ワイワイ騒いでいる内に 一行を乗せたリムジンバスは扶余の里に着いた。
初めて来た者たちは、皆一様にアングリと口を開けて固まってしまった。
門を潜り、里の女性たちが一斉に頭を下げて皆を出迎えると、チェギョン以外の全員が固まってしまった。
『姫さま、おかえりなさいませ。皆さま、いらっしゃいませ』
「皆さん、ただいま戻りました。急な帰京で、慌ただしかったと思います。とりあえずお客様を部屋に案内してください。おばあ様、お願い」
「かしこまりました。皆の者、手筈通り頼みます」
『は~い』
持参してきた荷物は女性たちの手に渡り、一人一人を各部屋に案内していく。
シンと皇后は、勿論チェギョンと同じ部屋で同室だった。
「皇后さま、お疲れになったでしょ?」
「全然。ここが扶余の里なのね。山の中だからか、ソウルより過ごしやすそう」
「それは良かった。もうすぐお茶が運ばれてきます。少しゆっくりしましょう」
しばらくすると、数人の女性たちが茶道具一式を持って現れた。
その中の一人の女性が、キレイな所作で茶を淹れていくと、もう一人が折角淹れた茶を違う茶器に移し飲み干していく。
「姫さま、お茶をお淹れします」
「チェギョン、今の所作は扶余独特のものなの?」
「いいえ、毒見です。宮では簡略され視膳ですが、ここではまだこの風習が残っています。ここはどこよりも安全だと自負してますが、これが決まりなので追々慣れていってください」
「え、ええ」
「さぁ、冷めないうちに飲んでください。美味しいですよ」
一口飲むと、熱いのに口の中がさっぱりし、実に美味しいお茶だった。
皇后は、こんな美味しい茶に出会ったのは初めてで、感動した。
「美味しい・・・」
「ふふ、でしょ?皇后さまの体調に合わせて、お茶をお出しするように言ってあります。家の者が皇后さまの体調を何度も聞くと思いますが、面倒がらずに答えてあげてください」
「分かったわ」
「チェギョン、伯父上やウビンヒョン達も同じもてなしを受けているのか?」
「うん、そうだよ。多分、ウビンオッパは緊張して正座してるかもね。クスクス・・・」
シンは、想像してしまい思わず笑ってしまった。
「姫さま、皆が姫さまのお言葉を頂戴したく待っております」
「・・・ご先祖様に拝礼を済ませ、着替えてから広間に行きます。1時間後に皆さんに集まってもらえるように言ってください」
「かしこまりました」
「その間に、ミン医女と同行したお医者様をお連れして、皇后さまの診察を。ところで、オジジはどうしてる?」
「お客様に美味しいものを食べていただくと仰って、山に入っていかれました」
「そう・・・ではオジジが帰宅を待って、昼食にします。オジジにそう伝えてくれる。そう言えば、何が何でも良い物を持って帰ってくるでしょう」
「クスクス、姫さまったら、ご隠居様にそんなプレッシャーをお掛けになって・・・では、後程お迎えに参ります」
女性達が退室していくと、チェギョンはウ~ンと伸びをした。
「皇后さま、今から扶余の姫かお妃になったつもりで楽しんでください。そうでないと、肩が凝りますから」
「確かに・・・」
「では、私は霊廟の方にちょっと行ってきます」
「チェギョン、俺も行く。皇后さまも一緒に行きましょう。あれは、一見の価値ありです」
「ええ、私も今から古の扶余姫だから、拝礼しないとね。チェギョン、連れてってちょうだい」
「クスクス、は~い。それからシン君、これから皇后さまは禁止!」
「えっ、何で?」
「ここは宮じゃなく扶余宮だから。。。おば様にもプライベートは必要でしょ?」
「・・・分かった。努力する。は、母上、伯父上たちを誘って、霊廟に行きましょう」
「クスクス、ええ、行きましょう」
チェギョン達は、部屋で放心しているジテやウビン達を誘い、霊廟へとやって来た。
やはり前回のジテやシン同様、皇后やウビン達は驚きで、立ち竦んでしまった。
「チェ、チェギョン・・・これは・・・」
「オッパ、煩い!今、拝礼中だから静かにして。説明は、後でおじ様から聞いてちょうだい」
「スマン・・・」
チェギョンが拝礼をしている間、ウビンは一番新しい位牌と遺影の前に立った。
(お祖父さん、ソン・スンホの孫のウビンです。覚えておいでですか?チェギョン、小さい体ですごい頑張ってますよ。見てて、こっちが辛くなるぐらいに・・・お祖父さん、俺、不安です。どうかチェギョンが、間違った道を選ばないようお守りください)
部屋に戻ると、廊下の前に年配の女性2人が待っていた。
「お待たせしました。着替えます」
『はい、姫さま』
部屋に入るとチェギョンは立ったままで、アジュマ二人がチェギョンの着替えをすべて整えていった。
着替え終えると、チェギョンの髪をキレイに編み込み、年代物のピニョをそっと挿した。
「チェギョン、変わった石が付いたピニョね」
「ふふ、これですか?夜明珠という扶余に伝わる石です。昔は、王の血を受け継いだ者が持つ石だったようですが、今はシン宗家の後継者だけが持つことができます。本当はペンダントなんですけど、お祖父ちゃんが特別ピニョも作ってくれました。昼間は普通の石ですが、夜になると名前の通り青白い光を放つんですよ」
「じゃ、夜にもう一度見せてくれる?」
『姫さま、医女さまをお連れしました』
「入ってもらってください。オンニ、皇后さまをよろしくね。おば様、ちょっと行ってきま~す」
チェギョンと入れ替わりに入室してきたソオンは、チェギョンの後ろ姿が見えなくなるまで、お辞儀していた。
「ふぅ・・・チェギョンは、根っからのお姫様なのね」
「クスクス、はい。でもまだまだ序の口だと思いますよ。ご気分はいかがですか?」
「ええ、冷房なしでも涼しいし、大丈夫よ」
「良かったです。お腹の赤ちゃんもリラックスしてるみたいですね。しばらくここでのんびりしましょう」
「ソオン医師、ありがとう」
「・・・皇后さまに無理を承知でお願いがございます。今回、エコーの機械を購入しました。姫さまに命の神秘さ・尊さをお教えしたいのです。是非、ご協力いただけないでしょうか?」
「えっ!?」
「・・・姫さまが命を絶たれるおつもりではないかと、シン宗家の一族の皆さんは危惧しておられます。事実、それらしい発言を匂わされることもあり、非常に心配しています。どうか皇后さま、お力をお貸しください」
「・・・分かりました。私にできることであれば、何でも協力しましょう」
「ありがとうございます。では、昼食の時間になりましたら迎えに参ります」
一人になった皇后は、チェギョンの明るい笑顔を思い浮かべていた。
(あのチェギョンが?シンは、何か知っているのかしら?)