何か気配を感じ、シンは眠りから目を覚ました。
ベッドの足もとで、人間ではない何かが睨みあっているような気がした。
(ん?夢か?)
?「青、いつまでこうしているつもりだ?いい加減、腰を上げろ!」
青「・・・うるさい」
?「煩いって・・・このままじゃソンジョの愛した宮が崩壊するぞ。今こそ我らが動く時だ」
青「玄、お前が頑張っても無理なら、もう無理だろ。俺にはもうそんな力はない」
玄「青・・・あやつでは無理なのだ。我らの姿も見えぬし、声も届かぬ。儂はあやつの体を守るだけで精一杯だ」
青「なら、こいつも一緒。ずっと見てきたが、息子以上に愚かだ」
玄「まさか・・・こやつは、ソンジョが次の天と認めた子ぞ。お前がしっかりと導かないからじゃないのか?」
青「導こうにも心を閉ざし、目を曇らせてしまったら、どうにも出来ぬわ」
玄「・・・ハァ・・・朱は当てには出来ぬし、どうすればいいのだ?」
青「・・・白は?白は何て言っておるのだ?」
玄「『宮がどうなろうと知ったことではない。ソンジョの頼み通り、自分はあの子を守るだけだ』と言っておった」
青「クククッ・・・だろうな。たまに見かけるが、朱も加わって楽しそうにしておる。俺も仲間に入りたいぐらいだ」
玄「バカな事を言うな!お前は、こいつの守り神だろうが!!」
青「守り神であろうと、こいつに宮を守ろうという意思がないのなら仕方がなかろう。もう見限る時が来たのではないか?」
玄「青!見限ってどうするつもりだ?まさか天へ還るつもりか?」
青「まさか・・・白が守っている子の許へ行く。玄よ、お前もどうだ?」
玄「青!!」
青「あの子は、ソンジョが選んだだけあって綺麗な気に満ちている。それに引きかえこいつの周りは、気分が悪くなるほど嫌な気ばかりだ。まるでスの阿呆の時のようだ」
玄「・・・青よ・・・王族会議であの女の邪気を感じた。おそらく何人かが籠絡されておるのだろう」
青「あやつは、まだ権力に執着しておるのか・・・我ら四獣神の加護もなく宮に君臨できると思っておるとは、相変わらず愚かなことよ」
玄「青、そう思うなら、こやつを何とかして目覚めさせよ」
青「玄が煩いから、目覚めたようだ。先程から我らの話を聞いておるぞ。だが、初めて我らの声を聞いたから夢だと思っておるかもな」
玄「は?こやつは、我らの存在を知らぬのか?」
青「言っただろ?心を閉ざし、目を曇らせておると・・・まぁ宮の将来は、こいつ次第だ。まずは、我らの存在を受け入れられるかだな。その時は進言してやらんこともない」
玄「・・・ソンジョの孫シンよ。我は四獣神の1人玄武。この世は広い。お前の心次第でもっと果てしなく広がるぞ。目を心を開け。そして我らの声を聞くのだ。これ、青。そなたも何か言うてやれ」
青「ソンジョの孫よ、皇族ならもっと周りを見ろ。そして周りの声を聞け!クククッ・・・いかに己が愚かか分かるだろう。そして悔い改めなければ、俺はお前の守護神を降りる」
玄「青~龍~!!」
青「玄、俺はソンジョがいた時のように楽しく暮らしたいだけだ。白や朱のようにな」
シンは慌てて飛び起きたが、ベッドの足下には誰もおらず夜が明けていた。
(あれって・・・夢・・・だよな・・・)
シンはベッドから出て着替えると、出迎えたコン内官と正殿に向かった。
いつものように俯き加減で部屋に入り、いつものソファーに座り、皇太后や陛下たちに挨拶する為、顔をあげた。
挨拶をしようと口を開きかけた瞬間、陛下の膝に乗っているモノが自分を見ていることに気づいた。
「あっ!!!」
「太子、どうした?急に驚いた声を出して、何かあったのか?」
「えっ!?い、いえ、何でもありません。おはようございます」
(皆、気づいてないのか?それとも気づいてて、普通にしているのか?)
『クククッ・・・やっと目に入ったか。ソンジョの孫、我らの事は言わぬ方が良いぞ。我の声はお前にしか聞こえておらぬ故、気が触れたと思われるぞ』
(か、亀が喋った!!)
