ユルは、あまり友好的とは思えない視線にゴクリと唾を呑んだ。
「あんたら、いい加減にしないと外に放り出すよ。そんなに睨まれたら、彼 話せないじゃん」
「「「・・・スイマセン」」」
「あっ、ううん。実は、シンに頼みたい事があったんだ」
「頼みたいこと?」
「うん。僕に講義してくれてたシン先生、亡くなったんだってね。昨日、知ったんだ。シン先生にも謝りたかったんだけど、僕、皇太孫だった頃、相当酷かったよね?」
「クスッ、自覚してたんだ?」
「ううん。渡英してから気づいた。シン先生の話、あの頃の僕には全く理解できなかった。渡英して、色々な人に出会い、経験して、やっと理解できたし、反省したんだ。で、帰国する機会があったら、シン先生と女の子に謝りたいってずっと思ってたんだ」
「女の子?」
「うん。多分、シン先生のお孫さんだと思うんだけど、暴言を吐いて酷い怪我をさせたんだ。もう覚えていないかもしれないけど、どうしても会って謝りたくて・・・シンなら、宮でちょっと調べれば分かるんじゃないかと思ってさ。調べてもらえないかなぁ?父上の友人に頼んで、シン先生が亡くなったことは分かったんだけど、その先が全く分からなくて・・・」
「・・・聞いていいか?その為だけに帰国したのか?なぜ宮に報告しないで帰国したんだ?」
「それは・・・」
「ちょっと待って。やっぱり、あんた達、先に授業に戻りな」
「「「えっ!?」」」
「あんた達は、関わるべきじゃない。間違いなく、あんた達の許容範囲を超える話しになる。黙って、言う事聞きな」
「・・・分かりました。イン、ギョン、行こう」
3人が部屋を出て行くと、ユルはジフに頭を下げた。
「ご配慮、ありがとうございます」
「気にしないで。俺たちの裏の顔も見せたくなかったしね。お互いさま。君が依頼したのって、国会議員のチョン議員だよね?」
「えっ!?何で、それを・・・」
「うん。昨日、チョン議員が王立学園大でシン先生の事を尋ねたから、息子に連絡があったんだ。で、少し調べさせてもらった。チョン議員が、孝烈殿下のご学友だった事が分かって警戒してた。君がここに編入してたことも知ってたしね」
「・・・そうでしたか。でも僕に帰国を促したのは、チョン議員じゃありません。チョン議員には、僕から接触してお願いしたんです」
「やっぱりね。あっ、来たみたい」
「え?」
ドアが開いた音がしたと思ったら、怒りの形相のチェウォンが飛び込んできた。
「ジフ~~!お前、叔父の仕事を勝手に取り上げるな~~!俺には、養わないといけない家族があるんだぞ!あれ?坊主、またサボってんの?で、こちらは誰?」
「クスクス、義誠君殿下だよ。先に話がしたいって言ってたから、機会作った。どうぞ」
「お前は、バカか?俺は、もっと自然にだなぁ。ああ~、もう・・・義誠君さま、お久しぶりで良いのかな?君が皇太孫の頃、シン殿下専属の講師になったアジョシです。覚えてる?」
「あ、はい。シンが楽しそうにしてて、羨ましかったことを覚えてます」
「だろうね。結構、嫌がらせしに来てたもんね。あの頃、どう話せば義誠君さまは分かってくれるんだろうって、親父よく頭悩ませてたよ。先帝陛下にも お前が悪いって怒ってたなぁ」
「えっ!?」
「ああ、親父と先帝、親友だったんだ。だからス殿下とヒョン殿下が幼少時から、親父が教育係。その流れで、君の教育係にもなったわけ。君が坊主と仲良くできてたら、俺の出番はなかったんだ」
「すいません」
「俺に謝ることはないよ。結構、貴重な体験できたしさぁ。それより帰国の目的は何?母君に帰国して、足固めをしろって言われた?」
「あっ・・・何でそのことを・・・」
「母君に言った方がいい。≪祖国の地を踏んだ瞬間、皇籍から抜かれ、罪に問われるぞ。だから一生帰国するな。もう己の欲の為に子どもを利用するな!≫って」
「!!!」
「坊主、ジフ、今から話すことは墓場まで持っていけ。いいな?」
「「ああ・うん」」
「君は、間違いなく孝烈殿下の子どもだ。そして間違いなくソ・ファヨン妃から生まれた。でも遺伝子的には、ファヨン妃の子どもじゃない」
「「「!!!」」」
