仲間内でワイワイ騒いで食事することが初めてのシンは、話に加わらなくても楽しくて仕方なかった。
時間を忘れて楽しんでいると、シン家に繋がる渡り廊下から、ワゴンを押したチェウォンが現れた。
ワゴンには、大きなボウルと真鍮の器が数多く載っていた。
「おっ、やってるな?坊主、コンちゃん、いらっしゃい」
「おっさん、おせぇよ!!」
「ジュンピョ、すまん。これでも俺も忙しいんだよ。向こうで麺茹でてきたけど、冷麺食べる奴?」
「懐かしいなぁ・・・俺、少しだけ貰う」
「俺も」
「アッパ、シン君とコン内官さんと私の分、お願い。チェジュンは?あれ?」
「ああ、チェジュンはもう向こうでオンマと一緒に食ってる。チェギョン、お義父さんにも聞いてきてくれ」
「は~い」
チェギョンが、ユン・ソギョンを誘いにリビングを出て行った。
「冷麺食ったら、チェギョンを離れに行かせるからもう少し待ってくれ」
「「りょ~か~い♪」」
「坊主、悪いね。もうちょっと時間ちょうだい」
「はい」
ジフの祖父は、後で少しだけ顔を出すと言う事で、チェギョンだけ戻ってきた。
冷麺を食べてる間、チェウォンがシンの教室で講義を行った事を知り、チェギョンは唖然としていた。
また講義の内容をジフが皆に話して聞かせると、皆爆笑し、冷麺が中々食べ終わらない事態に陥ってしまった。
「チェギョン、全然恥ずかしがらないよな?女の子なんだから、少しは恥じらえよな」
「イジョンオッパ、煩い!このぐらいの下ネタ、もう慣れたわよ。それにチェジュンが小さい時、腫らしたの見た事あるし・・・凄かったよ」
「「「ブハハハ・・・・」」」
「クククッ、そういえば、あったなぁ~。あっ、チェギョン、ガンヒョンちに寄って、数学の宿題聞いてきてやったぞ。チェジュンが起きてる間に教えてもらえ」
「げっ、分かった。シン君、ゆっくりして行ってね。オッパ達、またね」
「「「お休み~♪」」」
チェギョンが姿を消すと、リビングのテーブルが綺麗に片づけられ、全員がソファーに座った。
その時、時間を見計らったかのように ユン・ソギョンが現れた。
シンとコン内官は、慌てて立ち上がり、頭を下げた。
「坊主、お前の爺さんの友達だ。気楽にしろって・・・」
「だって初対面だし・・・はじめまして、イ・シンです」
「こちらこそ、挨拶が遅れて申し訳ない。ユン・ソギョンです」
「固いなぁ。坊主、真面目そうに見えるが、俺らの中でこの人が一番曲者だからな。朝、話したろ?高麗人参とまむしドリンク用意して、俺達親子を宮に行かせたのは、この親父だからな」
「「えっ!?」」
「で、ソンジョおじさんが本懐を遂げられなかったと知って、バイアグラを処方してこっそり渡したんだぞ」
「「「「え~~~!!!」」」」
「クスクス、そういう事もあったな。いやぁ~、ソンジョの死因が腹上死じゃなくて良かったよ。まぁ、それも男のロマンかも知れんがね(ニコッ)」
「「「・・・・・」」」
(元大統領が、柔和な顔なのに何故か黒く見えるぞ・・・)
「初対面なのに黒い尻尾出しちゃダメだって、お義父さま」
「お前が出させたんだろ、バカ婿!」
「クククッ、まぁね。先程は、急なお願いすいませんでした」
「構わん。で、会いに行ったのか?」
「いえ。行って、所在地だけは確認してきました。思っているより全然簡素な家でしたね。SPも立ってないようでしたし・・・」
「知人に聞いたが、悪く言う者は誰もおらんかった。珍しく品行方正な政治家みたいだ」
「親父、話が見えないんだけど?」
「ああ、すまん。ス殿下の学友の一人が、王立学園に出向いて、俺の親父の所在を聞いたらしい」
「「「えっ!?」」」
「まぁ、それは置いておいて、コンちゃん、宮でどこまで情報を仕入れられた?」
「義誠君さまが無断で帰国されている事、殿下が君との会話を思い出し、覚書を見つけられた事ぐらいだ。今、もう一つの封書を探して、孝烈殿下の学友を特定を急いでいる最中だ」
「うん、全然進んでない事が分かった。コンちゃん、相変わらず真面目すぎ」
ワゴンの引き出しからファイルを取り出すと、中から4つ折りになった紙を取り出しテーブルの上に広げた。
「これは・・・」
