ドタバタした週末が終わり、いつもの平穏な学校生活が送るつもりだったが、ジフは理事長室で溜め息を吐いていた。
(ハァ、勘弁してよね・・・これ、絶対俺だけじゃないし・・・)
ジフは、最近登録したシンにLINEを送った。
≪至急、コンちゃんに来てもらって!!でないと、退学にするよ≫
送った数分後、授業中にもかかわらずシンから電話の着信がきた。
「なに?」
「何じゃないでしょ。一体、何があったんですか?」
「ちょっと相談ごと。シン君は、何も心配せず授業に出てください。で、速やかにコンちゃんに来てもらって。以上!」
ジフは、言う事だけ言って、通話を切った。
シンは慌ててコン内官に電話をしたのか、30分後にはコン内官の姿が理事長室にあった。
「至急という事で、慌てて参りましたが、何かございましたでしょうか?」
「とりあえず、これ見てくれる?」
差し出された書類は、夥しい数の履歴書だった。
「凄い数の求人ですね」
「違うし・・・全員、教育実習希望者だし」
「は?」
よく見ると、大半の履歴書には教育学部ではない学部が書かれていて、全員が王立学園大だった。
「分かってくれた?」
「・・・はい」
「今までも俺目当てで、こういう輩は多かったのは認めるよ。でも今年は異常だし・・・俺だけの所為じゃないよね?」
「確かに・・・違うと思います」
「王立の教育学部の子もいるよ。でもさ、ここ芸術高校だし・・・シン君が通ってるから知ってると思うけど、必修科目もレベル高いんだよね。王立の女学生が、うちの生徒を教えられると思う?」
「申し訳ありません」
「いや、謝ってもらおうとは思ってないし、俺は対策を立ててほしいだけ。今は、教育実習だけどさ。秋になったら、絶対に求人も殺到すると思うんだよね。王立のご令嬢が、高校の事務員なんてできると思う?」
「思いませんね、確かに・・・」
「まぁ、ある程度は書類審査で落とすよ。教育課程を取ってない子たちは絶対。でもさ、何でこんな子たちに推薦状が書けるのかって俺は言いたい!これ、宮で調べて」
「分かりました」
「あとね、教育課程を取ってる学生たちは、やっぱテストして面接が必要になる。俺目当ての子もいると思うけど、それ付き合って。俺、考えただけでも吐きそうだし・・・」
「分かりました。私が責任もって、お付き合いさせていただきます」
「そ、じゃ明日からよろしく。帰って、スケジュールの変更してきなよ」
コン内官は、散々愚痴を聞かされ、言われるまま頷き、追い出されてしまった。
(ハァ、大分煮詰まっておられるようだ。しかし、王立は酷過ぎるな・・・早く帰って、陛下に報告して調べねば・・・)
宮に戻ったコン内官は、すぐに陛下の執務室に向かい、ユン・ジフに呼び出された事を話した。
報告を聞いた陛下は、眉間に皺をよせ、キム内官に王立学園の理事長と大学学長を今すぐ参内させるよう命じた。
理事長たちは、つい先日の皇太后の祝賀パーティーでも王立の学生がバカな行動をしているだけに 慌てて飛んできた。
「学長、聞かせてほしい。王立は、いつから教職課程を取っていない学生に教育実習を受ける推薦状を出すようになったんだ?」
「えっ!?」
「太子が通っている芸術高校の理事長ユン・ジフ君から宮に抗議が来た。それで慌てて確認に行ったが、王立から夥しい数の教育実習の申請が着てたそうだ。その大半が、教職課程を取っていなかった。この事について、どう思う?」
「申し訳ありません。一度戻ってから、確認します」
「それと必修科目はあるが、あそこは芸術高校だ。教職を目指しているなら、普通あそこは選ばないと私は思う。王立に芸術系の学部はないからな」
「・・・申し訳ありません」
「ユン・ジフ君が、教職課程を取っていない者は問題外。そして教職課程を取っている者も明日、採用するかテストしてから面接をすると言ってきた。生徒に教えられる程の学力がない学生がいないことを祈る。王立出身の私としては、これ以上情けない想いをしたくないし、結果次第では、太子にも王立進学を勧めない。私の話は以上だ。下がれ」
理事長たちは、今にも倒れそうなとぐらい顔色を悪くして、帰って行った。
その後ろ姿を見送って、陛下は深い溜め息をついた。
「私が学生の時は、王立はもう少しマシだったように思うんだが・・・シン先生がいなくなった事が大きいのかもしれんな」
「陛下、もし明日の試験で、満足のいく結果が出なかった場合はどうされるおつもりですか?」
「・・・宮主導で内部調査と責任追及だな。バカな学生に推薦状を書いた教授は、馘にしてやる」
