チェウォンとチェジュンに案内され、母屋に踏み入れたシンは、玄関で突然ストップを命じられた。
「一般家庭では、玄関で靴を脱ぐ決まりなの。これ、世間の常識だからね」
「///はい、すいません」
シンはチェウォンに指摘され、慌てて靴を脱ぐのだった。
「チェギョン姫~、どこだ~?アッパが帰ってきたぞ~」
チェウォンの大声に驚いていると、台所の奥から一人の少女が現れた。
「クスクス、そんなに大きな声出さなくっても聞こえてるって。アッパ、お帰り。チェジュンも一緒だったのね」
「ヌナ、ただいま」
「お帰り、チェジュン。ところで、そちらの方は?」
「・・・拾った。しばらくうちに泊めるから、仲良くしてやって」
「は~い。いらっしゃい。シン・チェギョンよ。よろしくね」
ニッコリ笑われ、右手を差し出されたシンは、無意識にその手を握り、自己紹介を始めた。
「イ・シンだ。分からないことだらけなので、色々と教えてほしい」
「シン君ね・・・・ん?ひょっとして、映像科3年のイ・シン君?」
「・・・うん」
チェギョンは、一瞬驚愕の表情を見せたが、すぐに元の笑顔に戻った。
「チェギョン、アッパは夕ご飯の用意をするから、祖父さんの部屋に案内してやって」
チェギョンに用を言いつけると、チェウォンは台所に消えていった。
「シン君、うちは働かざる者食うべからずなの。荷物を置いたら、楽な格好に着替えて、このリビングに戻ってきて。OK?」
「オ、OK・・・」
部屋に案内されたシンは、すぐにスーツから楽な服装に着替えると、リビングへと戻っていった。
チェギョンは、シンにサンダルを履くように勧めると、一緒に外に出た。
「ちょっと待ってね」
シンを外で待たせたまま、チェギョンは離れの部屋に入っていき、手に毛糸の帽子を持って戻ってきた。
そしてシンを屈ませると、その帽子を被せ、小さなビニールハウスを目指した。
「うん、我ながら丁度サイズ♪アッパに編んでた帽子なの。アッパには内緒ね。拗ねるとホント大変だから」
「あっ、うん。でもどうして帽子なんて・・・」
「アッパが拾ってきた人って、シン君が初めてじゃないのよ。だから、この先のシン君の運命が分かってるってことかな?クスクス・・・」
「・・・もしかして工事現場や漁船に乗せられる?」
「何だ、知ってるんじゃない。多分ね。シン君、これがサンチュ。根っこは残して、丁寧に葉っぱだけを摘んでいって」
シンは、チェギョンの言葉に軽い眩暈を覚えたが、チェギョンの隣にしゃがむと見よう見まねでサンチュの葉を摘みだした。
「シン君って、皇太子殿下なのよね?」
「・・・うん」
「うちでは皇太子殿下じゃなく、ただの同級生イ・シンとして接していいのかなぁ?」
「しばらく世話になるんだ。その方が助かる」
「分かった。改めて、自己紹介するわね。美術科デザインコースのシン・チェギョンよ。まだ帰国して半年だから、私もあまりソウルに詳しくないの。色々と教えてね」
「イ・シンだ。今まで、公務以外、学校と宮の往復しかしたことがない。だから社会勉強をしにきた。俺こそ分からないことだらけだと思う。よろしく頼む」
「マジで!?ホント生粋のお坊ちゃまね。どういう経緯でうちに来たのかは知らないけれど、多分宮では一生経験できないことができると思うわ。楽しんでいって」
「ああ。楽しめるかどうかは疑問だが、頑張るよ」
夕食が出来上がり、小さな丸いちゃぶ台には所狭しと料理の数々が載っている。
その中には、シンとチェギョンが摘んだサンチュもキレイに洗われて、載っていた。
「主人から聞いたわ。あなたがシン君ね。忙しくって、あまり顔を合わせないと思うけどよろしくね」
「宜しくお願いします」
「挨拶も済んだことだし、さぁ料理が冷めないうちに食べよう」
「「「いただきま~す」」」
シン家の4人は、マシンガントークを繰り広げながら、凄い勢いで料理を口に運んでいく。
シンは、4人の食べっぷりに呆気にとられてしまった。
