風呂から上がると、シン達は広間へと案内された。
適当に座っていると、膳を持ったアジュマ達が入ってきてシン達の前に置いた。
膳を置いたアジュマ達は、一人だけその場に残して部屋から出て行った。
「・・・アジュマ、試膳は?」
「皆さまが驚かれるかと思い、別室で皆さまの分もすべて済ませてまいりました」
「ありがとう」
「あの姫さまがご帰宅されたことを知り、皆、やって来ております。一言、お声を掛けていただけませんでしょうか?」
「分かりました。では夕食後に・・・皆さんを大広間にお通ししてください。アジュマ、後でこちらにいらっしゃるおじ様を書庫に案内してさしあげてください。それから、オジジを呼んでください」
「かしこまりました」
アジュマが出ていくと、チェギョンは3人に対してニッコリと笑った。
「おまたせ。さぁ、食べよう♪シン君、全部毒見済みだから安心して食べていいよ」
「えっ!?」
「本当は目の前で食べてもらうんだけど、ヒスンやおじ様が吃驚するんじゃないかと気を遣ってくれたみたい。大丈夫だよ、ここの人たちは信頼できる。それにここの食材は、無農薬で宮と同じ食材を使ってるから、それも安心材料でしょ?」
「あ、うん・・・」
「じゃ、食べようか。いただきます」
出された膳は、質素ながらも絶品でシン達の胃袋を満足させるものだった。
食後のお茶を飲んでいると、障子が開き人の良さそうな老人が入ってきた。
「チェギョンや、儂に用とは何じゃ?」
「オジジ、アジョシから連絡は?」
「うむ、聞いておる。彼女がそうかの?」
「うん。ヒスンの心を聞いてあげて。まだ私では無理だから・・・ヒスン、オジジはここの主(ぬし)みたいな人で、みんなの相談役なの。きっとヒスンの心を助けてくれる。話してみて。じゃ、私は用があるから」
チェギョンが部屋を出ていくと、老人はヒスンの手を握った。
「儂は何もできん。ただ話を聞くだけじゃ。だが、人に話すだけで楽になることもある。良かったら、儂に話してみんか?」
ヒスンはそう話しかけられ、ボロボロと泣きながら思っていることを老人に話していった。
「・・・人間には、『恨』の感情がある。お前さんが犯人たちを恨む気持ちは当然じゃと儂は思う。だが、『恨』という感情は厄介でな。生きる力になることがあれば、自分を見失いケダモノになってしまう事もある。意味が分かるかえ?」
「・・・何となく」
「『恨』はな、大きくなりすぎると復讐という形に変わり暴れ出すんじゃ。復讐しても誰も喜ばん。新たな不幸を呼び寄せ虚しいだけじゃ。嬢ちゃん、『恨』の感情と上手く付き合っていきなされ」
「上手く付き合う・・・ですか?」
「そうじゃ。『恨』はあって当たり前の感情じゃ。普通、誰もが持っておる。妬みや嫉妬もその一つじゃな。犯人の所為で不幸になったと恨むのは誰でもできる。じゃが、『恨』をバネにして幸せになる方が、亡くなったご両親は喜ばれると思うぞ」
「・・・そうですね。お爺さんとお話して良かったです。ありがとうございました」
「素直でいい嬢ちゃんじゃ・・・ところで、うちの姫と同室を希望したのは、そちらの坊ちゃんかの?」
「えっ・・・あっ、はい、僕です」
「どういう理由かお伺いしてもよろしいかな?」
「理由って、ただ一緒に寝たかったからですが?昨日、僕も数年ぶりに熟睡できて嬉しかったので・・・」
「坊ちゃん、ハギュンから話は聞いとります。あやつの意向も・・・坊ちゃんがここにおるのは宮からの指示と受け取っていいのかの?」
「いえ、宮は関係ありません。僕の意志です」
「ほぉ、坊ちゃんの・・・」
「はい。一昨日までの僕は、目も耳も口もそれこそ心もすべて閉ざしてきました。ですがチェギョンのお蔭で、これではいけない事に気づきました。だからチェギョンと行動を共にしたい。行動を共にすれば、自分の目指すものが見えてくるんじゃないかと・・・」
「・・・良い目をしておる。チェヨンが悩んだ訳がやっと分かりましたわい」
「えっ!?」
「シン宗家を守るため、当主・次期当主には色々制約がある。じゃが、姫の父親は時代錯誤じゃとそれを破りおった。一族は心配しながらも見守ったが、やはり最悪の結果をもたらし、姫の心に深い傷を残してしもうた」
「「「・・・・・」」」
「・・・坊ちゃん、ここの姫には『恨』がない。他人のことには必死になる癖に自分はどれだけ傷つけられようが有りのままを受け入れる。痛々しいほどにな。さっき嬢ちゃんに『恨』は時には生きる力になると言ったが、姫には『生』に対する執着がないんじゃよ」
「「「!!!」」」
「ハギュンと一族は、当分儂が抑えましょう。坊ちゃん、うちの姫と行動を共にしてみなされ。じゃがシン宗家の当主はかなり多忙じゃ。無理はせんようにしなされ。姫を頼みます」
「はい。ありがとうございます」
シンが頭を下げると、老人はジテに向かってニッコリと笑った。
「姫から書庫に案内するようにと聞いております。ご案内いたしましょう」
「はい、ありがとうございます」
「誰かおらぬか?」
老人が廊下に向かって声を掛けると、障子が開きアジュマが現れた。
「坊ちゃんと嬢ちゃんを姫の部屋まで案内してやっておくれ」
「はい、ご隠居様」
ジテはシン達と別れて、老人と共に書庫へと向かう事になった。
「あなたと殿下のご関係を聞いてよろしいかな?」
「はい。母方の伯父にあたります」
「ほぅ、皇后さまの兄上でしたか。では、宮家の皆様に伝言をお願いします。殿下の為にも姫との縁は諦めたほうが良い」
「えっ!?それは、どういう・・・」
「2人が行動を共にすれば、恋仲になるやもしれん。それを阻止していただきたい」
「・・・なぜですか?」
「シン宗家当主には、代々ある能力が備わっておる。その能力は最初は良いが、一緒に暮らすとなると徐々に重荷になってくる。だから代々一族が吟味して結婚相手を決めておる。それでも多くが数年で気が触れ、離縁せざるしかないのが現状じゃ。姫には秘密は持てぬ。姫も負の感情を感じ取れば、疑心暗鬼になる。お互い傷つき、不幸になるだけじゃ。お分かりいただけましたかな?」
「・・・はい」
「では、伝言宜しく。ここが、書庫です。廊下に一人残しておきます。部屋にお戻りの際は、その者に声を掛けてください。では・・・」
ジテは、老人が去っていくのを黙って見送るのだった。