後4時過ぎ、ウビンが一人の男を連れて、東宮殿に顔を出した。
「チェギョン、待たせたな。殿下、紹介する。チェギョンの家庭教師。この人が殿下の学力を知りたいらしい。ちょっと付き合ってやって」
「俺の学力?一体、どうして・・・」
「チェギョンが宮に滞在する間、殿下の教育は俺らが見る。かなりヘビーだが、付いてこられたら3年でソウル大合格間違いナシだ。まぁ、頑張れ。チェギョン、行くぞ」
「うん♪じゃあシン君、頑張ってね~。行ってきま~す」
ウビンとチェギョンが東宮殿から出ていくのをシンは呆然と見送った。
(自慢じゃないが、俺も英才教育かなり進んでる方だと思うぞ。一体、チェギョン、どんな頭してんだよ!?)
一方、ウビンに送ってもらったチェギョンは、シン家所有の別邸に来ていた。
ウビンは、チェギョンを家の前で下すと、すぐに車を発進させてどこかに行ってしまった。
門を潜ったチェギョンは、大きな声で叫んだ。
「ハルモニ~!チェギョンが来たよ~♪」
「そんなに大きな声を出さなくても耳はまだ耄碌してはおらぬ。チェギョン、久しぶりにどうしたのです?」
「ふふふ、実はハルモニにお願いがあってきたの。ここで人を預かってほしいの」
「人を預かるとな?一体、誰をです?」
「さぁ、私も会ったことがないからよく分からないの。でももうすぐここに来るはずだから・・・」
(やれやれ、今度は人を拾ってきたとみえる。チェギョンのお人好しは、シン家の気質じゃな)
しばらくすると門が開き、キム内官がオドオドしている母子を連れて入ってきた。
訳も分からず連れてこられた母子は、立派な韓屋を前にして警戒しているようだった。
「姫さま、お連れしました」
「オッパ、ありがとう。キム事務次官の奥さまとご子息ですね?はじめまして、シン・チェギョンと言います。ここは宮ではありません。そんなに緊張なさらなくても結構ですよ」
「はぁ・・・」
「アジュマ、単刀直入に聞きます。いつまでも社宅に住めませんよね?これからどうされるおつもりですか?」
「えっ?あ、あの・・・実家のある田舎に引っ越そうかと・・・」
「・・・失礼ですが、ほとぼりが冷めるまで息を潜めて暮らすおつもりなら、田舎は避けた方がいいと思います。万が一、あなた方の素性が知れた場合、ご実家のご両親にも迷惑を掛けかねません。下手をすると、家も故郷も手放すことになりますよ。田舎の人たちにとって、宮や皇族は神に等しい存在ですから・・・」
「・・・・・」
母親の方は、実家の両親の事を思い出すと、チェギョンの言う事に反論する事ができなかった。
「お前、何、偉そうなこと言ってるんだよ!このソウルのどこに俺たち親子が落ち着ける居場所があるって言うんだよ!?」
「だから、ここでハルモニの手伝いをしながら暮らさないかって提案をしようとしてんの。あんたは、黙ってて!」
「ぐっ・・・」
「ここは私の家ですが、ハルモニに任せきりで住んでいません。ハルモニには少し違うことを頼みたいので、邸の管理が不十分になります。よかったら、ここに越してきてハルモニの手伝いをしてもらえませんか?」
「どうして私達にそこまで・・・」
「ん~、乗りかかった船です。それに何の罪もないご子息に逃げ隠れるような人生を歩ませたくはないでしょう?宮には、宮で起こったことは口外禁止というくだらないしきたりがあります。本来なら、皇族の私生活を話さないぐらいで良いものをいつからか解釈が捻じ曲がってしまった。それでご主人は王族を告発するわけにもいかず、反対に脅され、罪を犯してしまった。ある意味、ご主人も被害者だと私は思っています。このオッパも部署が違えば、犯罪に手を染めてたかもしれませんよ」
「ひ、姫さま・・・」
「クスクス・・・オッパ、冗談よ。そうだ、成績表、持ってきた?見せて」
チェギョンは、息子から成績表を受け取ると、しげしげと中身を見た。
「へぇ、成績表ってこんななんだ。初めて見た」
「「えっ!?」」
「第一中学なら、一応、私の先輩になるのか・・・成績はと・・・流石、事務次官の息子だけあって優秀みたい。ねぇ、将来の夢は?お父さんと一緒で宮職員だったとか?」
「・・・うるせぇ!犯罪者の子どもに明るい未来があると思うか!?」
「本人次第じゃない?ねぇ、私に借りを作りたくないと思ってるでしょ?だから、先輩にも提案を一つ。アルバイトしない?」
「アルバイト?」
「うん。子どもの家庭教師兼相談相手かな?この提案を受けてくれるなら、バイト代の代わりとして即転校手続きする」
「転校って・・・」
「このままあの学校には通いづらいでしょ?だから神話学園の特進に入ってもらう」
「!!!」
「お嬢さん、あなたにそこまでしていただくのは・・・」
