聞いております。『自ら死を選ぶことは許さない。私の代わりに生涯チェギョンを守れ。チェギョンの為なら死ぬことを許す。死後は、また私に仕えよ。先にあの世で待っている』」
「「!!!」」
「チェヨンの友人たちが協力しましてな。その筋のプロになるようアメリカに修行に出しました。姫が公の場に出る頃に戻ると聞いております」
(その筋のプロって、どんなプロなんだよ!?それよりチェギョンが公の場に出るって・・・そんな日が来るのか?)
『失礼します、ペクでございます。お館さまがお呼びと聞き伺いました』
「おお、ペクさんか?入っておいで」
オジジに促され、夫婦と思しき男女が部屋に入ってきた。
「ペクさん、皇后さまと話がしたかったんじゃろ?許可はもらった。話して、心の重しを少し軽くしなされ」
「お館さま、ありがとうございます。皇后さま、7年前息子が大罪を犯してしまいました。ですが、息子の所為ではありません。すべて私たちの責任です。本当に申し訳ありませんでした」
「ペクさん・・・頭を上げてください。あなた方には何の罪もないし、寧ろ宮のいざこざに巻き込んでしまい、こちらの方が申し訳なく思っています」
「皇后さま・・・」
「今回、多くの王族の不祥事が露見し、あなた方を拉致したソ一族も王族の称号は剥奪され、刑に服しています。もう身を隠す必要はありません。私達と一緒にソウルに戻りませんか?」
「・・・皇后さま。大変有難い申し出ではありますが、もう息子の足手纏いになりたくはありません」
「足手纏いだなんて・・・」
「いえ、シン家の皆さんの好意に報いるためにも 息子は誠心誠意姫さまを守ると私たちに誓いました。その息子の不安要素は、私達です。ですから、ここで生涯お世話になります」
「皇后さま、それに私たちはここの穏やかな暮らしが性に合っています。ここにいる村人たちの大半は、私たちの様な者ばかりなのです。ですから、私たちの事は気にせず、どうか元気な赤ちゃんを無事にご出産ください。それから姫さまをどうかよろしくお願いします」
「分かりました。チェギョンは、本当の娘にしたいぐらいに可愛いし、愛おしく思っています。私も命ある限り、チェギョンに愛情を注ぐことをあなた方にお約束します。勇気を出して会いに来てくれて、ありがとう」
皇后の言葉に ペク夫婦は平伏し、涙を流していた。
「ペクさんや、良かったのぉ。それからスマンが、時間になったら呼ぶから、皆さんを扶余宮まで送って差し上げておくれ」
「はい、お館さま。では、私たちはこれで失礼いたします」
ペク夫婦が部屋から出ていくと、オジジが皇后に頭を下げた。
「皇后さま、シン殿下、うちの姫は頑固者でのぉ。決して自分からは、お二人に会おうとはせんじゃろう。それでも気を悪くせんでくだされ」
「勿論です」
「シン殿下、ここから扶余宮は近道を通ればすぐなんじゃが悪路での。皇后さまの体には良くない。よって迂回することになる。迎えの到着時間の1時間半前にここを出発すれば間に合うじゃろう。時間が分かったら、ソオンに言っておくれ」
「はい。何から何までありがとうございます」
ペク・チュンハの父親の運転で里を出た一行は、扶余宮前で宮の公用車に乗り替え、宮へと戻った。
イジョンを伴って東宮殿に足を踏み入れたシンと皇后は、私室を見て愕然となった。
(チェギョンの私物が何もない!!チェギョン、本当にもう俺たちと会うつもりはないのか?!)