コン内官は、陛下に報告をした後、もう一度宮を出ていかせてほしいと願い出た。
「実はユン・ジフ殿が、王立の教授陣の腐敗の理由をシン・チェウォン氏がご存じのような事を仰っていましたので、お伺いし聞きに行ってまいります」
「是非、聞いてきてくれ」
コン内官は、スマホを手に取るとたまに掛ってくるウォンのナンバーをタップした。
「コンちゃ~ん、どうしたの?ひょっとして俺が恋しくなっちゃった?」
「ウォン・・・ハァ・・恋しくはないが、会って話がしたい。時間を作ってくれないか?」
「ノリが悪いからヤダ」
「ウォン!」
「分かったよ。どこに行けばいいの?宮はヤだよ」
「お前の家はどうだ?」
「・・・込み入った話?なら、昔の親父の家にして。場所は、坊主が知ってるから聞いて。晩飯、作っててやるよ。じゃ、後でね」
コン内官は、帰宮したシンに住所を尋ねると、『俺が案内する』と言われてしまい仕方なく同意してしまった。
軽く執務をしてもらった後、コン内官はシンと共に昔のシン家の家を訪ねた。
勝手に家の中に入って行くシンの後ろを付いてコン内官も入ると、チェウォンと何やら見覚えのある男性がリビングにいた。
「おっ、坊主も来たの?いらっしゃい。飯の用意、できてるよ」
「あれ?もしかして、あれからここに居ついちゃったの?」
「ああ。色々、迷惑かけたからな。罪滅ぼしに庭の整備をしようと思って・・・荒れ放題だったろ?」
「別に良いのに。でも家の管理してもらって助かってる」
「あ、あの・・・」
「彼?ペク・チュンハ元翊衛士。コンちゃんも顔ぐらい見たことあるんじゃない?」
「あっ!」
「その節はどうも。メシ、できてます。冷めないうちに食いましょう」
緊張しているコン内官を余所に シン、チェウォン、チュンハの3人は、『爺ちゃんの面白ネタ帳』の話で盛り上がりながら食事していた。
聞いている内にコン内官も 緊張しているのがバカらしくなり、一緒になって笑っていた。
大騒ぎの食事が終わり、リビングテーブルにコーヒーが置かれると、空気が変わった。
「で、コンちゃん、俺に聞きたい事って何?」
「王立学園の事だ。チェギョンさまの王立編入を固辞した理由を私はチェギョンさまの身の危険を案じたためだと理解していた。そうじゃなかったのか?」
「・・・勿論、それが第一の理由だった。でも王族が徐々に学校に圧力をかけて、幅を利かせだしたことも知っていた。それが嫌で優秀な教師や講師が、大勢学校を辞めたのも・・・」
「なぜ、教えてくれなかったんだ?」
「坊主が通ってるのに気づかない宮の方がおかしいだろ!?」
「!!!」
「学校に入れたら学校に全て任せっぱなしで、坊主の心配をしなかったのか?自分の子じゃないから関係ないか?」
「ウォン!!」
「ゴメン、言い過ぎた。確かに俺は知ってたし、坊主の心配もしてた。でもソンジョおじさんと親父がいない今、俺は坊主の元講師の肩書しかない。もう宮に進言する力も参内する術もなかったんだよ」
「・・・せめてチェギョンさまの事を言ってくれれば、良かったじゃないか」
「それがヤだったんだ。『殿下の許嫁が王族から嫌がらせを受けてます』って言えるか!?自分から認めるような事、死んでも言えるかよ!それに坊主もチェギョンの事忘れてるみたいだったしな」
「「・・・・・」」
「もう良いか?」
「最後に聞かせてくれ。なぜ、シン教授がおられた時は健全だったんだ?」
「決まってるだろ。親父の存在が、王族を抑えてたからだ。ソンジョおじさんと親交があって、息子2人に講義をしてたんだ。学校に圧力をかければ、すぐに宮に報告が行く。だから王族も怖くて、バカな事はできないだろ」
「じゃ・・・シン教授のお陰だったのか」
