2台の車に分乗して、シン達一行は景福宮の正門前に着いた。
キム内官に出迎えられた一行は、皇后を除く皇族や最長老たちが集まっている正殿居間へと入っていった。
そして開口一番、チェギョンが口を開いた。
「ソウルを離れていたため、参内するのが遅くなりました。申し訳ありません。ユン・ソギョンお爺様から、話を聞いております。陛下、私は何をすればいいのでしょうか?」
「チェギョン嬢、君の持つ力を持って宮の再生に手を貸してほしい」
「・・・陛下、はじめまして。ジョンド(正道)法律事務所のシン・ドンヒョクと申します。ハギュンと共にチェギョンに仕えています。今、宮の再生と仰いましたが、正直、相当なご覚悟がないと無理だと思います。大丈夫ですか?」
「無論だ。私の代で幕を下ろすわけにはいかぬからな」
「では、最長老殿。今回の事全て王族会に泥をかぶっていただきます。まぁ、王族の不祥事ですから当然と言えば当然ですが・・・直ちに残った王族たちを招集し、今後の王族会の在り方をご検討ください。僭越ながら、私がアドバイザーとして就かせていただきます」
「・・・分かった。今すぐ招集しよう」
「最長老殿、言っておきますが、生温い決議は王族だけでなく、宮の首を絞めることをお忘れなく。こちらに我々が調べた王族たちの実態が記してある報告書がございます。その中に丸印が入っているものは、訴訟対象だと思ってください」
手渡された報告書に目を通しだした最長老は、みるみる顔が蒼白になってきた。
「クス、驚かれましたか?早急に検討し、一刻も早く王族会からコメントを出しましょう」
「・・・ユ・ジテくん、すまんが、手分けして残った王族たちに連絡を入れてほしい」
「分かりました。若手の王族たちは私から連絡しましょう」
最長老とユ・ジテ、シン・ドンヒョクが退出していくと、続いてシン・ハギュンが口を開いた。
「私は、宮内の内部調査と宮職員の意識改革を担当します。まず我々が信頼する計理士・会計士に徹底的に内部調査をさせます。あと陛下には、王族の依頼中心の視察や慰問ではなく、謝罪の意味を込めて全国を回っていただきます。コン侍従長、広報部と綿密にスケジュールを立ててください。それから、情報部が全く機能していないように思います。優秀な若手を3名ほど、うちの方で研修させます。その選出もお願いします」
「早急に選出し、打ち合わせをしよう」
「ああ、私は明日の早朝の便でイギリスに立ちますので、帰国するまでにスケジュールは立てていただければ結構です」
「シン元内官、それはソ・ファヨンの件か?」
「はい、陛下。ついでにヘミョン公主さまも帰国するよう説得してきます」
「ヘミョンをか!?」
「はぁ・・・陛下、国民あっての宮だという事を忘れてはいませんか?この非常事態に税金で留学しているなんて、国民感情を逆なでするようなものです。早急に帰国させるべきです」
「わ、分かった。よろしく頼む」
「キム内官、俺の仕事は、基本的には侍従の仕事と変わりない。明日からうちのチェギョンに付いて勉強し直せ」
「は、はい!」
「え~~!アジョシ、一人で大丈夫だって・・・絶対にサボらないって誓うから・・・」
「チェギョン、悪いがこいつの研修だと思って我慢してくれ。キム内官、見ての通り、チェギョンは人見知りが激しい。そんなチェギョンの信頼を得られたら、どこでも通用するだろう。チェギョン、ソウルに戻ってきたからスケジュールを組み直した。木曜の午後に里に戻るよう手配している。それまでコイツを扱いてくれ」
「・・・姫さま、よろしくお願いします」
「はぁ、こちらこそよろしくお願いします。で、アジョシ、私は何をすればいいの?」
「お前の得意分野だ。皇后さまや最高尚宮さまの補佐と職員たちが働きやすい環境を整えろ。金の心配はするな。お前の好きなようにすればいい」
「分かった。。。じゃ早速、キムオッパ、宮に来るとき面倒なので顔パスになるよう手配してちょうだい。それから、皇后さまの体調を管理している薬師を呼んで」
「えっ、薬師というのは・・・?」
「へ?!えっと・・・昔でいうと、内医院の医女?宮で皇族の方々の体調を管理している医師の事。ハギュンアジョシ、宮には薬師はいないの?」
「・・・俺が知る限りでは、いなかったな。皇族は、王立の医師が参内するか病院に行く。薬湯に関しては、決まった薬湯しかなく、各殿が管理していて女官が出していた。誰が煎じているかは分からない」
「マジですか・・・ヘジャお婆ちゃん、誰が煎じているの?」
「尚宮や侍従の指示に従って、女官や下女が煎じているのですが煎じ方を知らない子が多くて、最近では薬湯をお出しする事が減ったわ」
「・・・はぁ、ここからですか・・・ハギュンアジョシ、ソオンオンニが里帰りしてて、昨日少し話した。オンニなら皇后さまを任せられる。里に連絡して、至急来てもらって。ヘリの手配もよろしく」
