チェギョンが景福宮の玄関でソオンを待っていると、門前に軽ワゴンが停まり、ソオンが降り立った。
ソオンの姿を見たチェギョンは、ソオンの許まで駆け寄った。
門前の警備をしている翊衛士は、怪訝な表情で二人を見ている。
「オンニ、折角里に戻ったのに急に呼び出してゴメンね」
「チェギョン姫のいる所が私の仕事場だから、気にしないで。ハギュンさまから大体の話は聞いたわ。里の薬草、ごっそり持ってきたから、週末里に戻った時、私の代わりに怒られてね」
「げっ・・・オンニ~~」
「ふふふ・・・それより車、どこに停めれば良いのかしら?」
「う~ん、分かんない」
チェギョンは、傍に立っていた翊衛士に向かってニッコリと笑うとコン内官かキム内官を呼び出してくれるよう頼んだ。
翊衛士は訝しがりながらもチェギョンが宮の中から出てきたので、内線で侍従の控室を呼び出し、キム内官に連絡を入れることにした。
しばらくするとキム内官が玄関前まで走ってきて、翊衛士は驚いてしまった。
「ひ、姫さま・・・はぁ、はぁ・・・今度は何でしょうか?」
「うん、オンニがね、この車をどこに停めれば良いかって・・・どうすればいい?」
「はじめまして、扶余の里で代々シン宗家の侍医をしていますミン家のミン・ソオンです。姫さまの命により宮に参りました。どちらに車を停めればいいでしょうか?」
「あっ、はい。僕は利川の『希望の家』出身のキム・ヨンハと言います。シン先輩の代わりに姫さまに付いています。車・・・このワゴン車ですね。とりあえず中に入れてください。移動が必要な時は、僕が移動します」
「分かりました。あと大量に薬草を持ってきました。どちらで保管すれば良いのか、確認しておいてください」
「かしこまりました」
「さぁ、姫、行くわよ。乗ってちょうだい」
「うん♪キムオッパ、これからパクお婆ちゃまの許に行った後、皇后さまに会いに行くから、用があったらそちらまでお願いね」
「はい!」
宮に似つかわしくない軽ワゴンが景福宮の門前を潜ると、キム内官はハァっと大きな溜め息を吐いた。
「キム内官さま、大丈夫ですか?あのお嬢さまは一体・・・」
「あ、ああ、大丈夫。あのお嬢さまは皇太后さま縁の方で、しばらく宮に滞在される。お嬢さまを訪ねて、これからいろいろな方が来られると思う。その際は、僕かコン侍従長さまに一報してほしい。翊衛士の皆に伝達頼みます」
「はっ!」
翊衛士が敬礼すると、キム内官は再びチェギョンの用を済ませるために侍従部屋へと引き返すのだった。
皇太后に謁見する為、慈恵殿に行くと、部屋にはシンが来ていた。
「あれ?シン君がいる。学校は?」
「休んだ。チェギョンが行けないのに俺だけ登校するわけにはいかないだろ?」
「私?どうせ不登校に近いんだから、私の事は気にしなくていいよ。パクお婆ちゃま、紹介するね。実家がある村で代々医者をしてくれている家のオンニ。しばらく宮に勤務してもらっていい?」
「皇太后さま、ミン・ソオンと申します。専門は、内科と漢方医で、一応助産師の資格も持っています。家は代々シン宗家に仕え、当主の健康管理をしています。今回、チェギョンさまがこちらに滞在するにあたって、チェギョンさまに同行するようハギュンさまに言われ参りました。その代り、皇太后さまをはじめ、皆さま方の健康管理もさせていただきます。どうぞよろしくお願いします」
「最高尚宮、昔使っていた内医院は、どうなっておる?」
「はい、建物はそのまま残っておりますが、随分と使っておりませんので埃だらけかと・・・」
「じゃあ、シン君、東宮殿のオンニ達、お借りしてもいい?オンニ達と掃除してくる」
「それは構わないけど・・・お前がするのか?」
「午後まで暇だしね。オンニ、じゃ打ち合わせ通りお願いね」
「分かったわ」
チェギョンが東宮殿に戻っていくと、皇太后はソオンに話しはじめた。
「ミン医師、本当にチェギョンの為ですか?」
「・・・皇太后さま、チェギョンさまの健康管理の話は本当です。私とユン・ソギョン医師が主治医で、どちらかがチェギョンさまの傍に詰めることになっています。ですが、チェギョンさまからは皇后さまを頼むと言われました」
「えっ!?」
「やはりのぉ・・・」
シンだけが、会話の内容が分からず、皇太后とミン医師の顔を交互に見た。
「それから、最高尚宮さまの足のことも聞いています。午後、スアム総合病院の外科に予約を入れました。私と一緒に行っていただきます」
「わたくしの事は・・・」
「いいえ、最高尚宮さまは女官の要。今、リタイアされては困るとチェギョンさまは仰せでした。一度、外科的治療を受けていただき楽になれば、後は私が針と灸で対応できると思います。それから皇后さまが受診された病院はどちらでしょうか?おそらく王立ではないでしょう。調べていただけませんか?」
「ハン尚宮が知っている筈。最高尚宮、ハン尚宮に聞いておくれ」
「かしこまりました」
「皇太后さま、お伺いしたいことがあります。皇后さまは、どこかお悪いのですか?」
シンが皇太后に訊ねると、ソオンは不思議そうな顔をしてシンを見、皇太后は困惑顔になった。
「シン、チェギョンから聞いていないのですか?」
「チェギョンからですか?いいえ、何も聞いていません」
「・・・殿下、私からお話しましょう。チェギョンさまも皇后さまから直接聞いたわけではありません。頭の中に皇后さまの声が入ってきただけです。決して皇后さまを誤解なさらないでください」
「分かっている」
「皇后さまは、ご懐妊中です」
「えっ!?」
「高齢出産ではありませんが、殿下をご出産されてから随分間が空いていますから初産に近いかと・・・」
シンは皇后の妊娠を聞き、動揺してしまった。
「殿下、大丈夫ですか?ここからが本題なのですが・・・」
「あ、すまない。ちょっと驚いただけだ。話してください」
「はい、では・・・チェギョンさまが言うには、病名は分かりませんが、皇后さまは命を懸けて出産されるおつもりだとか・・・」
「!!!それは、どういう事だ?皇太后さま、本当ですか?」
「シン・・・ミンは・・・そなたの母は、皇后として皇族の命を粗末にはできない。そして何よりシン、あなたの重責を少しでも軽くしてやりたい。父ヒョンができなかった兄弟で力を合わせて宮を引き継いでもらいたいと言っていました。シン、ミンに対する誤解を解いておくれ。そなたの母は、間違いなくそなたを愛しています」
「・・・・・」
シンの瞳から、涙がポタリと落ちた。
「・・・殿下、だから治療薬が飲めない皇后さまの為に無事ご出産できるようにとチェギョンさまは私を呼ばれたのです」
「チェギョンが?」
「チェギョンさま曰く、皇后さまは宮の要。そして殿下は、未来の国父。その殿下に自分のような心の闇を持たせたくはない。だそうです。どうか殿下、後悔せぬように皇后さまと和解なさいませ」
シンは、ソオンの話を聞いて、たった今スキップで部屋を出て行ったチェギョンを思い浮かべたのだった。