緊迫した居間の雰囲気を破ったのは、フラッと部屋に入ってきたチェジュンだった。
「ヒョン、来てたの?道理でデジが張り切って、料理してる筈だわ」
「チェジュン、いい加減にしないとその口縫うぞ」
「親父こそ、いい加減諦めろって。恨むなら、祖父さんにデジの子守りをさせた自分を恨めよな」
「あああ、クソッ。親父も先帝の親父に嵌められたんだよ。あの狸爺、いたいけな少女の言質まで取りやがって・・・お前たち、今なら引き返せる。絶対に宮に関わるな。苦労するぞ。経験者は語るだ」
チェウォンが、顔を顰め嫌そうに話す言葉は、明らかに皇族の悪口。
イン達は、シンの前で同意することもできず、ただ茫然と座っていることしかできなかった。
「クククッ、アジョシ、おじい様をそう責めないでください。俺のお願いを聞き入れてくださっただけですから・・・」
「先帝の親父は、シン坊を可愛がってたからな。ス兄貴が生きてる時から、シン坊には天が付いているって断言してたし・・・」
「えっ!?」
シンがチェウォンに問いただそうとした時、キッチンから皆を呼ぶチェギョンの声が聞こえた。
「飯の用意ができたみたいだな。移動しようか」
キッチン横の両親の部屋に大きめのテーブルが置かれ、テーブルの上には所狭しと料理が並んでいた。
テーブルの周りに腰を下ろすと、チェギョンはチゲの入った鍋を持って現れた。
「お待たせ♪口に合うか分からないけど、良かったら食べてね」
「デジ・・・何だかいつもよりあっさり系のおかずが並んでるような気がするのは俺だけか?」
「///えっ!?」
「チェジュン、ムカつくがシン坊の事を考えた料理だ。皇族はな、辛い物を食べ慣れてない。先帝の親父はそうでもなかったが、ヒョンもス兄貴もトウガラシが全くダメだった。シン坊も多分そうなんだろう?」
「///あっ、はい。辛味だけじゃなく味の濃い料理は、食べ慣れてないかもです。でもチェギョン、何でその事知ってるんだ?」
「ん~、この間、お昼ご飯ご馳走になった時、赤い色の料理がなかったから、こっそり女官のオンニに聞いたの。素材の味を生かす料理しか出さないって・・・だから苦手なんだろうなって」
シンはチェギョンの言葉に嬉しくなって、思わずギュッと抱きしめてしまった。
「シン坊、そういう事は2人の時にやれ!親の俺の前でするんじゃねぇ」
「すいません。つい嬉しかったもので・・・折角の料理が冷めちゃいますよ。早くいただきましょう」
チェギョンがシンがご飯をよそったスプーンの上におかずを載せると、シンは嬉しそうに口に運ぶ。
イン達は、学校とは全く違うそんなシンの姿に驚き、口をポカンと開けたまま箸が止まってしまっていた。
そんなイン達を苦笑いしながら見ていたチェウォンは、3人に食事を勧めるのだった。
しばらくすると、玄関の扉が開く音がし、女性の声がした。
「オンマが帰ってきたみたいだな。ああ、君たち、気にしないで食べな・・・ヒョン!!」
「「「えっ!?」」」
「チェウォン、酒持ってきたぞ。久しぶりに飲もう♪シンを呼ぶなら、私も呼べよ。友達甲斐のないヤツだな」
「俺は呼んでねぇ。シン坊も勝手に来たんだ。ホントお前は、相変わらず我が儘だなぁ。チェギョン、グラスと箸を持って来てくれ」
「は~い♪おじ様、いらっしゃい。ゆっくりしてってくださいね」
「チェギョンは、昔から可愛かったが良い子に育ったなぁ。スンレさんに似て、ホント良かった。うん、うん♪」
「イ・ヒョン、お前は帰れ!!」
「クククッ、冗談だ。少しだけ真面目な話をする。先程の話だが、今日は最長老に頼んだが、宮が人を出すと例の子とシンが関係があると邪推されかねん。明日からは、完全看護にしてもらえるよう手配した」
「・・・分かった。明日から、学校帰りにチェギョンに病院に行かせる」
「役に立てなくて悪いな。おっ、懐かしいな、このおかず。誰が作ったんだ?」
「チェギョンだ」
「チェギョンは料理ができるのか?」
