この国の皇太子であるイ・シンは、只今ソウル芸術高校の2年生。
本来なら王立学園に進学する筈の皇太子が、この高校に進学したのは理由があった。
中等部3年の夏、皇太后に呼び出された際、1枚の写真を見せられたから・・・・
そこには、幼き頃の自分が女の子と仲良く手をつないで、遊んでいる姿が映っていた。
「随分昔の写真ですが、何か思い出しませんか?」
「・・・少しだけですが思い出しました。懐かしいですね。でも何故、この写真を?」
「実は、今は亡き先帝が、この少女をそなたの許嫁にすると遺言を残しています」
「えっ!?」
「何でもシン、そなたら二人があの人にお願いしたらしい。でも10年近く前の話だし、今の時代、親の命令で婚姻も可哀そうだと先方に言われてのぅ・・・で、王立に進学して、それとなく二人を引き合わせたいと打診したのだが、断わられた。王立だけには進学させたくはないとな・・・はぁ・・・」
シンはどう答えていいのか分からず、ただ皇太后の次の言葉を待つことにした。
「そこでだが、シン、ソウル芸術高校に進学する気はないか?」
「えっ!?」
「そなたが、王立を嫌っておる事も芸術高校に進学したいと思っていることも知っている。どうじゃ?」
「あ、あの本当に良いのですか?」
「その代わり、交換条件がある。許嫁の娘は、必ず芸校に進学するだろう。だから、3年間で彼女と親交を持ち、人となりを見極めてほしい」
「それは、許嫁と婚姻するかどうかという見極めですか?」
「そうじゃ。そなたの願いもあっただろうが、この少女に国母の器を見出したからこそ、あの人は遺言に遺したのだろうと思っておる。私もできれば、先帝の遺言を破りたくはないのでな」
「・・・分かりました。芸校に進学し、許嫁殿を見極めたいと思います」
「そうか・・・では私から陛下には言っておこう。クスッ、シン、そなた、かなり上から目線じゃが、許嫁の娘がそなたを必ず気にいると思っておるのか?」
「どういう意味ですか?(ムカッ)」
「父親に聞いたのだが、一切許嫁の話はしていないそうだ。勿論、昔、宮でそなたと遊んでいた事も覚えておらんらしい。皇太子であるそなたが、どうやって許嫁と接触するのか楽しみじゃ・・・クスクス。まぁ、王立ではないので皇族の特権はない。先に受験を突破することじゃな。朗報を楽しみにしています。下がってよいぞ」
シンは、面白そうに笑う皇太后にムッとしながら皇太后が住まう慈慶殿を辞したのだが、実際どのようにして許嫁と接触すればいいのか、見当もつかなかった。
そこでシンは、接触しやすいよう自分の友人であるカン・イン、チャン・ギョン、リュ・ファンを理由を告げず、芸校入学を打診した。
ファンとギョンからは快諾を得、インも両親の説得に時間はかかったが、4人とも受験し入学許可書を貰った時は、4人で抱き合って喜んだ。
「はぁ、やっと王立から解放される~♪俺、芸校で絶対ハクチョウを見つけるんだ!!」
「ギョン、そのハクチョウって何だ?」
「クスクス、シン、ギョンの話を真面目に聞いちゃダメだって。ギョンは、彼女が欲しいだけだからさ」
「ファン、ただの彼女じゃない!ハクチョウってのは、運命の女性のこと。俺もシンと同じで、この3年しか自由ないからさ。大学入学したら、親父の会社を手伝うことになってるし・・・」
「それは、僕もインも一緒だと思うよ。大学は経済学部に入学するつもりだし・・・」
「だな・・・芸校に誘ってくれたシンに感謝だな。3年間、大いに青春を謳歌しようぜ」
「そう言ってくれて、俺もちょっと気持ちが楽になった。とりあえず、3年間よろしくな」
シンは、入学が決まってすぐ、先帝の筆頭内官で現在自分付きの内官であるコン内官に許嫁の身上書を取り寄せるよう指示を出した。
