シンは、ボーっと車の助手席に座っていた。
「おい、ボケッとしてんじゃねぇ!俺は侍従じゃないから、お前に気を遣うつもりもないし、先回りしてお前の考えそうなことを考えることもしない。言いたいことがあるなら、何でも言え」
「あっ、すいません。あの、来られた時もあそこから来られたのですか?」
「悪いか?昔から、あそこから出入りしてる。ヒョンを黙って連れだしてたら、癖になっちまったんだ。坊主、たまにはいいが、あんまり抜け出すなよ。俺が、ババアに睨まれる」
「クス、最高尚宮のことですか?」
「ああ。あの婆さんだけには、昔から頭が上がらないんだ。俺を怒鳴りつけた人は、唯一あの婆さんだけだ。まぁ、コン内官と同じぐらい信頼できる人だな。覚えておいて損はない」
「はい・・・あのお嬢さんにも会わせてもらえるのでしょうか?」
「お前次第だな。会いたければ会わせるし、会いたくなければ会わなくていい。但し、会っても友人止まりで頼む」
「でも許嫁なんですよね?」
「だから、娘に興味を持つなって言ってんの!確かに許嫁だが、婚姻するには条件がある。二人の気持ちが通じ合った時のみ婚姻を認めるという条件がな。娘には何も話していないし、何も知らない。坊主もまだ結婚したくないだろ?だから、絶対に娘に関心持つなよ」
「・・・はい。多分、大丈夫かと・・・」
「・・・お前、俺のミニチュア版を想像してるだろ?顔はともかく、性格は俺の親父似だ」
(お祖父さんに似たから、どうだって言うんだ?!お祖父さまの親友だから、間違いなくいい人なんだろうけど・・・)
15分ほど走ると、シンを乗せた車は、大きな3階建のビルの地下駐車場へと入っていった。
エレベーターで1階に降り立つと、そこには扉はなく、ソファーセットが置かれていた。
「ここは、自宅じゃない。事業関係のビル。どうしても人と会わないといけないときは、ここで会うようにしてる。まぁ、ここ以外には行かせるつもりはないけどな。で、こっちが必要な情報が集まってくる部屋」
チェウォンの後をついて、隣の部屋に入っていくと、数人の若者がパソコンと格闘していた。
「親父、今日はまた大物を拾ってきたな。どこに落ちてたんだ?」
「拾ってねぇ!押し付けられたんだ。おい、皆、紹介する。ツレの息子。色々、教えてやってくれ」
パソコンに向かっていた若者たちが、シンをジッと見つめている。
「おい、我が国は礼儀を重んじる国で挨拶は基本だ。幼稚園児でもできることが何でお前はできないんだ?居候の分際で、偉そうにすんじゃねぇ」
「・・・すいません。イ・シンです。しばらくこちらでお世話になることになりました。皆さん、よろしくお願いします」
「クククッ、親父、半端ねぇな。ヒョン、俺、シン・チェジュン。この家の息子だ。多分、俺と行動を一緒にすると思う。よろしくな」
「あ、うん。よろしく」
「チュンハ、悪いが、こいつの護衛、頼む」
「・・・了解。クスッ、結局、断りきれなかったみたいですね」
「ふん。コイツが不甲斐無いせいだ。女の一人や二人、作っとけってんだ」
「クククッ、そりゃ立場上、無理でしょ」
「コイツの親父は、結構遊んでたぜ」
「それは、あなたが連れ出してたからです」
「そうとも言うな。。。おい、皇太子じゃなかったら、何がしたい?」
「えっ!?」
「考えたこともなかったか・・・?なら、諦めて皇帝の道を進もうとしてるなら、なぜ努力をしないんだ?」
「・・・・・」
「じゃあ、今から考えろ!どうしても皇帝になりたくなかったら、俺が宮を潰してやる」
「!!!」
「宮を潰せる材料なんざ、山ほどあるさ。それをマスコミにリークすれば良いだけだし、再建するより簡単なんだ。でもそうすれば、問題はお前の身の振り方なんだ」
「身の振り方・・・ですか?」
「その性格じゃ営業は無理だろ?まぁ、それ以前に元皇太子を雇う企業があるかだよな。例え、雇われても客寄せパンダ的に扱われ、今と変わりないだろうよ」
「・・・・・」
「大体、英才教育で帝王学を学んだヤツが、誰かの下で働けるとは思えねぇ」
「親父が雇ってやれば良いじゃん」