「これが、孝烈殿下と恵政宮の人物相関図。親父が、本人と雑談した時に出てきた名前を整理して遺してた。恵政宮の右に書いてある人物は独身時代の交友関係。孝烈殿下との間に書いてある人物は、恵政宮寄りの孝烈殿下の友人と王族。俺は、この辺の奴が協力者だと思う」
「チェウォン、調べろと言った者は孝烈殿下の左側に名前があるぞ」
「ああ、だから悩んでる。親父の判断では、恵政宮を嫌ってる人ってことだろ?だから仲間入りするとは思えないんだ」
「おっさん、とりあえず俺らは、この恵政宮さまの周りに書いてある人物を調べればいいんだな?」
「頼めるか?」
「念のため、全員調べた方がいいな。ジュンピョ、このジャーナリストを初めに抑えた方がいい。親父に聞いたが、恵政宮さまはマスコミを上手に使う人だったらしい」
「ウビンの慎重さは有り難いな。ジュンピョ、宜しくな。一応、チェインにも言っておく」
「おう。じゃ、俺ら、もう行くわ。仕事、残してきたし・・・」
「悪かったな。よろしく頼む」
シンの肩をポンポンと叩いて、ク・ジュンピョ、ソン・ウビン、ソ・イジョンの3人が帰って行った。
しかしシン達は、まだ帰れそうな雰囲気ではなかった。
「コンちゃん、確認しておくけど、恵政宮の親族はもう王族にはいないんだよな?」
「渡英された後、全員剥奪された。剥奪後、兄の経営する会社は潰れたと聞いたが、その後は分からん。親族の動向は、宮で調べよう」
「じゃ、早急にお願い」
「で、アジョシ、今までどこに行ってたのさ?」
「ん?ああ、ちょっと人を訪ねてた。昔、孝烈殿下に頼まれた事があって、結果が分かる前に急逝されたんで、そのまま放置してた件があったんだ。で、昔、依頼した人を訪ねてた」
「誰、それ?」
「宮内庁病院の孝烈殿下の主治医だった人。いやぁ、突然訪問したら、胡散臭いって門前払い喰らいそうになってさぁ・・・ソンジョおじさん発行だから無効なんだけど、分かんなかったみたいで、すんなり教えてもらっちゃった。凄い威力だね、この札」
そう言って、チェウォンがポケットから取り出した札には、宮の紋章が入っていた。
「ウォン!お前達親子は、暗行御吏だったのか?」
「クスッ、昔ね。今は、任命されてないから違うよ。今もいるのか知らないけど・・・」
「暗行御吏?何それ?」
「ん~、平たく言えば、皇帝付きの隠密?皇帝に代わりに、裏から色々調べて報告する役職。親父が任務についてて、俺も引っ張られた。お義父さん、今まで黙ってて申し訳ありませんでした。ですが、知らない方が危険が少ないと思い、知らせませんでした」
「・・・では、チェヨンの事故もひょっとしたら・・・」
「分かりません。そうかもしれないし、許嫁の件かもしれないし、全く宮と関係ないかもしれません。ただ恵政宮さまの渡英の引き金を引いたのは俺だし、親父もその現場にいたから、恵政宮様が漏らしてたらソ王族側から逆恨みされてるかもしれない」
「あの・・・」
「あ、うん。ひき逃げだったんだ。犯人は捕まっていない。一時は持ち直したんだけどね、ダメだった」
「「・・・・・」」
リビングに重い空気が立ち込めたが、雰囲気をぶち壊すようにチェウォンがクスクス笑った。
「坊主、なに時化た顔してんだよ?ソンジョおじさんが許嫁の話を持ってきた時、親父は『礼のつもりなら絶対に認めない!断わる』って怒ったんだよ。でもソンジョおじさん『シンが儂に初めてお願いしてきたんだ。可愛い孫のお願いを叶えてやりたい。爺バカだと笑ってくれていいから認めてくれ』って頭下げてたよ」
そこでチェウォンは一旦話を区切って、水を口に含んだ。
「でもさ、10年以上経って、坊主忘れてただろ?だから、そんなカビの生えた約束は反故にするべきだと断わったんだ。今の話を聞いて、責任とか罪悪感とか持つなら、チェギョンとは友達のままでいて。これでも俺、溺愛してるからさ」
「親父、殿下も初めて聞いて混乱してるだろうし、少し考えさせてやりなよ」
「だな。悪いな、変なこと言って。でもこの事は、二人の中にだけ留めといて。陛下にも言うな」
「はい」
「で、親父、昔の主治医に何聞いてきたのさ?」
「いや~ん、話すり替えようとしたのに・・・ジフったら騙されてくれないのね。に・く・い・人♡」
「止めろ、気持ち悪い!早く、吐け!!」
「・・・すまない。今は言えない。先に義誠君さまと話させてほしい」
チェウォンの意志の強さを感じ、もうこれ以上誰も聞くことができなかった。