事実は、コン内官とチョン最高尚宮だけに知らされ、皇族たちにはイム女官は実家の都合で急遽退官したと報告された。
指示していた王族も表向きは健康上の理由として王族会を脱退し、ソウルを離れていった。
キム内官が内密に王族の土地家屋を調べたら、当然のようにSC財団の所有に代わっていた。
(恐るべしSC財団・・・チェギョンさまを怒らせたら、ソウルでは暮らせないということか・・・)
チェギョンの尽力で風通しがよくなってきた宮だが、皇后の体調は一泊旅行を境に徐々に悪化の一途を辿っていった。
痛みを取るモルヒネを投与され、皇后はイジュンを抱き、時間が許す限り家族との時間に費やした。
シンは、記憶だけでなく記録に残そうとそんな皇后にカメラを向けるのだった。
そして蝋燭が燃え尽きるかのように 皇后の命は静かに尽きた。
「ミン~~!!」
「お母さま~!!」
『御崩御なさいました』の医師の言葉の後、皇帝とヘミョンの絶叫が部屋に響き渡った。
イジョンを抱きながら皇后の最期を看取ったチェギョンは、廊下で控えていたコン内官と最高尚宮を東宮殿に付いてくるよう促した。
「コン内官アジョシ、これからの流れを教えてください」
「えっ!?」
「あの様子じゃ陛下もヘミョンさまも葬儀の采配は無理そうでしょ。部外者だけど、私が指示を出していいですか?一応、祖父で経験してるから役に立つと思います」
「チェギョンさま・・・」
「それから・・・このノート。皇后さまが書き残した先帝のおじいちゃまとユルアッパの葬儀の時の資料です。多分、皇后さまは私に取りしきれと仰りたかったのかもしれない」
「・・・分かりました。それでは、ご説明させていただきます」
一通り流れを聞いたチェギョンは、最長老を呼び出し、王族会のメンバー全員家族総出で葬儀の手伝いをするよう正論で説得した。
「王族だと偉そうに権利を主張するなら、義務も果たさないとね。主家の大事なんだから・・・王族のメンバーは、宮で雑用。外命婦の奥さまたちは、王族の食事の用意。ご子息達には、国賓の通訳兼おもてなし。任せてもいいかな?お爺ちゃんが不甲斐無いせいで、職員が減って人手不足なんだもん。協力してよね」
「ま、待ってくれ。通訳ができるほど外国語が堪能な奴がどのくらいおるのか、聞いてみないと答えられん」
「はぁ!?ホント中身のない王族だねぇ。。。ひょっとして四書五経や論語が読めない王族がいるんじゃないでしょうね?伝統を守る王族なのに子ども達に古典楽器も習わせてなかったみたいだし・・・」
「・・・面目ない」
「とりあえず確認して。足らない人員は、職員と私が何とかする」
「わ、分かった」
「ヘジャお婆ちゃん、当たり前だけど女性職員も全然足らないよね?うちの者に手伝わせようか?」
「えっ!?」
「アジョシから聞いた流れだとうちの祭祀よりも簡略化されてる。お爺ちゃんの時、ほぼ1週間寝ずの儀式が続いて、終わった時ぶっ倒れたし・・・このぐらいの儀式なら、うちの者で十分に役に立つと思う」
「・・・では、よろしく頼みます」
「分かった。ヘジャお婆ちゃんは皇太后さま、ハン尚宮オンニは陛下とヘミョンさまに付いてあげて」
「イジュン様はどうするつもり?」
「私とチェ尚宮オンニとユン尚宮オンニの3人で何とかするわ。シン君もいるし、何とかなるでしょ。コン内官アジョシ、男性職員への指示はアジョシにお任せします。あと国賓のホテルの手配は私がします。葬儀に参列する国賓のリストをください。それから可哀想だけど、シン君に陛下の代役を任せてください。精神的フォローは私がします」
「かしこまりました。チェギョンさま、殿下をよろしくお願いします」
≪コン内官の回想≫
チェギョンさまの采配とシン宗家の人たちの働きぶりは、実に見事だとしか言えなかった。
お蔭で、宮職員たちは接待と準備に専念でき、翊衛士も疲れを残すことなく、1ヶ月を乗り切れた。
その反対に 王族たちの情けなさは、目を覆うものだった。
外国語どころか英語が話せる子息はたった3人しか集まらず、宮職員だけでは対応できず、やはりチェギョンさまの勉強仲間が手を貸してくださった。