「バカな事を言うな!元皇族を雇うほど、俺の神経は図太くねぇぞ」
パソコンに向かっていた若者たちが、手を止めて肩を震わせている。
「おい、お前ら、笑ってんじゃねぇ!そうだ、ウソン、後でカンコーポレーションの社長が来る。あそこに任せたショッピングモールの資料、出しといて」
「わかりました」
「このままじゃ、チェジュンが独り立ちするまで持ちそうにない。今日、見込みがないと判断したら、ウソン、お前に任せる」
「ゲッ・・・」
「チュンハ、来客が来るまで、コイツに宮の問題点を説明してやってくれ」
「了解。殿下、こちらに」
部屋中央に置かれた大きなテーブルの一角にシンを座らせたチュンハは、シンの前にファイルを置い
「宮の問題点は、王族会です。王族会のことをどれくらいご存知ですか?」
「・・・王族は皇族に適切なアドバイスをし、皇族と共に国民を慈しむ義務がある」
「正解!ですが、殿下が見た王立に通う王族のご子息・ご息女はいかがでしたか?」
「・・・傲慢で、権力を振りかざすバカばかりでした」
「ですね。子どもがそうならば、親も間違いなく同じでしょう。チェウォンさんが陛下にお渡ししたのは、その王族たちの不正の情報です。一掃しないと、宮の存続は難しいと思ってください。殿下、王族は大きく2つに分けられます。皇族の流れを汲む宋親会と皇族と姻戚関係を結んで王族になった輩の2つです。最長老をはじめ宋親会の方々は、実直で何の問題もありませんでした。問題は、後者です。一度、美味しい想いをした輩は、もう一度と夢を見るのでしょう」
「・・・情けない」
「だから、外様の王族達は排除しても何の問題もありません。寧ろ、排除することによって、国民から大きな支持を得られるでしょう。これが、勢力分布図です。この中には、娘を皇太子妃にしようと動いている輩がいます。放置していれば、対岸の火事じゃなく間違いなく火の粉を被るでしょうね。性根を入れて、王族たちのプロフィールを頭に入れてください」
「・・・はい」
手渡されたファイルを見ると、王族会員だけでなくその家族まで詳細に調べられており、シンの興味を引く内容ばかりが分かりやすく整理されていた。
(へぇ~、あの娘で皇太子妃を狙ってるのか?親の欲目もここまで来ると病気だな。それにしてもこのファイル、凄すぎだろ・・・)
熱心にファイルを熟読していたら、チェウォンが隣に座ってきた。
「このファイルは、持ち出し禁止だからな。帰るまでに頭に入れろよ」
「えっ!?」
「分かると思うが、犯罪すれすれで集めた情報もある。クリーンな宮には似合わないだろ?」
「確かに・・・」
「それから、こいつらは覚える必要はない。ヒョンが最長老と近日中に処分するはずだ」
「・・・はい」
「それから、この派閥には気をつけろ!ファヨン妃と繋がっている。ファヨン妃は、お前さんを廃位にして、ユルさまを皇帝の座に就け、自分も皇太后の地位に上り詰めようとしている。その為には、手段を選ばない人だ。最悪、命を狙われるかもな・・・」
「・・・・・」
「だがな、ユルさまが皇位に執着してないことにファヨン妃は気づいていない。ピエロだな」
「では、先程仰ってましたよね?ユルが帰国するって・・・帰国の目的は何なんですか?」
「ユルさまのみぞ知るだな。ただ、目的の一つは、お前の補佐だと思う。娘の親友が、相当辛辣に意見したみたいだ。うちの娘に関わったら、確実にその親友とも関わることになる。そうしたら、坊主も間違いなくクソミソに扱き下ろされると思うぞ。クククッ・・・うちの娘に会いたければ、覚悟して会えよ」
「クスクス、ヒョン、あのヌナの毒舌に掛ったら、確実に3日は凹むぞ」
(マジかよ・・・どんな強烈な女なんだ??でもユルの元許嫁なんだよな?)
気持ちを切り替えて、再びファイルに目を通し始めたシン。
宮を出て、丁度2時間後、カン社長が来たとの知らせを受けた。
シンは、チェジュンに伊達眼鏡を借り、チェウォン、チェジュン、ウソンと共に応接間へと向かった。
(アジョシは、俺の服の購入は口実にして、カン社長の進退を見極めるつもりなんだろう。でもこれのどこが社会勉強なんだ?)