ユ・ジンモは、シンとファンを洋館の中に招き入れた。
館内に入った瞬間、白いモノがフワフワ浮いているのが見え、シンとファンは固まってしまった。
「ここで、靴脱いでね。玄関を入って左が食堂、風呂トイレは共同だけど3食付きで月50万₩(約5万円)」
「えっ!?いくら郊外でも3食付きで50万₩は安すぎませんか?」
「職業柄、頂き物が多い家だから大丈夫みたいだよ。それに俺たちも美味い酒や旬の食材を見つけたら、買って帰ってくるしね。一応、チェギョンが高校に入学する時、自主的に家賃を上げたんだ。それまで30万₩だったから」
「「えっ!?」」
「普段着なら出しておけば洗濯しておいてくれるし、酒は飲み放題だし、こんな贅沢な所はないよ♪」
「贅沢・・・ですか・・・」
ファンには、人里離れた古びた洋館と贅沢が結び付かなかった。
「いくらね、高価な物に囲まれていても心が満たされてなかったら、それは贅沢じゃない。美味しい飯を食い、人であろうとなかろうと気の置けない仲間と酒を飲み、バカ話をして楽しい時間を過ごす。これが、俺にとっての贅沢。まぁ価値観は人それぞれだしね。ただいま~♪」
「「「「おかえり~~~♪」」」」
「これ、これだよ!俺は一人じゃないって思えるんだよね。人じゃない奴の声の方が多いけどさ」
「分かる。分かるんだけど、僕は女の子が好きだ。好きな子とデートもしたいし、いつかHもしたい」
シンは、ジンモの言葉が自分の中にストンと落ちた。が、ファンの呟きにも納得する部分があり、なぜか笑えた。
玄関で立ち話をしていたら、食堂に続くドアが開き、チェギョンが出てきた。
「ジンモさん、おかえりなさい。あれ?何で?」
「青龍が心配で、伯父上に頼んで連れてきてもらったんだ」
「伯父上?」
「チェギョン、俺のこと。皇后の兄貴なんだ。俺は、陛下と皇后の愛のキューピットなんだぜ」
「え~~!!」
「それ、違います。伯父上と話す皇后さまを朱雀が見染め、先帝に薦めたそうです。さっき玄武が言ってました」
「やっぱりね。おかしいと思った」
「・・・カメゾ~め、今度会ったら容赦しねぇ」
「あれ?そう言えば、どこに行ったんだ?実は、一緒に来てるんです」
「そうなの?じゃハラボジと所でしょ。ジンモさん、新しい人が2人入居したの。7時から歓迎会だから、それまでにお風呂済ませたら?それ言いに来たのよ」
「おっ、じゃ、そうさせてもらう。殿下たちも一緒にお風呂どうです?ここの風呂は、最高ですよ」
「でも挨拶が・・・」
「そんな細かいことを気にするような人じゃないって。カメゾーやヨンが来てるなら、もう酒盛りが始まってるさ。挨拶は後でいいって。チェギョン、彼らの着替え、適当に借りるぞ」
「うん。こちらの彼はチェジュンでいけるけど、殿下は三尾さんかスンギさんぐらいかな?」
「じゃ、行こうか」
ジンモが地下へと続く階段を下りていくので、シンとファンは後をついて行くしかなかった。
「うわぁ・・・何だ、ここは?洞窟風呂の向こうに滝が流れてるって・・・」
「大家さんが作ったんだよね。色々な次元に繋がってるみたい。冬は風呂に入りながら雪見酒が最高なんだ」
「あれ?この景色、どこかで見たような・・・どこだっただろ?」
「クククッ・・・ファン君は覚えてるんだ。コンクールで最優秀賞を獲った絵」
「あ~~、そうだ。この景色だ」
「『独特な世界観を表現』だっけ?審査員の評価。皆で大笑いしたよ。ほら、あそこで仙人みたいな爺が酔っ払って寝てるだろ?チェギョンは、そのままスケッチしただけなんだ」
シンとファンが呆気に取られていると、ザブンと背後から誰かが湯船につかる音がした。
「疲れた~!・・・あれ?アジョシ、今日は早いね。アジョシのお客さん?」
「おお、俺の甥とその友人。チェジュン、何か疲れることしたのか?」
「今日から新しい人が入ったの聞いた?」
「ああ、さっきな」
「一日中、こっちはキツイだろうって、俺の部屋がこっちに移動になった。で、荷物の移動をしてたわけ」
「そりゃご苦労だったな。どうせ寝に戻るだけだったんだ。別に良いんじゃね?」
「まぁな・・・ただ修行が厳しくなりそうで、ちょっと怖い」
「はは・・・頑張れよ。紹介しよう。チェギョンの弟のチェジュン。チェジュン、ヨンの主」
「は?じゃあ、皇太子殿下ってことじゃん。どうも、シン・チェジュンです」
「イ・シンだ」
「僕は、リュ・ファン。シンのクラスメートなんだ」
「へぇ、面白い2人だね。殿下は分かるけど、ヨンは彼の事も護ってたのかもね。まっさらじゃん」
「チェジュン、分かるように話せって」
「そのまんまだよ。高校生にもなって無垢って珍しいじゃん。思春期って進路で悩んだり、悶々としてるもんなんだろ?アジョシ、言ってたじゃん」