「それは・・・あまりにも大勢だった場合、どうされますか?」
「教授を一掃し、外部招へいするしかないだろうな・・・シン・チェウォンが王立で教鞭を執ってくれるといいんだが・・・まぁ、明日のテスト次第だ」
翌日、1時間目の授業を受けていると、突然前の扉が開き、ジフが顔を出した。
ジフは、教師と二言三言話をすると、シンとインとファンの名前を呼んだ。
「悪いけど、ちょっと付き合ってくれる?」
「「「・・・はい」」」
「ユン理事長、俺は?」
「チャン・ギョン君か・・・別に来てもいいけど、場合によっては親呼び出しもあるけど、それでもいい?」
「遠慮しておきます。すいませんでした」
ギョンが勢いよく頭を下げ着席すると、クラス中から笑いが起こった。
「じゃ、授業中、皆ゴメンね」
3人を連れ出したジフは、途中でユルとチェギョンとガンヒョンをピックアップし、図書室に向かった。
図書室には、リクルートスーツを着た大勢の学生が椅子に座っていた。
女学生たちの中は、シンが入ってくると≪キャー≫という声を上げる者もいた。
「理事長、一体この人達は何なんですか?」
「殿下、すいません。この人達は、この学校で教育実習を受けたい方たちです。ですが、今の嬌声で分かるように真剣に受けたいと考えていない方が含まれていると思われます」
ジフの言葉で、何名かが下を向いた。
「そして何よりこれだけの人数を受け入れる事も出来ません。そこで選抜試験をしたいと思います。最低ラインを殿下たち6名とします」
「はぁ?それは、私達にも一緒に試験を受けろと仰ってるんですか?」
「はい、その通りです」
「そんな話、聞いてません!」
「当然です。言ってませんから・・・どうかご協力お願いします。」
「「「・・・・・」」」
「皆さん、必修課目の実習希望の方は希望の科目を 専門課程希望の方は、一般常識の試験を受けていただきます。この列から数学、国語、そして残り2列に専門課程希望の方、席を空けて受けてください。英語希望の方は、別室で帰国子女のイ・ユル君と会話していただき、判断します。では移動してください」
学生たちが移動し始めると、ジフはシン達に話しかけた。
「ゴメンな、俺の身内だと思って我慢して。見ての通り女学生の大半は、間違いなく俺かシン君狙いだと思う。これでも書類で半分以下に削ったんだけどな。これだけ残った」
「マジで?!」
「はい、マジです。ガンヒョンとファン君、一般常識の試験受けて。チェギョンは国語。シン君とイン君は数学でお願い」
「オッパ、その割り振りはなに?」
「決まってるじゃん。チェギョンは数学は壊滅的だし、あの家庭環境で一般常識が備わってるとは思えない」
「「「ブハッ・・・」」」
「みんな、そんなに笑わなくても・・・」
「チェギョンは、試験の後の面接も付き合え!」
「何でよ?」
「さっきも言っただろ?この6人が最低ラインだって・・・お前ならピアノも弾けるし、審美眼もある。今回、舞踊科志望はいなかったし、チェギョンなら大丈夫。頼むね。じゃ、みんな、一番後ろの席に座って。ユル君は俺と一緒に別室に移動。じゃ、後でね」
別室で、女学生たちと英語で会話していたたユルは、徐々にイラついてきた。
≪ジフさん、この人達、これで英語教師目指してんの?この国、こんなに英語力低いの?≫
≪クククッ・・・この実力で、英語教師になろうとしているこの人達が図々しいだけ≫
≪ハァ・・・皆さん、英語教師になる前に駅前留学した方が良いと思います。僕の言ってること分かりますか?分かった方、挙手お願いします≫
≪ダメだね。ユル君、もういいよ≫
「よくこれで英語教師を志望しましたね。呆れてものが言えない。ひょっとして我が校をバカにしてますか?うちは、知り合いの伝手で、必修科目の教師はほぼ全員ソウル大か神話大出身者です。ですから、生徒たちの学力は、申し訳ないですが貴女方より上だと思います。どうぞお引き取りください」
英語を希望した学生達を追い返したジフは、履歴書が乗っている机の上に突っ伏した。
「あ~あ、やっぱり時間の無駄だったじゃん。爺さんが学長してた時は偏差値高かったのにさ、ホント王立落ちたよね。学力もだけど良識もないよね」
「僕も久しぶりにイラッとしました。きっと筆記試験も悲惨なんじゃないですか?」
「・・・アイツらの目の前で採点してやる!」
終了間近となったので、ジフはユルを連れて、図書室に戻った。
試験終了と同時に答案用紙を集め、最初にシン達高校生の答案を 入口付近にある受け付けカウンターで採点し始めた。