「チェギョン・・・彼女は、お前の為に・・・はぁ、分かった。すぐ連絡する」
「あとは・・・ウビンオッパ、私に携帯を用意してくれる?」
「了解!正直、お前と連絡取るの面倒だったんだよ。すぐに用意する」
「ウビン君、とりあえず2台用意してくれ。チェギョンの人脈は、半端ないからな」
「分かってる。じゃ、俺は先に戻る。チェギョン、今日はドンヒョクさんとハギュンさんの車で戻ってくれ。陛下、並びに皇太后さま、お先に失礼させていただきます」
「は~い♪」
ウビンは陛下たちに一礼すると、正殿を出て行った。
「キムオッパ、これ、自然薯と生みたての玉子。それから沢に自生してたクレソン。皇后さまに食べてもらおうと、シン君と朝から山に入って採ってきたの。厨房に案内してほしい」
「かしこまりました。こちらです」
「シン君、行くわよ」
「えっ、俺も?」
「当然!パクお婆ちゃま、シン家特製のとろろご飯作るから食べてね」
「チェギョン、ありがとう。じゃが、あまり無理をせんようにな」
「は~い♪」
シンとチェギョンがキム内官と出ていくと、居間に残ったのは陛下と皇太后、そしてコン内官とハギュンだけになった。
「ハギュン殿、シンとチェギョンは、昨日どこに行っておったのじゃ?」
「・・・シン宗家の本邸、扶余の里です。山に囲まれた里は、周辺の山ごとシン家所有地ですので地図には載っていません。今週末、里で祭祀がありますので、チェギョンが本格的に動くのは来週からとお考えください」
「・・・シン元内官、同行してきた弁護士なんだが・・・ジョンド弁護士事務所というのは、某カルト集団を告発した・・・」
「流石、コン侍従長ですね。ジョンド法律事務所は、庶民のよろず相談所から大企業の顧問弁護まで幅広く活動しています。因みにドンヒョクヒョンはM&Aの資格も持っていて、企業の買収とかもしますよ」
「チェギョンさまに仕えていると言っておったが、ジョンド法律事務所はシン家お抱えの法律事務所なのか?」
「一応、ドンヒョクヒョンも本家筋の人間ですので。。。大体、ジョンド法律事務所は、義父である先代がドンヒョクヒョンの為に設立したんです。正しい道を行くようにと先代が命名しました」
施設経営や法律事務所、シン家の規模の大きさに陛下たちは、口を開くことができなかった。
「・・・数年前から下町に設けたよろず相談所に持ちかけられる相談の大半は、王族のことでした。それでかなり早い段階から、我々は王族たちを調べることができたわけです。それよりコン侍従長、我々の事より宮の方に関心を持っていただきたいものですね。我々は、決して宮を裏切るような真似はしませんのでご安心ください」
「すまない」
「それから事後報告になりますが、明日、ミン・ソオンという女性が宮を訪ねてきます。チェギョンの言うように皇后さま付きのホームドクターとして宮に置いてやってください。身元と腕は私が保証します。彼女の家は、代々里で薬師をしていて、あなた方の先人が追手をかけた大長今(テジャングム)さまの末裔と言われています」
「「「!!!」」」
「ですから、安心して皇后さまにお付け下さい。大事なお体なのですから・・・」
「ハギュン殿、感謝します」
「母上?」
「・・・皇太后さま、いい加減、陛下にお話されてはいかがですか?と言うより、自分の妻の体調の変化にも気づかない事に驚きを通り越して、呆れてしまいそうです」
「えっ!?」
「陛下、申し訳ないが、時間が勿体ない。先に話をさせてください。ミン・ソオンを宮に派遣すると、チェギョンの体調を管理する者がいなくなります。これはここだけの話でお願いしたいのですが、チェギョンは病気一つすることも許されない。風邪を引いただけでも全身精密検査を受けなければならないからです。」
「「「!!!」」」
「だから、日頃の体調管理が必要なわけです。そこでソオンを派遣している間、チェギョンをこちらで預かっていただきたい。その代り、その間、殿下の教育を請け負いましょう。殿下が付いてこれればの話ですが・・・」
「それは構わんが・・・チェギョン嬢の学力は、そんなに高いのか?」
「・・・愚問です。陛下、我々は宮が落ち着くまで介入しますが、落ち着けば即撤退します。長くても8月末までには撤退する予定です。それ以後は、宮と距離を置きます。それが、お互いの為です。では、明日早いので、私もこれで失礼いたします。後で家の者にチェギョンの着替えを持ってこさせますので、侍従長、話を通しておいてください。では・・・」
ハギュンが出ていくと、陛下はソファーの背もたれに体を預け、脱力してしまった。
(歴史の差なのか、チェギョン嬢の重責は半端ないのかもしれない。彼女がここにいる間に少しでも宮を改革しなければ・・・)