もっと驚いたのが王族方の食事の用意を任せた奥方たちで、葬儀や祭祀ではタブーのトウガラシやニンニク入りの料理を出して、最長老や長老衆を激怒させた。
この話を報告すると、チェギョンさまは、『これで、しばらく王族は大人しくなるわね』とニッコリと笑われた。
私は、チェギョンさまが本当に殿下と同じ年なのかと、思わず疑ってしまった。
でもこれが、シン宗家当主の実力なのかと同時に納得もした。
これだけの器が陛下にあったなら・・・声には出さないが、きっと多くの職員は思っていることだろう。
殿下もチェギョンさまに支えられ、泣き崩れる陛下の代わりに立派に喪主を務められたと思う。
抱っこ紐でイジュン様を抱え、国賓に挨拶を繰り返す姿は、国民の涙を誘うには十分だった。
しかし東宮殿に戻れば、チェギョンさまに抱きつき、涙を流しておられたとチェ尚宮が教えてくれた。
次期皇帝と言えども、まだ母が恋しい13歳の少年なんだと、改めて思った。
そして殿下を支えてくださったチェギョンさまには、感謝の言葉しか浮かばない。
だが、皇后さまを実母のように慕っておられたチェギョンさまは、大丈夫なのだろうか・・・
皇后さまが崩御されてから一度も涙を見せておられないチェギョンさまは、一体どこで泣かれているのだろう。
全ての儀式が終わった翌日、皇太后は家族全員を正殿居間に呼び出した。
チェギョンは抱いていたイジュンを皇太后に託し、部屋から出ていこうとしたが、皇太后が呼び止められた。
「ミンは、チェギョンも自分の娘だと思っていると常々言っていたわ。だからあなたもここにいてちょうだい」
「・・・はい」
「では、話をしましょうかね。無事、ミンを見送る儀式を終えることができました。シン、チェギョン、お疲れさま。そしてありがとう。。。今日、集まってもらったのは、ミンから預かっていたモノを渡す為です」
「「「!!!」」」
「何をそんなに驚いているのです?聡明でしっかり者のミンが、そなた達に何も残さず逝く筈がなかろう?」
皇太后は、ミンから預かっていた品物を陛下、ヘミョン、シン、チェギョンの前に置いた。
「ヒョンには、ミンの最期の遺作のネクタイ。見事な玄武が刺繍されておる。ヘミョン、シンには、そなた達が生まれた時に父が贈った宝石。イジョンには、父が動転していて贈ってくれなかったそうじゃ。ヒョン、今からでもミンへの感謝の印を買ってイジョンに渡しておやり」
「はい、母上」
「そしてチェギョン、これをそなたに。皇后が使っていたピニョじゃ」
「えっ!?こんなにたくさん・・・ですか?貰えません」
「・・・扶余の里では、韓服で過ごすらしいの。チェギョンの韓服姿は綺麗で、立ち居振る舞いも素晴らしいとミンは感心しておった。韓服を好まぬヘミョンに渡したところで、宝の持ち腐れじゃ。きっとチェギョンなら、大事に使ってくれる筈だと思い、私に託したのだと思う。ミンの気持ちじゃ、貰っておやり」
「・・・はい、お婆ちゃま。では遠慮なく、有難く頂戴します」
うん、うんと頷いた皇太后は、次にハン尚宮に目で合図を送った。
ハン尚宮は、各自の名前が書かれたUSBをこれも皇帝、シン、ヘミョン、チェギョンに手渡した。
「お渡ししましたのは、生前皇后さまが残されたビデオレターでございます」
「皇后は、私たちにメッセージまで残してくれてたのか?」
「左様でございます、陛下。皆さん、お一人でご覧になりたいかと思い、シン・ドンヒョク様に手伝っていただいて編集いたしました。そしてもう一つイジュン様の分でございますが、殿下、殿下にお預けしてもよろしいでしょうか?皇后さまは、小学生に上がるころに見せてほしいと仰せでした」
「・・・分かった。責任もって保管し、必ずジュナが理解できる年齢になった時に見せます」
「オンニ、なぜドンヒョクアジョシが手伝ったの?皇后さまとアジョシって、面識あった?」
「それは・・・USBをご覧になってください。そうしたら理由が分かられると思います」
「・・・分かったわ。オンニ、ありがとう」
一旦、シンと共に東宮殿に戻ったチェギョンだが、しばらくすると煙のように消えていた。
(チェギョン、一体、どこに行ったんだ?)