慌てて家の門を潜ったチェジュンは、目の前で繰り広げられてる光景に我が目を疑った。
大きな桜の木の下にアウトドア用のテーブルやチェアが置かれており、母スンレが皇后と談笑している。
そしてその横にあるバーベキュー用の東屋では、ユルが慣れない手つきで火を熾そうと四苦八苦していた。
チェジュンは、スーツの上着を脱ぐと、ユルのいる東屋へ向かった。
「ユルヒョン、どうなってんの?」
「チェジュン、おかえり。どうなってるって、見ての通りだよ。お前やアジョシが学校に向かってすぐ、皇后さまとシンが乗り込んできた。大量の食材を持ってね」
「はぁ?」
「クスクス、アジュマは、知ってたみたいだよ。飲み物が大量に用意されてたし・・・ほら、あそこ」
指さされた方を見ると、東屋で放置されていた大型冷蔵庫に電源が入って、動いていた。
「マジか・・・」
「クスクス、アジョシも帰ってきて、呆然としてたよ。その横で、陛下はお腹抱えて笑ってたけどね」
「で、親父たちは?」
「肉の味付けをしにキッチン。因みにシンとチェギョンは、畑で野菜の収穫」
「・・・はぁ、ユルヒョン、それじゃいつまで経っても火は熾せないぜ。貸してみろよ」
チェジュンは、手慣れた手つきで炭の上に丸めた新聞と着火剤を放り込むと、着火剤に火をつけた。
「炭に火が移るまで、団扇で扇いでて。俺、ちょっと着替えてくるわ」
「了解。早く戻って来てよ」
母屋に入り、着替えを済ませたチェジュンは、キッチンを覗いた。
キッチンでは、チェウォンがバーベキューの下ごしらえをしており、陛下は背後に置いてある椅子に腰かけていた。
「なぁチェウォン、お前ももう半分諦めてるんだろ?」
「ウルサイ!」
「言っておくが、あれ、私たちの独断じゃないからな。ちゃんとチェギョンも了承してくれてるんだ」
「・・・印鑑はどうした?」
「勿論、スンレさんに署名・捺印してもらった」
「お前ら、俺だけ蚊帳の外かよ!?ムカつく・・・」
「クスクス、お前、ここのところ忙しそうだったしな。いい加減、腹括ってくれよ」
「・・・おい、そこにあるビニールの手袋して、このタレを肉に揉み込んでくれ」
「おっ、久しぶりのシン家特製のタレだ。懐かしい・・・」
陛下は、慣れた手つきで、タレを肉に馴染ませだした。
(ククッ、おじ様は、昔、こんなこともやらされてたんだ。陛下がバーベキューの下ごしらえって、何か笑える・・・)
「チェウォン、確認したいんだが・・・父上が下賜した許嫁の証の指輪は、ちゃんと取ってあるんだろうな?どこにあるんだ?」
「どこでもいいだろ?」
「そういう訳にもいかないから言ってるんだ。スンレさんに探してもらったら、書状とメダルはあったが指輪がないそうだ。チェウォン、どこに隠した?」
「隠してねぇよ」
「嘘を吐け!チェウォン、どこだ?」
「・・・お前の下」
「は?私の下って・・・どういうことだ?」
「そのダイニングテーブルの足の下だ。ガタがきたから、高さを揃えるために咬ました」
「チェウォン!!」
陛下は、していた手袋を脱ぎ捨てると、慌ててダイニングテーブルの下に潜りこんだ。
(クククッ、腹いてぇ~~!!親父、半端ねぇな。陛下もよく親父と友達してるよな。ある意味、凄い人だ。否、奇特な人か!?)