「太子、どうしたのじゃ?ボーっとしておるし、何やら顔色が悪いぞ」
「い、いいえ、大丈夫です。学校の課題の事を考えていただけで、ご心配には及びません」
「なら、良いのだが・・・課題を残しておるなら、早く戻って学校の準備をしなさい」
「はい、陛下。ではすいませんが、お先に失礼します」
部屋を出て、東宮殿に向かおうとした瞬間、突然頭に衝撃が走った。
「うっ・・・」
「殿下、どうなされましたか?」
「な、何でもない、コン内官。朝食前にやり残していた事をする。誰も部屋には入らないでくれ」
「・・・かしこまりました」
シンは一人で部屋に入ると、ベッドルームに駆け込み、頭の上に乗っている物体をベッドの上に下ろした。
「・・・昨夜のは夢じゃなかったのですね?」
「クククッ、ソンジョの孫よ、ようやく我らに気づいたようじゃの。すまぬが、遣いを頼まれてくれ」
「遣い?あなたは、玄武ですよね?」
「いかにも。儂が見えたなら、白や朱も見えるだろう。白が守護している人の子の許に青を連れていってくれ」
「は?それは・・・白虎が護っている子の所に 俺の守護神である青龍を連れていけと言っているんですか?」
「流石、ソンジョの孫。理解が早い。その人の子は、丁度、お前と同じ学校にいる」
「何で、俺が・・・」
「言ったであろう?このままでは宮は崩壊すると・・・お前が動かねば、青ではないが我らは宮を見限る」
「!!!」
「早いに越した方が良いぞ。お前の守護神の為にもな」
尻尾が蛇の亀・玄武は、言いたいことだけ話してフッと目の前から消えた。
「一体、何なんだ?俺の守護神の為って・・・」
『昨夜、聞いていたであろう?お前の周りには、悪い気が充満している。お前がその気に呑み込まれぬよう守っていたら、力尽きてきただけだ』
「えっ!?」
『俺らは、気を吸収して生きている。お前の周りの気を吸収すれば、悪鬼になりそうでな。ここ数年絶食中だ。だから声を出すだけで精一杯なんだ。俺を消滅させたくなければ、白が護っている人の子のところへ連れていけ』
「・・・分かった。で、そいつの名前を教えてくれ」
『知らぬ。ソンジョの友の孫だ。ソンジョが≪姫や~♪≫と呼んでいた』
「は?女だって~!?」
『学校に行けばすぐに分かる。あれだけ綺麗なオーラを発する人の子は、そういないからな』
「オーラって・・・見える訳ないだろうが・・・」
『だから愚か者だというんだ。もっと周りをしっかり見ろ!そして周りの声を聞くんだ』
「・・・・・」
『一つ皇太子のお前に聞こう。お前にとって、国民とは何だ?』
「慈しむべき存在だ」
『・・・慈しむべき存在ねぇ・・・お前の友人以外の生徒も慈しむべき存在だと思っておるか?』
「当たり前だ」
『そうか・・・おい、今の言葉、忘れるなよ。遅刻するぞ。早く飯を食え』
シンは慌てて朝食を摂ると、登校するため公用車に乗り込んだ。
後部座席で2獣神の言葉を考えていたら、シンの耳元で笑い声が聞こえた。
『クククッ、やはり姫は良い。おい孫、歩道を見てみろ。声は出すなよ』
「!!!」
シンが外に目を向けると、自転車に乗っている女生徒がいて、その肩には赤い鳥、そして自転車の前籠には白い子犬が乗っていた。
『クククッ・・・流石、大らかだったチェヨンの孫じゃな。あれならお前でも、難なく見つけられるだろうよ』
(あんな子が、本当にお爺さまが大事にしていた子なのか?あんな奇抜な子にどうやって声を掛けるんだよ!?)
『この愚か者めが!外見に惑わされおって。何度も言っておるじゃろう。周りをよく見ろとな』
青龍に窘められ、振り返って女生徒を見たシンは、思わず声を出しそうになった。
その女生徒は、明るい光に包まれキラキラしていたのだ。
『分かったか?幼子の時から温かな気じゃったが、今も健在とはな。孫よ、温かなオーラには自然と人が集まる。ソンジョがそうだった。いつも国民に囲まれ笑っておった。お前はどうだ?』
「・・・・・」
『クククッ・・・学校内でも周りを良く見、国民の声に耳を澄ませてみろ。アハハハ、楽しみじゃな』
シンは、学校に着くのが怖くなった。
玄関前で車を降りたシンは、そのまま立ち止り校舎を見渡した。
「えっ!?何で?」
いつもみすぼらしいと思っていた旧校舎が色鮮やかに見えるのに対して、最新のセキュリティーが入ったシン達映像科が入る新校舎はどんよりとくすんで見えたのだ。
『クククッ・・・中に入ればもっと分かるぞ。空気の悪さがな・・・』