シンと皇后はしばらく唖然としていたが、すぐに気を取り直しコン内官に経緯を聞き出そうとした。
イジョンもその場から少し離れて、携帯でウビンに連絡を入れる。
「昨日の事でございます。突然、シン元内官が数人を引き連れてやって来て、チェギョン様の荷物を引き取っていきました」
「アジョシは、何か言ってたか?」
「はい。そろそろ潮時だから撤退すると。ただミン・ソオンだけは皇后さまのご出産が終わるまで宮に滞在させてほしいと言っておりました。後、手がけている工事に関しては、イルシム建設が責任を持って行い、神話がスタッフを連れてくるから心配する必要はないとのことです」
「シン、いいか?ウビンと連絡が取れた。ソウルに戻った件は、すべてソングループに引き継いで落着したらしい。ただ今回も逆恨みの対象になりそうだとは言ってた」
「・・・可哀想に」
「皇后さま、こんな事で同情するならアイツは支えられませんよ。逆恨みなんて日常茶飯事ですからね。実際、処分された王族たちも相当恨んでると思いますよ。宮に関わってからは、チェギョンのSPは厳戒態勢だそうです」
「宮の所為で・・・」
「皇后さま、チェギョンは宮を恨むような奴じゃない。寧ろ、皇后さまやシンに出会えて、感謝してるんじゃないですか?アイツはそういう奴だと思いますけど?」
「・・・イジョンヒョン、チェギョンが心配だ。今、どこにいるんだ?」
「シン、それを知ってどうする?」
「勿論、迎えに行く。ジフヒョンが付いてなかったら、多分3日寝てないと思う。倒れてないか心配なんだ」
「・・・迎えは無理だな。チェギョン、今、飛行機の中だし・・・当分、帰ってこない」
「えっ!?」
「ジフの祖父さんが同行して、毎年恒例の海外に行ったってさ。今年は、大人になった祝いも兼ねてるらしいから、長くなるかもって話だ」
「何だ、それ?」
「生理が来たんだろ?そのお祝いだってさ。アイツさ、昔、海外でも人助けしてんだわ。で、そこから毎年、招待されてるってわけ」
シンと皇后は、改めてチェギョンのスケールの大きさに驚いてしまった。
「シン、ウビンが家庭教師どうするか聞いてくれってハギュンさんから頼まれたらしい。今後も続けるのか、それとも学校に行くのかって事だな」
「えっ・・・家庭教師は、今後もチェギョンと一緒に続けるって伝えて。俺、頑張るからさ」
「分かった。それからお節介だけど、ウビンにチェギョンが帰国したらシンに教えてやれって言っておいた」
「イジョンヒョン、サンキュ」
「じゃ、俺行くわ。今、すっごく創作意欲が沸いちゃっててさ。しばらく利川に籠るわ。皇后さま、ご一緒できて楽しかったです。元気な赤ちゃんを産んでください。楽しみにしています」
「ええ、貴方もありがとう。素敵な茶器ができることを、心待ちにしています」
イジョンはニッコリと笑うと、東宮殿から出て行った。
そして皇后はシンを伴い、皇太后に帰宮の挨拶をするため、慈恵殿へと向かった。
「皇太后さま、ただ今戻りました。長い間、宮を空けてしまい申し訳ありませんでした」
「ミン、よく戻りました。体調も良さそうで何よりです」
「ありがとうございます。皇太后さま、以前お話させていただいた件ですが、実行に移そうと思います」
「・・・最高尚宮、皆を下がらせておくれ」
「畏まりました」
慈恵殿の皇太后の私室に 皇太后、皇后、シン、そして最高尚宮だけが残った。
「扶余の里でシンと色々話をしました。それでシンも私の意を汲み、了承してくれました。チェギョンをこの子のナニーに任命します。皇太后さまもどうかお認め下さい」
「それは願ってもない事ですが・・・シンにチェギョンとの縁については説明したのですか?」
「はい。その事なのですが、まだシンの成人の儀まで時間があります。それまでは、シンに考える時間を与えてやってほしいのです」
「では、考えた末、やはり白紙という結論も有るという事かえ?それでは、チェギョンが余りにも可哀想というものじゃ」
「皇太后さま、母上から聞きましたが、先方に断られもう白紙に戻っているのではないでしょうか?」
「それは・・・そうじゃが・・・諦めきれぬのじゃ」
「もし俺がこの婚姻を受け入れてもシン宗家は認めるとは思いません。正直、シン宗家当主、チェギョンと婚姻は相当な覚悟が要ります。はっきり言うと、荷が重い」
「シンや、そなたはこの国の皇太子じゃ。なのに・・・」
「おばあ様!中身の伴っていない名ばかりの皇太子で、シン宗家の皆さんが納得するとお思いですか?」
「それは・・・」
「それと母上とも話したのですが、チェギョンに必要なのは家族と過ごす心休まる時間です。だから生まれてくる赤ん坊を通して疑似家族になるつもりです。どうかご理解ください」
「義母上さま、シンもですが、チェギョンもシンを愛してくれるか分かりません。私は、2人には愛する人と幸せになってほしいと思っています。どうかご了承ください」
「・・・分かりました。私も2人には幸せになってほしい。シン、時間が許す限り考えなさい」
「はい、ありがとうございます」
その後、皇太后に扶余の里の話をしながら、お茶を飲んでいると、皇后付きのハン尚宮が挨拶に来た。
「皇后さま、殿下、お帰りなさいませ」
「ハン尚宮、ただいま。留守中、何か変わったことはなかった?」
「はい、陛下もヘミョンさまも恙なく公務に励んでおられました」
「ヘミョンが?」
「はい。イ元尚宮が、里に行く前に公務に必要になるだろう資料や情報をヘミョンさまに渡していたようです」
「イ女史がですか?」
「はい。外命婦の集まりの際は、季節の菓子から使用する器まで詳細に指示してあったそうです」
「・・・きっとチェギョンね」
「それから、先程イ元尚宮が、別れの挨拶をしに来ていました。本日付でシン宗家の方達は、宮を撤退するとのことです」
「「!!!」」
「・・・やっぱりね。そんな予感がしていたわ。ハン尚宮、正直に答えてちょうだい。チェギョン達がいなくなっても宮は機能していけると思う?」
「・・・シン元侍従長さまやハギュンさまが職員の意識改革をされ、皆意欲的に働いています。ですが、今のようにスムーズに事が運べるとは思えません。ユン尚宮とキム内官は、もうすでにパニックに陥っていると聞きました」
「はぁ・・・最高尚宮、女官はどうなのかしら?」
「はい、皆、精を出して頑張っております。ですが、人手不足とこの暑さで、皆、疲れが見えます」
「どちらも困った状態のようね。最高尚宮、女官たちのフォローを頼みます。私は、ユン尚宮とヘミョンのフォローに回りましょう。シン、貴方はコン内官と一緒に陛下の補佐に回ってちょうだい」
「はい」
「畏まりました」
「皇太后さま、では先程の件、よろしくお願いします」
皇后は、最後にもう一度、皇太后に念押しをして、慈恵殿を出て行った。
(元から聡明な女性じゃったが、何か強さまで加わったような・・・シンもじゃ。何を言っても暖簾に腕押しだったのにしっかり自分の意見が言えるようになった。扶余の里は、そこまで人を変える事ができる所なのじゃろうか?)