「確かに・・・病院の跡取り息子の癖に血を見るのが大嫌いの俺は、ドロッドロだったな。そのくせ薄着の女性を見て鼻血出て、その血見てぶっ倒れたり・・・滅茶苦茶だった」
「「「プププ・・・あははは・・・」」」
「笑うなって、これが健康的な高校生ってもんだっつうの!そういうチェジュンは、どうなんだ?」
「俺?進路に迷いはないし、ずっと雫見て育ってきたんだぜ。その辺の女じゃ興奮しねぇよ」
「そこを悩めよ、そこを!10代半ばでEDなんて悲し過ぎるだろ!でもよく考えたら、俺もアイツに出会ってから性欲がめっきり減った。もしかして俺が独身なのはアイツの所為か!?」
「あの・・・雫さんというのは?」
「見かけは20代前半だけど、ハラボジより長生きしてるナイスボディの人外。平気で男風呂に入ってくるし、年中半裸でウロウロして抱きついてくる困ったヤツ。いくらモデル級の美人でも中身はおっさん」
「クククッ、お前達も気をつけないと、雫で勃起したら死ぬまでバカにされるぞ」
「「げっ・・・」」
「あのさぁ・・・ヨンの主ってことは、ヨンの存在を自覚したってこと?」
「ああ、今朝だけど自覚した」
「・・・さっきヨンに会ったけど、相当衰弱してたよ。あれじゃ可哀想だ。殿下、もっと力つけてやりなよ」
「えっ!?」
「昔、ヨンはヌナを背中に乗せて、空を飛んでたんだ。それが今はただ存在してるだけ。殿下自身が力をつけたら、ヨンもここに来なくても元気になれる。一石二鳥だと思うけどな」
「・・・・・」
「そうだな。タイゾーとピー助は体長を自由自在に変えて、飛んでるよな。ピー助なんて火吹くし・・・」
「そういうこと。俺もまだまだ半人前で、人の事は言えないけどね」
「そうなの?チェギョンもか?」
「ヌナは、素質は十分だけど真剣に修行してないからね。本気になれば、ハラボジ以上って言われてるよ」
シンは、その祖父の実力が分からない為、何も言えなかったが、ファンは素直に思った事が口から出てしまった。
「え~、でも何だか勿体ない話だよね」
「ハラボジもアッパもこの力を使って生計を立ててる。俺もそうするつもり・・・でもヌナはお金は貰いたくないってさ。ハラボジは九尾、ソンには4匹の式神がいる。分かりやすく言うと、妖のビジネスパートナーで守護者。ヌナはタイゾーとピー助だろ?神様と金儲けできないってさ。逆上せそうだ、そろそろ上がらない?」
4人は風呂を上がると、チェジュンは自分の棚から着替えを一組ファンに渡し、シンには『三尾』と書かれた棚から出した服を渡した。
「三尾さんってどんな人なんだ?お礼を言いたいから、後で教えてくれないか?」
「そのままだよ。三叉の狐。狐は妖力があれば変化(へんげ)できる。人間に変身して安定できたら、2本に増えるんだって。そうやって能力や技を磨くことによって、尾っぽが増えるらしいんだ。ハラボジと九尾狐(クミホ)が、運転免許と弁護士資格が取れたら尾っぽを増やしてやるって言ったから頑張ったみたいだよ」
「クククッ、殿下は長い付き合いになるぞ。宮の顧問弁護士だからな」
「「へ!?」」
「個人事務所を構えてるし、同じビル内にいる親父やマンソクアジョシのヘルプもしてるよ」
「マンソクアジョシ?チェジュン、お父さんは何の職業なんだ?」
「ヒーリングの店の経営」
「ヒーリング?」
「力を使って癒したり、治療してる。午前中は年寄り中心で、夕方からは仕事帰りの女性が多いみたい。ストレス社会だからね。でも親父でも無理だったのが、育児ストレスの母親。だから1~2時間預かるから、リフレッシュして、また子育て頑張ってくださいって、子どもの一時預りスペースを作ったんだってさ」
「そっちの方も好評らしいじゃないか?愛の結晶がストレスって・・・殿下、ファン君、世も末だと思わねぇか?」
突然、話を振られたシンは、言葉に詰まってしまった。
「僕は・・・両親と一緒に暮らしたことがないので何とも・・・」
「「「・・・・・」」」
『おい孫、スの阿呆が病に倒れるまでは、一緒に暮らしておったぞ。お前が覚えておらぬだけだ。ミンは泣きながら、お前を女官に預けておった。お前に寂しい想いをさせている事は分かっていたが、ソンジョとパクを支え助けないと宮が崩壊する。苦渋の決断だったんだ。もう大人になってお前が理解してやれ、孫』
「うわっ、げ、玄武?何かデカくなってないか?」
『ここは、心地よい気が流れておるからな。それより遅いから迎えに来たのだ。皆、待ち構えておるぞ。早く来い!』
「うわぁ、亀さんだ。懐かしいなぁ・・・」
『おお、お前は姫の弟か?お前もいい気を放つようになったのぉ・・・やはり、ここは我らの楽園じゃな』
玄武はチェジュンの胸に抱きつき、何気に気持ち良さそうに見えた。
シンとファンは、チェジュンとジンモの後ろから階段を上がりながら、これから始まる宴会に期待と不安を膨らませるのだった。