「うちは共働きだから、時間があればチェジュンも簡単なものなら作ってくれるぞ」
「・・・シン、東宮殿に家庭用キッチンを作って、チェギョンに料理を作ってもらおう♪う~ん、我ながらいい考えだ。楽しみが増えるぞ」
「ヒョン、ちょっとは落ち着け!!チェジュン、いつものお膳を持ってきてくれ」
チェジュンが持ってきたテーブルに数品のおかずとお酒、グラスを置くと、それをヒョンの前に置いた。
そして大きなテーブルはチェジュンとチェギョンによってリビングに持っていかれ、子ども達はそこで食事することになった。
「・・・シン、陛下ってとてもフレンドリーな人なんだな」
「イン・・・無理するな。最近の陛下は、俺でも付いていけない。かなりぶっ飛んでる」
「クスクス、ヒョン、この間、おじ様と抱き合って万歳三唱してたじゃん。俺からしたら、ヒョンとおじ様はよく似てるぜ」
「「「えっ!?」」」
「///チェジュン!」
「クスクス、陛下とアッパって、本当に仲が良いのね。ビデオを見て陛下の御爺ちゃまの顔を思い出したけど、御爺ちゃまはよく我が家でお酒飲んでられたわよ。御爺ちゃまの膝の上が、私の指定席だったの」
「本当に家族ぐるみの関係なんだな。。。でも何で今まで黙ってたんだ?」
「・・・忘れてた。宮で再会して徐々に思い出した」
「「「はぁ!?」」」
「クスクス、実は私もなの。男の子2人と遊んでた記憶はあるんだけど、それがシン君とは思わなかったの。だって全然印象が違うんだもの」
「なぁ、昔のシンってどんな感じだったんだ?」
「///チェギョン、言うな!」
「ふふふ、可愛い王子さまだったわよ。いつも手を繋いでた記憶しかないけどね」
「プクククッ、ヒョン、昔から変わらないんだ。この間、俺の前でもずっと手繋いでたもんな」
「///チェジュン!!」
シンとチェジュンの掛け合いのような会話を目の前にして、イン達3人は微笑ましく思った。
「シンもそんな表情するんだね。僕、初めて見たかも・・・」
「ん?そうか?・・・まぁ、シン家の人って俺たちを一人の人間として接してくれるから、楽なのは確かだな」
「それは、シンを皇太子って見てないってこと?」
「多分な・・・」
「ちょっと人聞きの悪い事言わないでよ。一国民として宮を愛してるし、皇族の皆さんを尊敬してます」
「そうか?初めて皇太后さまに呼ばれた日、俺と友達になってやってくれって言われて即断したのは誰だった?」
「「「えっ!?」」」
「それは・・・だってあの時は、本当にお友達なんて無理だと思ってたし・・・」
「クククッ、あの日のデジ、がっくり肩を落として家に帰って来てさ。親父は、デジに何があったのかってオロオロしだして、最後は俺が直接断ってきてやるって大騒ぎだった」
「・・・これも全部、お前たちの所為だからな」
「「「えっ、俺たち?!」」」
「お前たちの傲慢な態度を見てきたチェギョンは、俺も同じ穴の貉で絶対に友達にはなりたくないって思ってたんだ」
それを聞いた3人は、思わずシンとチェギョンに頭を下げ謝罪した。
「あのさぁ・・・あんた達、ヒョンの事、皇太子だって意識しすぎ。だから皇太子の学友だって自慢したくなるんだ。学校ぐらいイ・シンとして接してやれよ。ヒョンもさぁ、少しこの人たちに心を開いてたら、変な女に絡まれることはなかったと思うぜ」
「・・・なぁチェジュン、お前はシンを皇族と意識してないのか?」
「俺?俺にとったら、ヒョンは姉貴の未来の旦那でしかない。ただ姉貴やヒョンに迷惑を掛けないように心がけるのが面倒だなとは思ってる。おそらく親父が反対したのは、この辺りだと思う。俺らがバカなことをしたら、即マスコミにデジが叩かれるからな」
「チェジュン・・・ゴメンね」
「気にすんな。俺たちは、デジが幸せなら満足だ。ちょっと変わった所にビックリするぐらい早く嫁ぐだけだ」
にやりと笑うチェジュンと涙ぐむチェギョン。
そんな姉弟の姿を見て、イン達は己の間違いを改めて感じたのだった。