チェジュンが母屋から出ると、シン、チェギョン、ユルの3人が視界に入った。
シンが採れたて野菜を洗い、チェギョンとユルがその野菜をカットしていた。
チェジュンは、シンの隣に座りこんで、一緒に野菜の泥を洗い流すことにした。
「おっ、チェジュン、遅かったな。おかえり」
「シンヒョン、ただいま。クスッ、かなり板についてきたな」
「当たり前だ。ここにいる間、毎日、アジョシの手伝いをしたのは俺だぞ!で、何でアジョシより帰りが遅かったんだ?」
「ヒョンの親父さんが、懇親会の後の集まりに乱入してきて暴走したからだ。ヒョン、頼むから俺に内緒は止めてくれ。親父はキレだすし、俺はどう対処していいのか分からずパニックになりそうだった」
「チェギョンの社会勉強の事か?実は、さっきまで俺も知らなかったんだ。ここに来る車中で皇后さまから聞いて、俺も驚いたぐらいだ」
「そうだったのか・・・親父、俺だけ蚊帳の外だったって、キッチンで拗ねてたぞ」
「クククッ、俺もだって、俺が慰めたら、今度は逆ギレされそうだから知らん振りしておく」
「賢明な判断だな。でも丁度、良かったと思うぜ。宮に避難できてさ。夏休みから、おバカな御曹司3人が家で合宿らしいからな」
「はぁ!?」
「ヒョンが春休みにやったヤツの強力バージョンだな。夏休みだけは、小学生からやらされてた。アイツら、絶対に音を上げるぜ。そうだ、シンヒョンもユルヒョンも参加するって聞いたぜ。今から、覚悟しとけよ」
「春よりきついのか!?」
「頑張りと天候次第で、日当が変わる。完全歩合制。早朝から約6時間だから、午後からは公務には行けるぜ」
「俺を殺す気か!?」
「クククッ、ボンクラ御曹司、心を入れ替えないと、間違いなく餓死するか熱中症で倒れる。ジュンピョヒョンは、確か5日目で倒れた。あの夏は、ジュンピョヒョンにとって今でもトラウマだと思うぜ。まぁ、慣れれば楽しいからさ」
シンは、過酷になりそうな社会体験に今から恐怖を感じてしまった。
「そう心配するな。俺が付いてるから、ユルヒョンとシンヒョンは死なせないって」
「・・・先に言っとく。サンキュ」
全ての下ごしらえをしたチェウォンと陛下が庭に出てきて、バーベキューパーティーが始まった。
チェウォンと陛下の掛け合いに最初は驚いていたシンとユルだが、すぐに慣れ、笑えるようになった。
こんなにリラックスしている皇后も初めて見て、昔から本当に家族ぐるみで仲が良かったんだなぁと改めて実感した。
「ユルは覚えてないだろうけど、時間が許す限り、兄上はユルを連れてバーベキューに参加してたんだぞ」
「えっ!?」
「そうそう・・・レジャーシートの上に3人並べて昼寝させてたのよ。懐かしいわ」
「今から思えば、何でファヨンさんを誘わなかったのかしら?」
「スンレさん、ファヨンはチェウォンを毛嫌いしてたから、どうせ誘っても来なかったよ」
「ヒョン、俺だけの所為にするな!!ユ、ユル、俺はお前の母親に意地悪したことないからな。それだけは信じてくれ」
「クスクス、分かってますよ。あの人の性格じゃ、庭先でバーベキューなんてバカにするのがオチです。誘うだけ無駄です」
「ユル~、お前はいい子だなぁ。どうだ、婿養子に来ないか?」
「「「チェウォン!(アジョシ!!)」」」
「冗談だって・・・でも見てみたくないか?ユルが俺の義息子になったと知ったファヨンの顔をさ。想像しただけでも笑える。クククッ・・・」
チェギョン以外の全員が、チェウォンの屈折した性格に呆れたが、自分も想像して思わず笑ってしまった。
「俺、会った事ないけど、何か想像できてしまうぞ。親父、チュンハに聞いたが、本当に東宮殿に殴り込みに行ったのか?」
「人聞きの悪い事を言うな!ちょっと確認をしに行っただけだ。その時、背中に視線を感じるなと思ったら、あの女が睨んでやがった。般若の顔のようだったぜ」
「クククッ、チェジュン、私まで巻き添えを食らって、その後しばらく東宮殿に出入り禁止になった」
「また俺だけの所為にするなって言ってるだろうが!お前も先帝の爺さんも寄り付かなかったじゃねぇか」
「父上は、お前の親父に怒鳴られたからだ」
「お蔭で、お前は最愛の嫁さんに出会っただろうが!お前に紹介しなかったら、俺が嫁にしてた」
「チェウォンさん、私にはシン家の嫁もだけど、チェウォンさんの奥さんは絶対に無理です。当時、チェウォン先輩のハチャメチャ振りは有名だったもの。スンレはよく結婚したと尊敬してるもの」
「えっ、私?何か気づけば、バージンロード歩いてたみたいな?」
「「「ぷっ・・あははは・・・・」」」
「あはは・・・この天然振りがチェギョンに遺伝したんだな。チェギョン、良かったな。お母さん似でさ」
「シン、ぶっ殺す!!」
家族で笑いあう事がなかったシンは、初めて両親とふざけ合え、楽しくて仕方がなかった。
(ホント、チェギョンに猛アタックして正解だった。。。許嫁にしてくださったお祖父さまに感謝だな)
楽しみながらも時計を気にしていたチェジュンは、2時前になると一人その場を離れ、自社ビルに向かった。
(さぁ、アイツらをどう脅そうか・・・次期会長の恐ろしさを教えてやる。クククッ・・・)