「ファヨン妃は、独身時代、体型維持のためかなり節制した食生活をしてたみたいでね、排卵障害だった。婚姻して1年後から不妊治療をしてたができず、内密に排卵誘発剤を使って体外受精が何度も行われた。ミン妃が婚姻してすぐに懐妊してから、ファヨン妃の言動がおかしくなってきたと生前の孝烈殿下は言ってたな。でもやっと体外受精が成功し、君が生まれた。これで落ち着くだろうと思われたが、年々おかしくなり君にも影響が出だした。君のいない所で、お二人は君のことで口論していたそうだ。君が娘に怪我を負わせた時、≪もう疲れた≫と呟かれたのが忘れられない。その時に廃妃・離婚を初めて口にされた。その後、ふと思われたみたいでね。君は、本当に2人の子なんだろうかって。後日、俺、3人の毛髪を渡され、DNA鑑定の依頼されたんだ。その時ね、≪今晩、もう一度話しあう。でも平行線なら廃妃を申し渡す≫って聞いた。その翌日だったんだ。孝烈殿下の事故死」
「「「!!!」」」
「何の証拠もないし、心証だけで、いくら可愛がってもらってても先帝陛下に言う訳にはいかなかった。でもある切欠で、俺、キレちゃって・・・先帝陛下の前で、ファヨン妃に自分の知りうる限りの話を全部して怒鳴ったんだよね。で、君たちは、英国に飛ばされた。俺、もういないからいいかって、DNA鑑定の事放置してたんだよね。でも君の帰国を知って、鑑定結果を取りに行った。で、分かった事は、ファヨン妃は生みの親だが母子じゃない。そして、その事をファヨン妃は、妊娠当時からご存じだと言う事だ」
「・・・・・」
「何で、こんな酷な話をしたかと言うと、恵政宮さまが君を利用して、宮に君臨したいんじゃないかと考えているから・・・そうじゃないと、宮に無断で君を帰国させる訳がない。違う?」
「・・・・・」
「いいよ。俺に話す事じゃないし・・・ただどんなに画策しても恵政宮さまの企みは成功しないし、本人が窮地に陥るだけ。ああ、俺が言いたいのは、君が罪の意識を持つ必要はないってこと」
「親父、何でそう言い切る訳?ひょっとしたら、皇太子の座を狙ってるかもしれないじゃん」
「ないね。アイツがさ、誉めちぎるんだよ。すごい優しいトーンの絵を描くって、いつも穏やかに微笑んでて、一度もお前がするような氷の目を見たことがない。きっとイギリスで相当苦労したと思うよ。だってさ」
「えっ!?あの・・・」
「俺の娘ね、美術科で君と同じクラス。いつも仲良くしてくれてありがとね」
「え、え、じゃあ、チェギョンがあの子・・・?」
「うん。ちゃんと君のこと覚えてるし、俺に君の事を教えてくれたのもチェギョン。義誠宮さま、良い方に変わったねぇ。イギリスに行って良かったのかもねって笑ってたよ」
「僕、謝らなくちゃ・・・」
「別にいいんじゃない?本人、気にしてないし・・・今のままの優しいユルくんでいてくれたら、チェギョンは満足だからさ」
「プッ、親父、殿下の眉間に皺ができてるよ」
「へ?何で?」
「何でユルの事は覚えてて、俺の事は忘れてるわけ?それにユルと仲がいいって聞いてない」
「言ってないもん。それに聞かれもしてないし~♪」
「ああ、マジムカつく。頭を引っ叩きたい!!」
「クククッ、俺も殿下の意見に一票・・・」
「あのさぁ、チェギョンが≪遊ぼ≫って言ったら、≪無礼者!臣下の孫の分際で皇太孫に向かって、何と言う口のきき方だ≫って、いつの時代の皇子だよって言葉を吐かれて、突き飛ばされたんだよね。チェギョンがビックリして見上げたら、≪皇太孫と目を合わすとは何事だ≫って石を投げつけたらしい。そりゃ、忘れられないでしょ。それにアイツ、記憶力いいもん」
「本当にすいませんでした」
「子どもの喧嘩だよ。大人なら病院に放り込めって言うけどね。あとさぁ、坊主、チェギョンと遊ぶ時はニコニコしてたんだろ?まさか無愛想な坊主が、あのチン君とは思わないって。完全に中国人だと思ってたしさ。ご理解いただけた?」
「・・・・・」
「ホントお子ちゃまだな。坊主、お前、今日の放課後、ユル君を宮に連れて帰れ。パクおばさん、喜ぶぞ」
「あ、うん」
「その後、2人で俺んち来い。ユル君に渡したいものがある。俺、ユル君宛の孝烈殿下の手紙預かってんだ」
「えっ!?」
「夜、俺んちおいで。その時、渡すからさ」
「はい」
「ジフ、これで良いだろ?俺を復職させてくれ!!そうじゃないと、俺、お前のヒモになるぞ♪」
「それだけは止めて!今すぐ、手続きするから・・・できたら、あんただけ家から出てって」
「お前、少しは尊敬しろよ。お前の親父の親友だぞ!?」
「結婚直前の親父を風俗に連れて行こうとするような奴を尊敬できるか!!」
ユルが驚いていると、シンはユルの耳元で囁いた。
「あの人は、俺らの父上も風俗に連れて行こうとして、おじい様に金の無心をしたバカだ。普通じゃない」
ユルは、ここに来て初めて声をあげて笑った。