学校が終わり、シンはユルを公用車に乗せて、一緒に宮に戻ってきた。
「お帰りなさいませ、殿下。お客様でございますか?いらっしゃいませ」
「ただいま。クスクス、覚えてる?昔、おじい様の侍従だった人でコン内官だ」
「う~ん、侍従や女官はほとんど記憶ない。覚えてるの婆やぐらいなんだ。お久しぶりです。イ・ユルです」
「えっ!?義誠君さまでございますか?何と立派にお成りになって・・・」
「ブッ・・・立派にお成りにって・・・クスクス・・・・」
「へ?義誠君さま?」
「ああ、笑いのツボに入ったみたい。放っておいていいから。学校で会ったから、一緒に帰ってきた。アジョシが、皇太后さまが喜ぶぞって・・・皇太后さまに会えるよう手配してくれ」
「かしこまりました」
お腹を抱えて笑うユルに呆れながら、シンは着替え始めた。
「はぁ、笑いが治まったら緊張してきちゃった」
「実の祖母に会うだけだろ?何で緊張するんだよ」
「そう言われても12年会ってないんだよ。緊張するなって言う方が無理」
「クスッ、そう言えば、チェギョンは最初は緊張してたけど、すぐにいつもの調子に戻ったな。迎えに来たジフさんなんて、最初から緊張のきの字もなかったぞ。陛下に昔話と言いながら、下ネタまでして帰ったし・・・」
「グッ、あの人、本当におかしいよ。あり得ない」
「俺にしたら、チェギョンのお父さんの方があり得ないけどな。ジフさん、アジョシが育ての親みたいなもんだって言ってたし・・・」
シンは、陛下と大爆笑したジフがしてくれた話をユルに話して聞かせた。
「ブハッハハハ・・・4才だろ!?あり得ない!それよりシン・・・お前、チェギョンと結婚の約束でもしてるの?」
「ああ、その4歳の時にな。先帝が遺言残してくれてるんだわ。でも10年会ってなかったから、友達からやり直し・・・」
「そうなんだ・・・何か残念・・・」
「残念って・・・ユルお前・・・」
「うん、良い子だなぁって・・・でもまだ好きまでの感情じゃないから。シンが本気なら応援できるぐらいの感情。だから安心してよ。変な虫が付かないよう見張っておいてあげる」
「・・・本当だな?」
「クスクス、信用しなよ」
昔の確執が嘘のような雰囲気に 迎えに来たコン内官は、思わずウルッとしてしまった。
コン内官の案内で、ユルはシンと共に慈慶殿へと向かった。
部屋に通された途端、ユルは皇太后に大声で名前を呼ばれた。
「お久しぶりでございます。ユルでございます。突然の帰国、申し訳ありません」
頭を下げたまま口上を述べると、ユルは頭をあげた。
そして陛下、皇后まで勢ぞろいしていて固まってしまった。
皇太后は満面の笑みで迎えてくれたが、陛下と皇后は微妙な顔つきだった。
「よう戻ってまいられた。立派に成長してくれて嬉しく思うぞ」
「ありがとうございます、皇太后さま」
「お帰り、ユル。その元気だったか?」
「はい、陛下。クスッ、無断で帰国し申し訳ないと思っています。ですが、ご安心ください。僕には母のような野心はありません」
「ユル・・・そなたは、何を知っておる?」
「何も・・・ただ僕を帰国させた理由は分かっています。ですが、それは母の思惑であって、僕とは違います」
「そうか・・・では、なぜ帰国したのだ?」
「それは・・・」
「陛下、ユルはシン先生とチェギョンに会いたくて帰国したそうですよ」
「は?シン先生だと?」
「ええ。シン先生は、本当に心砕いて僕に色々話してくださっていたのに あの頃の僕は理解しようとしなかった。挙句の果てに友達にと連れて来てくださった孫娘に暴言を吐いて、怪我をさせてしまったのです。渡英して、東洋人というだけで理不尽に蔑まれ、色々ありました。そしてやっとシン先生の言葉が、僕にストン落ちてきました。そこから、僕は生まれ変わったような気がします。ですから機会があれば、帰国してシン先生にお会いしたかったんです」
「そうか・・・だが残念ながら、シン先生は・・・」