「はぁ、チェギョン、大体の話は呑み込めたわ。奥さん、遠慮は要りません。その内、あなたもご子息も引き受けたことを後悔する程、こき使われますよ」
「えっ!?」
「ところでチェギョン、私に頼みたい事って何だい?」
「ヘジャお婆ちゃんの膝の具合が悪いの。それに半数以上が拘束されて、人手不足で大変みたい。だからパクお婆ちゃまの話し相手をお願いしたいのよ。ハルモニなら、ヘジャお婆ちゃんの補佐もできるでしょ?」
「チェギョン・・・私に宮に参内しろと?」
「「!!!」」
「うん♪昔取った杵柄と言うでしょ?明日、9時に景福宮の玄関ね。オッパ、門番のオッパに連絡しておいて」
「は、はい。かしこまりました」
「アジュマ、こういう理由でハルモニは当分家の事ができません。ここの掃除、管理お願いします」
強引なチェギョンの申し出に唖然としていると、再び門が開き、人が入ってきた。
「チェギョン、連れて来たぞ」
「オッパ、ありがとう。チェジュン、久しぶり。元気にしてた?」
「姉ちゃん・・・うん、皆、元気だよ」
「そう、良かった。チェジュン、紹介するね。カン・テジュンさん、チェジュンの家庭教師兼話し相手」
「えっ、僕の?」
「うん。それから、今週末、お爺ちゃんの祭祀があるの。一緒に里に行くわよ」
「えっ、でも僕は・・・」
「大丈夫。両親の名前はなかったけれど、チェジュンはちゃんと私の弟として家系図に載ってたわ。一緒に行って、皆に紹介しようと思う。筋を通したら、悪いけど私を手伝ってほしい」
「姉ちゃん・・・」
「ゴメンね。どうしても傍にいて、力を貸してあげたい人がいるの。その為に私に少し自由になる時間が欲しいの」
「分かった。役に立てるか分からないけれど、頑張ってみるよ。テジュンヒョン、シン・チェジュン、初等部の4年です。これから、よろしくね」
「あ、うん。カン・テジュンだ。よろしくな」
「交渉成立!オッパ、この2人に携帯を用意して。それからジュンピョオッパに頼んで、彼を神話学園に編入させてほしい」
「それは構わないが・・・チェジュンの家庭教師って大丈夫なのか?」
「そこは、あまり拘ってない。彼には、私にとってのオッパ達のような存在になってくれればいいなと思ってる。大体、私がオッパに勉強をみてもらった事なんてないでしょ。ジフオッパにはお世話になったけどね」
「///チェギョン!!」
「クスクス、折角来たから、祭祀の舞の練習していこうっと!キムオッパ、2人の引っ越しの手配お願いね」
「は、はい」
チェギョンが屋敷の奥に入っていくと、テジュンはチェジュンに話しかけた。
「なぁ、お前の姉さんって何者だ?宮の侍従さんに命令できるって普通じゃない」
「えっ!?宮の侍従さん・・・?」
「私の事です。私は、利川の『希望の家』出身で、先代のチェヨンさまには大変お世話になった者です。今回の宮の不祥事は、すべて姫さまの告発されました。そして今、宮の再建に向けて動いてくださっています」
「そう・・・ひょっとして傍にいたい人って、皇太子殿下のこと?」
「チェジュン・・・皇后さまだ。生まれて初めて女性に膝枕してもらったそうだ。皇后さまをオンマのように慕ってる」
「「!!!」」
「ヌナが?侍従さん、皇后さまにヌナをよろしくと僕が言っていたと伝えてくれる?」
「それは構いませんが・・・」
「ヌナね、ずっと死に場所を探しているような人なんだ。今度、僕を里に連れていくのはその布石かもしれない」「「「!!!」」」
「誰かが愛情を注いでくれたら、思い止まってくれるかもしれない。だから・・・」
「チェジュン君・・・必ず、お伝えします」
「お願いします。それからテジュンヒョン、犯罪者の子どもだからって卑屈になることないよ」
「えっ!?何でそれを・・・誰かに聞いたのか?」
「ううん。さっき握手した時、僕の中に入ってきた。被害者が身内だから警察には捕まらなかっただけで、僕も犯罪者の子どもなんだ」
「えっ!?」
「その所為かどうかは知らないけど、親に恵まれない子どもたちに手を差しのべることが、ヌナのライフワークなんだ。学校にも通わず、全国を飛び回っているみたい。悪いけど誰よりもそんな子供たちの気持ちが分かるヒョンは、ヌナの手伝いにはぴったりかもね」
「・・・・・」
「ウビンヒョン・・・ヌナから目を離さないでくれる?不安なんだ」
「分かってる。チェギョンには、俺たちが付いてるから心配するな」
ウビンは安心させるようにそう言ったが、心中ではかなり動揺していた。
(チェジュンが感じているなら、おそらく間違いないだろう。一体、どれだけチェギョンの心の闇は深いんだ?それよりチェギョンの両親が犯罪者って・・・どういう事だ?ジフは何か知っているかもしれないが、アイツが簡単に口を割るとは思えない。はぁ、俺はどうすれば良いんだ?)