だが、皇太后の命令で、許嫁の名前と美術科に入学する事しか教えてもらえなかった。
「家柄で許嫁を見極めるつもりなら、初めから王族から婚姻相手を選べばよい。可愛い孫には見合いではなく、恋愛で婚姻してほしいからのぉとの事でございます」
恐縮しながら皇太后の伝言を伝えるコン内官を見て、シンはフッと溜め息を吐いたのだった。
「分かった。色々と気を遣わせて悪かった。コン内官は、この子に会った事はあるよね?」
「は、はい。先帝の極プライベートなご友人のお孫さんで、参内される際はよく連れておいででしたので・・・目のクリっとした可愛いお嬢さんでした」
「うん。遊んで楽しかった事は思い出したんだけど・・・でもさぁ、何で10年近くも会えなかった訳?」
「一般人である申氏が宮に出入りしている事を王族が不満に思っていたところに先帝が突然身罷られ、申氏だけでなく許嫁であるチェギョンちゃんの身に危険が振りかからぬように配慮した為です」
「・・・どういうこと?」
「先帝の遺言の事は、最長老以外の王族たちには伏せてありますが、念には念を入れた方がいいと判断した次第です」
「・・・それって、皇太子妃の座の為に命を狙われる可能性があったってこと?」
「・・・・・」
シンは、コン内官の無言は肯定するものだと悟った。
コン内官が下がった後、シンはソファーに深く沈みこんだのだった。
(皇太后さまの条件を無視しようと思ったけど、そんな王族の令嬢を宛がわれるのだけは勘弁だよな。はぁ・・・やっぱり許嫁のこの子を最初に考えた方がベストかも・・・)
こうして芸術高校に入学したもののシンは、1年経った今でも許嫁に接触することができずにいた。
入学してすぐ許嫁であるシン・チェギョンは、すぐに分かったが、美術科と映像科は校舎が違う事があり、接点を見いだせずにいた。
特に映像科が入っている校舎は、シンが入学したとあってセキュリティーが完璧で、他科の生徒が入りづらくなっていた。
また反対に注目を浴びる立場のシンが、目的もなく他の校舎に遠征するのも憚られれ、シンはこの1年、遠くからチェギョンを見てるだけだった。
(ホントあの子は、いつもニコニコ笑ってるよな。学年や性別関係なく、あの子の周りには人が集まってるし・・・きっと良い子なんだろうな・・・)
月日だけが過ぎていき、相変わらずシンは3人と連るんでいるだけで、変わり映えのない1年が経とうとしていた。
変化といえば、インが以前からの知り合いだと、舞踊科の女生徒ミン・ヒョリンを紹介してきたぐらいで、気づけば昼休みは5人で過ごすようになっていた。
(ああ、マジで何とかしないと王族の女を宛がわれそうだ。何か切欠を攫まないと・・・何かないかなぁ・・・そうだ!)
「ギョン、ところでさぁ・・・前に言ってたハクチョウは見つかったのか?」
「おお、シン、聞いてくれよ。映像科は野郎ばかりで、女子はいてもオタクぽいだろ?!音楽科と舞踊科は見て回ったけど、何かピンとこないんだよな。残るは美術科なんだけど、何かさぁ・・・団結力があるっていうか、ガードが堅いんだよな。シン、皇太子の権限で何とかなんない?」
「なるか!!」
「クスクス、よく中庭にいる賑やかな子からアプローチすれば?美術科の子だからさ」
「へ?ファン、何でそんなこと知ってんだ?」
「だってシンが、よく見てるじゃん。だからちょっと調べてみた。ほら、あそこの子たち・・・ギョンが仲良くなれば、シンも喜ぶかもよ」
ファンが指差したグループを見た3人は、3者3様の反応を見せた。
「ファン、何でそれを・・・」
「えっ、何で?」
「うぉぉぉ・・・ハクチョウ、見つけた~~!!!」
教室を飛び出していったギョンをクスクス笑いながら、ファンはシンとインの反応を見ていた。
(シンの反応は想定内だけど、インの反応は何?何か顔色悪いんだけど・・・)