「陛下、今日、ユルはアジョシに会いました。それに夕方、シン家に招待されています」
「・・・太子、そなたも行くのか?」
「はい、そのつもりですが?」
「ククッ、コン内官から聞いた。昨夜は大爆笑の宴だったようだな。少し聞いただけだが、笑わせてもらった」
「は?あのコン内官があれを報告したのですか?信じられない・・・ホント変わった人たちばかりでしたね。ユン元大統領にもお会いしましたが、流石アジョシの舅って感じでした」
「昨日出会った者たちは、我々とは違う意味で、この国の将来を担う人材だ。この出会いを大事にしなさい」
「はい、陛下」
「ユル、当面の問題が片付いたら、そなたにも太子の手伝いをしてやってほしい」
「えっ!?でも・・・」
「支えるべき兄上が亡くなり、皇太子の職務にやっと慣れた頃、父上が亡くなった。太子が皇太子の職務を担ってくれるまで、一人で本当に大変だった。だからこそ思うのだ。2人で宮を守ってほしいとな」
「陛下・・・ありがとうございます。ですが、祖国から離れ過ぎていて分からないことばかりです。もう一度、この国のことを勉強したいのですが・・・」
「ヒョンよ、そう言う事ならウォンに任せてはどうかのぉ・・・少々変わっておるが、儒教学者の父親からしっかり学び、韓国史の教授でもあると、昔、あの人がゴリ押しでウォンをシンに付けたのじゃ」
「アジョシが講師をするなら、僕も一緒に講義受けたいです」
「クククッ・・・太子、ユル、今日、シン家を訪れるならお前たちから頼みなさい。私に異存はない」
「「はい!」」
「太子、ちょっといいか?」
「はい、陛下。ユル、少し用を済ませて戻ってくるから、それまで皇后さまと過ごしててくれ。それから、シン家に行こう」
「分かった。執務、頑張って」
ユルを残して、陛下と部屋を出たシンは、陛下の執務室に向かった。
「すまんな。キム内官では、探せなくてな。母上への手紙らしいのだ。だが、あまり読ませたくはない」
「内容を御存じなのですか?」
「ああ、大体の予想は付く。できる事なら、母上を悲しませたくはない。違うな、失望させたくないか・・・」
「陛下?」
「すまんが、今から明善堂に行って探してくれんか?見つかったら、母上でなく私に持ってきてほしい」
「分かりました。では・・・」
シンは、コン内官を伴って明善堂に向かった。
綺麗に整理されていた筈だろう内部は、所狭しと書物が積み上げられ、足の踏み場もなかった。
「ハァ・・・これだけ探して見つからなかったのですか?」
「申し訳ありません。ですが、本当にここなのでしょうか?」
「多分・・・アジョシの一番のお気に入りだったしね」
話しながらもシンは部屋中に視線を巡らせている。
(あの箪笥のようなカラクリが絶対にある筈だ・・・)
「あの、気になることが一つございます。孝烈殿下の事が書かれた日誌も一緒に探しておりますが、何処にもございません」
「えっ!?」
「憶測ですが、封筒と一緒に保管してあるのかもしれません」
「もしそうなら、できる事なら目に触れさせたくなかったのかも・・・あのさぁ、壁は探した?」
「へ?壁でございますか?」
「うん。多分、壁か床に細工がしてあると思う。あれ?この棚、見覚えがあるような・・・コン内官、何か知ってるか?」
「ああ、それでございますか。以前、殿下が皇太孫時代にお使いになられていたおもちゃ箱や整理棚でございます。要らないなら欲しいと言われたのですが、ここで使っていたのですね」
チェウォンが配置した棚や整理棚は、歪ながら階段状になっていた。
「えっ、殿下、そんな所に登られたら危険でございます。お止めください」
「アジョシは、子どもの僕が分かり尚且つ喜ぶような所に隠した筈。多分、登りきったところに何かある」
幅の狭い箱階段を上った先の壁や天井を調べると、天井の板が簡単に動いた。
「あった!!」
≪流石、アジョシの一番弟子!日誌は誰にも見せるな!!≫
(分かったよ、アジョシ・・・)