「ほら、シン君も食べないと、食べそびれるよ。アッパの料理、最高なんだから」
チェギョンはシンの戸惑いを感じ、ご飯の上におかずをちょこんと載せた。
見れば、スンレもチェジュンやチェギョンに同じようにしていた。
「ほら、食べて」
「うん・・・美味い」
「でしょう♪じゃあ、次はこれね」
サンチュにご飯やおかずを乗せ包んだものを チェギョンはシンの口の中に放り込んだ。
こんな大きなものを口に入れたことがないシンは、目を白黒させながら必死で咀嚼するのだった。
それを見たシン家の家族は笑いながら、ごく自然に次々とシンの口に色々なおかずを放り込んでいく。
料理も美味しいが、それ以上に家族の温もりに触れたシンは、心が温かくなるのを感じた。
(これが、家族団らんというものか・・・アジョシが家族を大事にする気持ちが分かるような気がする)
食後、シンとチェジュンが夕食の後片付けをすることになり、二人が皿洗いをしている横で、チェギョンはコーヒーを淹れ始めた。
「へぇ、シンヒョン、皿洗いできるんだ。意外、意外・・・」
「チェジュン、バカにしてただろ。これでもボーイスカウト出身だ。皿洗いもできるし、辛ラーメンも食べたことあるぞ」
「辛ラーメンってインスタントの?」
「ああ。キャンプに行ったら、夜食に出たんだ。それが楽しみで、キャンプは欠かさず参加していた」
「うちにも買い置きがあるぜ。そこの戸棚に入ってる。腹減ったら、勝手に食べなよ」
「サンキュ」
後片付けが終わり、チェジュンとリビングに戻ると、グッドタイミングでチェギョンがコーヒーを持って現れた。
留学先で身に付けたバリスタチェギョンが淹れたコーヒーは、今まで飲んだどのコーヒーよりも美味しく感じた。
「ねぇ、アッパ~、スタバでバイトしていいでしょ?」
「ダメだ。チェギョンが淹れるコーヒーを飲むのは、家族だけの特権だ!それに男が纏わりついたらどうする?アッパは心配で、仕事が手に付かなくなるぞ」
「お小遣い稼げないじゃない・・・ウルウル」
「・・・じゃ、チェギョン、シン君が着る服のデザインすれば?デザイン料は、宮が払う。どうだ?」
「それは、いいけど・・・でも何でシン君のなの?」
「ラフな服をあまり持ってなさそうだし、それにセンス無さそうだろ?平気でドッド柄やフリフリのドレスシャツ着てそうな気がする」
チェジュンとチェギョンは想像したのか大爆笑をし、シンは事実を話され赤面してしまった。
「クスクス、シン君、私がデザインしてもいい?」
「あ、うん・・・」
「シン君専属デザイナー、シン・チェギョン、頑張ります!そうと決まれば、オンマ、メジャーある?」
「あるわよ。ちょっと待ってね」
スンレがメジャーを持ってくると、チェギョンはシンの至る所を採寸し、広告の裏に寸法を書き留めていく。
「これで良し!明日から頑張るね。そうだ、シン君。彼女さんが気を悪くするかもしれないから、私の事は秘密にしておいた方が良いわよ。じゃあ、おやすみなさ~い」
呆気にとられながらチェギョンを見送っていると、チェジュンとチェウォンがニヤニヤしていた。
「チェジュン、ニヤニヤ笑ってんじゃない!俺に彼女なんているわけないだろうが・・・」
「マジ?!ガンヒョンヌナは、ヒョンの彼女の事、クソミソに言ってたけど?」
「皇族は嘘は吐かない。今まで、女とまともに話したこともない。今日、チェギョンと話したのが初めてと言っていい」
「マジかよ・・・ハァ、ヒョン、俺が言うのもなんだけど暗いぞ。ヒョン、可愛いトンセンからアドバイスだ。同性からも好かれる女を選べ。ガンヒョンヌナ曰く、その噂の彼女、相当性格が悪いらしいぜ。」
「クククッ、シン君、チェギョンの誤解を解こうとしないでいいからね。少し早いが風呂に入って、明日に備えなさい」
「はい・・・」
(アジョシも言ってた【秘密の恋人】のことだよな?相当性格が悪い噂の彼女って、一体、誰なんだ??)