「それでも親父の目を盗んで、言ってきてた奴もいたぜ。親父、教授仲間や事務の職員に声をかけてたんだ。王族が無理難題を言ってきたら教えてくれって。それで迅速に対処してた。それにス殿下は、それとなく王族を見張ってたらしい。そうだろ、チュンハ?」
「「えっ!?」」
「知ってたのか?」
「親父がな。チュンハは、仕事がオフの時、ス殿下の名代でよく王立に来て、懇意にしていた教授に困った事はないかと聞き回ってたんだ。親父が、穏やかな顔をしてるくせに人使いの荒い奴だって零してた。だから俺も宮に出入りしてる時、それなりにお前を観察してたわけ」
「・・・すまない」
「気にしてない。親父もそう思ってるさ。話、戻していい?ヒョン殿下は、尊敬する兄を補佐する立場を理解し、兄に迷惑をかけたくない想いから積極的に交友関係を広げようとされなかった。それが、ス殿下の急逝で、すべてが狂って歪ができたわけ。その最も顕著なのが王立学園であり、宮内部の規律違反ね。コンちゃん、理解できた?」
「ああ。自分の不甲斐なさが理解できた」
「まぁ、昔から真面目で頭固かったからな。でも侍従はそれで良いんだって。俺がなってみ?間違いなく滅茶苦茶になるよ」
「クククッ、確かに・・・」
「チュンハ、お前が言うな!茶、淹れかえてくる」
チェウォンがキッチンに向かうと、チュンハは落ち込むコン内官を見つめた。
「あの父子の先帝への忠誠心は、普通じゃない。あの荒れ果てた庭・・・ありとあらゆる毒草が植えられていたようだ」
「「えっ!?」」
「昔、宮で使われていた賜薬の作り方も研究してたようだ。ここの書斎には、そんな薬の作り方が載ってるノートが何冊もあったぞ。暗行御吏の仕事とはいえ、大したもんだな」
「「・・・・・」」
「現陛下が王族を抑えられなかった原因は、シン親子のような信頼できる側近がいなかった事だと俺は思う。ソ・ファヨンの指示で何人かの王族に接触したが、甘い言葉を囁けばすぐに食いついてきたぞ。シン殿下は、その点安心だな。シン・チェウォンが付いてるからな」
「はい!俺もそう思います」
「あ~~チュンハ、今 俺の悪口言ってただろ?坊主、同意してんじゃねぇよ」
「そんなんじゃないって!」
「ウォン、お前が王立に赴任して、立て直してくれないか?」
「はぁ?コンちゃん、どこかで頭ぶつけたか?何、バカな冗談言ってんだよ!?」
「ぶつけてもいないし、冗談を言ってる訳でもない。陛下がポツリと希望を漏らされただけだが、私個人の考えとしても 最善の対処のような気がする」
「・・・条件を呑んでくれるなら、考えてもいいぞ」
「その条件は何だ?」
「坊主とチェギョンの婚約の話は白紙に戻す。未来永劫、坊主とチェギョンは関わらない」
「「!!!」」
「当然だろ?娘のお陰で出世したと思われるのも心外だし、チェギョンも無い腹を探られ、肩身の狭い想いをする。俺たち親子にとって、何のメリットもないだろ」
「クククッ、確かにそうだな。得するのは宮だけだ」
「チュンハ、そう思うだろ?それにハッキリ言うけどさ、神話はめちゃくちゃ給料良いんだよ。俺、親父の給料知ってるからね。俺、家のローン、まだ相当残ってるし無理!」
「コン内官殿、貴方は宮側の人間だから仕方がないかもしれない。だが、宮自らは動かず、昔馴染みのウォンならこちらの提案は受けてくれる筈。その考えは、俺からしたら傲慢としか言いようがないな」
チェウォンとチュンハに言われ、コン内官はさらに己の考えの甘さに落ち込んでしまった。
(アジョシを王立に赴任?冗談じゃない!チェギョンと婚姻できないどころか、俺の花の学生生活が苦労の連続になるだろうが・・・絶対に反対!阻止してやる!!)