チェギョンが提案した職員の家族たちの宮内見学は、盛況のうちに幕を閉じた。
シンが顔を出した時は、さすがに皆緊張した面持ちだったが、シンが激励のエールを送るとやっと緊張が解れたようだった。
チェギョン主催のリクレーションもシンが呼びかけたため、かなりの参加者が望めそうだった。
家族たちが帰った後、シンはやりきった達成感のようなものを感じていた。
(ひょっとして公務ってこんな感じか?今度は、もっと個人的に話しかけてもいいかもしれないな)
夜が更けてきたが、チェギョンが帰ってくる様子がない。
帰ってくる時間を聞いておけばよかったと、シンはチェギョンの帰宮をパビリオンのベンチに腰掛け待っていた。
そこへ翊衛士が、大きなカバンと点滴棒を持って、東宮殿に入ってきた。
「殿下、失礼します。ユン・ソギョンさまの使いという方が、これを殿下にお渡ししてほしいと置いていかれました」
「ユン元大統領が?・・・分かった。すまないが、寝室に運んでくれ」
シンは、ジッとしていられなくなり東宮玄関へと走り出した。
シンは、いつ戻ってくるともしれないチェギョンを待って、東宮門から目を離す事ができなかった。
しばらくすると、一台の黒塗りの車が入ってきて、東宮玄関前に横付けされた。
車の助手席からハギュンが飛び出してき、後部座席からはジフがグッタリするチェギョンを抱えて降りてきた。
「チェギョン!」
「ゴメン、急いでる。ベッド借りるね」
チェギョンを抱えて走り出したジフを ハギュンとシンが後を追った。
一旦、チェギョンをベッドに寝かせると、ジフは先に届いていた鞄から点滴パックを取り出し、テキパキと点滴の用意をしていく。
「韓服脱がせて、寝やすい恰好にしないと、点滴させない。Tシャツか何か出してくんない?」
「は、はい」
シンはクローゼットに飛び込むと、自分のTシャツとパジャマを持ち出した。
シンとジフとハギュンの3人で協力してチェギョンを着替えさせると、ジフは点滴の針をチェギョンの腕に刺した。
シンは点滴が刺さっていない腕と反対側に回ると、ギュッと手を握った。
「ふぅ、これでもう大丈夫。俺、今日サボったから明日からしばらく病院に缶詰め。だから宮に運んでもらった。後、頼んでもいい」
「はい」
「ジフ、迎えに来てくれて助かった。ありがとう」
「・・・ハギュンさん、もう分かったでしょ?俺も大概壊れてるけど、チェギョンは俺の比じゃないよ。このままじゃホント取り返しのつかないことになるよ」
「・・・ああ」
「何度も言うけど、チェギョンに必要なのは優秀なカウンセラーじゃない。何の見返りも求めず優しく包み込む愛情だ。俺らの経験は、カウンセラーのキャパを超えてる。『君を理解したいから、何でも話して』と言われても到底理解してもらえると思えなかったし、俺は話せなかった。。。俺は、未だに人間は肉の塊にしか見えない」
「・・・ジフ」
シンは、ジフの過去が悲惨すぎて、2人の会話を固唾を飲んでジッと見守ることしかできなかった。
「チェギョンが俺を受け入れているのは、似たような傷を持つ安心感から。要するに俺は予防・応急措置はできても それ以上は無理ってこと。この間、俺が言ったこともっと真剣に考えた方が良い」
「・・・分かった。ジフ、遅くなった。送っていこう」
「助かる。。。ねぇ、アンタ、俺に同情してるでしょ?今、そんな顔してる」
「・・・スイマセン」
「気にしてない。でもチェギョンには同情しないで!チェギョンがそれを感じたら、アンタとの距離を一気に広げるよ」
「じゃ、どうしたら・・・」
「普通に接してやって。ダチになって笑ってくれるだけで良い」
「そんな事で良いんですか?」
「うん。アンタといて、チェギョン楽しそうだったから・・・じゃあね」
「殿下、チェギョンをよろしくお願いします。明日、また顔を出します。では・・・」
シンは、チェギョンの傍を離れがたく、寝室で2人を見送った。
2人が出ていってすぐ、チェ女官が寝室に入ってきた。
「殿下、水差しをお持ちしました。ベッドサイドの置いておきます」
「まだ退勤してなかったのか?」
「はい。退勤しようとしたところ、殿下が慌てて出て行かれましたので、残っておりました」
「そっか・・・俺、このままチェギョンの横で寝るから、時間が来たら点滴外してやってくれる?」
「かしこまりました」
シンは、チェギョンの隣に体を滑り込ませると、チェギョンの頭の下に腕を通し目を瞑った。
「・・・チェ女官、チェギョンの事、何か知ってる?知ってることを全部話してくれ」
「殿下?」
「ほら、知らないと何かの拍子に傷つけてしまうかもしれないだろ?大事な幼馴染を傷つけたくないんだ」
「・・・私のいた施設は教会が隣接していて、牧師様がリンゴ園と施設の運営をされていました。初めて姫さまに会った日、牧師様に姫さまの事をお聞きしました。牧師様は、ただ一言『神様が天から遣わした天使』と仰い、その後、聖書を引用されました。主イエス・キリストは彼を理解できない者たちから迫害を受けた。だが、彼を信じた多くの者達は、彼から祝福された。お前たちも神様を信じ、守りなさいという内容でした。あの時は、何の事か分かりませんでしたが、やっと理解できました」
「・・・神が遣わした天使か・・・眠くなってきた。寝る」
「お休みなさいませ」
(チェギョンの為に何ができるんだろう・・・今、俺ができることと言ったら、添い寝をしてやるぐらいか・・・少しずつできることを増やしてやる。まずは倒れた時の為に体力をつけなきゃな。。。今度、ウビンさんに会ったら相談しよう)
シンの寝息が聞こえだした頃、チェギョンの点滴を外したチェ女官は、静かに寝室を後にした。