インが一問間違えただけで、他は全員満点だった。
その結果に満足したジフは、学生を一人ずつ前に呼んで、目の前で採点していった。
採点されている女学生たちは、どんどん顔色が悪くなっていき、最後は肩を落としてそのまま図書室を出ていった。
『理事長、目の前で公開採点するなんて酷いです』
「どこが?不正されていない事が、ご自分で納得できるでしょ?」
『でもプライバシーの侵害です』
「一人ずつ前に呼んで、本人だけにしか見せてませんし、点数も公表してませんけど?」
『でも女性に対してのデリカシーが無さ過ぎです』
「デリカシー?笑わせないで!それに国語教師を目指してるらしいアンタ、デリカシーは、『ない』より『欠ける』の方がベストだから・・・」
『////・・・・』
シン達の口から、失笑が漏れた。
数学を受けた学生は、ものの見事に全滅だった。
「ハァ、まだ続きさせる気?試験ができなかった王立のお嬢様たちは、帰ったら?」
『試験が難しすぎたとは思わないんですか?』
「またアンタ?高2のイ・シン君は満点。カン・イン君は95点。これのどこが難しいのさ?」
『でもあの国語の試験、難し過ぎです。嫌がらせとしか思えません』
「嫌がらせ?どっちがさ?!王立から教職課程も取ってない学生がバカほど応募してくるし、教職課程を取ってる学生にテストを受けさせたら、高2の子が満点取れるようなテストなのに半分も点数取れない学生ばかり・・・俺の方が、嫌がらせ受けてると思うけど?」
『・・・・・』
「国語の試験、難し過ぎ?国語教師を目指してるのに漢字が理解できないなんて、あり得ないでしょ?医学部卒の俺でも読めるよ。国語を受けた生徒は、満点だったし・・・」
『ヤ、ヤラセじゃないんですか?』
「・・・アンタ、試験前見てなかった?直接、教科担当の教師が問題を配ってたよね?俺は一度だって見てないし、触れもしていない。生徒たちも俺の独断で授業から連れ出し、無理やりテストを受けさせた。因みにテストは、昨日の放課後に頼んで、徹夜で作ってもらった。それでもヤラセだって言うの?ヤラセを疑うより、自分の常識を疑いなよ」
『///なっ・・・!』
「ハァ、単刀直入に聞くけど、アンタたちの目的は何?まさか、こんな成績で皇太子妃とか言わないよね?もしこの中に皇太子妃を狙って応募してきた人がいるなら、帰ってくれる?無駄だから・・・皇族は漢字が理解できないと無理だよ。イ・シン君、よかったら一言どうぞ」
「へ?俺?・・・皇太子妃の仕事の一つに秘文書や昔の書物の管理と整理があります。当然ながら、漢字が使用されています。それ以外に語学やマナーなど色々なことが要求されます。もしそれでも皇太子妃になりたいと思う方は、学校ではなく宮にご一報ください。ここは学校で、多くの生徒が勉学に励んでいます。私欲のために教育実習に来るなどハッキリ言って迷惑です。僕や理事長の妻の座を狙ってる方、どうぞこのまま黙ってお帰りください。今なら咎めません」
「だそうです。心当たりのある方、どうぞ出口はあちらです」
ジフが扉を指差すと、肩を落として出ていく女学生が続出した。
「ハァ、残ったのは、たったのこれだけ?やっぱり時間の無駄だったじゃん!」
「クスッ、ジフさん、お疲れ様です」
「じゃ、残った人、名前教えてくれる?一応、テストの採点はしたいからさ。昼から、面接をします。学食で時間を潰してもいいし、校舎内を見学しても構いません。ただし教室には、入らないでください。午後1時、理事長室前に集合です。じゃ、一時解散」
学生たちが出ていくと、ジフはグッタリと机に突っ伏してしまった。
「酷過ぎだよね・・・みんな、休憩室に行くよ。校舎内なんて危なくていられないでしょ」
「えっ!?シン目当ての学生は、みんな帰ったんじゃ・・・」
「専門課程の学生の中にも多分まだいると思う。コンちゃん、いい加減出てきたら?」
ジフが呼びかけると、書庫の方からコン内官が姿を現した。
「「コン内官!」」
「見たでしょ?これが、数学の答案用紙。何なら、国語も採点してみる?全員、帰ったけどさ。因みに英語は悲惨だったよ。ユル君、途中からキレてたし・・・もう王立、腐ってるとしか言いようがないね。宮御用達の看板、外させなよ」
「・・・すべて陛下に報告させていただきます」
「昼からは、シン君か俺かどっち狙いか分からない学生達だけど宜しく」
「かしこまりました」
(あと、チェギョン目当ての男子学生が紛れている可能性がないとは言い切れないよな・・・この場では怖くて口にできないけどさ)