シン達が連れてこられたのは、関係者立ち入り禁止の一角にある一室だった。
部屋の至る所に画材が置いてあり、油絵の具の匂いがかすかに残っていた。
「伯父上、ここは?」
「一応、皇太子専用部屋として確保したが、ご覧の通り、チェギョンが使ってる。昔は空腹になれば我に返ったが、今は集中すると食事も睡眠も忘れてしまってね。だからスイッチが入ったらここで描かせてるんだ。そこの君達も座りなさい」
対面するソファーにイン、ギョン、ファンを座らせると、徐に口を開いた。
「初めに自己紹介をした方が良いかな?シンの父親の兄で、以前皇太子だったこともあるが、今は廃位して大君だ。そして君達が怪我をさせたシン・チェギョンの家に居候させてもらう代わりにチェギョンの後見している。父子家庭の上に親父が多忙な奴でね。チェギョンは、俺がほぼ育てたようなもんだ」
「「「!!!」」」
「娘を溺愛している父親が、学校中に監視カメラを設置したんだ。だから君達の犯行は全て録画してあるから、否認すると罪が重くなるよ。では聞かせてもらおうか・・・うちの可愛い姫君を目の敵にしたのは何故だ?」
「・・・すいません。あの子が宮と関係があるとは思いませんでした」
「チャン・ギョン!宮と関係がない奴なら、暴行しても平気だと言いたいのか!お前は、一体何様なんだ?!」
「・・・シン・・・ゴメン」
「クク、シン、落ち着け。きっと今までも親が金で尻拭いしてたんだろう。だから今回も金で解決できると思ってた筈さ。君達、そうだろ?」
「「「・・・・・」」」
「最低だな。伯父上、本当にアジョシと連絡がつかないんですか?」
「な訳ないだろう。目茶苦茶怒って、昨日から色々と画策してて、手が離せないらしい。アイツには、宮とユングループが付いてるから覚悟した方が良い」
「「「!!!」」」
「お前達、ホント井の中の蛙だよね。自分達の親にどれだけの力があると思ってるわけ?チェギョンの親父、国一番の個人投資家で、ミン交通を始め多くの大企業の経営コンサルタント業をしてる。可哀想だけど、君達の父親の会社、誰も救済しないと思うよ」
「「「えっ!?」」」
「あのさぁ、暴行した理由、いい加減話したら?」
「・・・ヒョリンが言ったんです。『いつもボッーとしててイライラする。目障りで仕方ないってシンが言ってる。シンの為に一肌脱いであげない?』って・・・だから俺達・・・」
「はぁ!?お前ら、バカか!皇太子である俺が、国民を傷付けろと言う訳がないだろうが!!」
大君は怒りを滲ませながら携帯を取り出すと、どこかに連絡し出した。
「ああ、チュンハ?そいつ、宮内警察に放り込んで」
「うん、頼む。で、近くにチェウォン、いる?いたら、代わって」
「・・・・はぁ!?何だそれ?・・・分かった。じゃ特別室にいるから、伝えといて」
通話を終えると、大君はカン・インを睨みつけた。
「カン・イン、ヒョリンのスマホが君名義ということは、社長令嬢じゃない事を知ってたんじゃないか?」
「・・・すいません。堂々と振舞っていたので、妾腹の娘で冷遇されているんだとばかり・・・」
「で、確認も取らなかったと・・・シンも含めて、ホント情けない。小娘の嘘に振り回され、犯罪を犯すような奴が、将来会社のTOPに立つ資格なんてないんじゃない?」
「・・・・・」
「リュ・ファン、一応神妙な顔をしてるけど、君が一番最悪だからね。ジャーナリストやプロのカメラマンでも目の前の人が危なかったら、取材せずに助けるよ?友人なら暴行シーンを撮影してないで止めるべきだったんじゃないの?あれを興奮しながら撮影してたなら、完全な人格破壊者だよ。病院に入りなさい」
「・・・すいません」
「ミン・ヒョリン、授業料免除の特待生の申請を毎年出してたそうだ。でも申請が受理されなくて、唯一の特待生であるチェギョンが憎かったらしい。チェギョンがいなければ、自分が受け取れたのにってさ。逆恨みでここまでするとは・・・人として何か欠けてるね」
「伯父上、なぜチェギョンが特待生なんだ?金には困ってないだろ?」
「聞いた事はないけど、腐るほど持ってるだろうね。本当は周りから理解を得るのに時間がかかる子だから、高校に進学させるつもりなかったんだ。でも学校から熱心に勧誘されてね、授業料もいらないから是非来てくれって・・・最初は固辞してたんだけど、母上がお前も進学させるし、最長老に頼んでガンヒョンも入学させるって説得した訳だ。ここまで言われたら、チェウォンも断われなかったみたい。ああ、ガンヒョンは最長老の外孫ね」
「学校側の気持ち、分かります。あれだけの作品が学校代表で出品されたら、鼻が高いと思います」
「当たり前だろ!芸術学会の名誉会員の年寄り達が、手取り足とり教えたんだぞ。お陰で、最年少芸術学会員だ」
「クスッ、園遊会でも皆さんに可愛がられてるようですよ」
「そんな天才画家の腕を折っちゃったんだよね、君達。利き腕なら、間違いなく抹殺だったね」
もうイン達の顔には絶望が広がり、ソファーに座っているのがやっとだった。
「あぁそれとな、シン、チェギョンをいつも見てたろ?ミン・ヒョリンは、それに気づいてたんだ。皇太子が興味を持つ子が、あんなボーっとした冴えない子なんて許せなかったそうだ」
「はぁ!?俺が誰を見てようが勝手だろうが!!傲慢にも程がある」
「まぁね。普段は明るくて良い子なんだが、他科の生徒達は別次元にトリップしてるチェギョンしか知らないんだろう。あの姿しか知らなかったら、不気味ちゃんなのは確かだしね。でも暴行する理由には、普通ならないよな」
「当たり前です!アイツが何をしたって言うんですか?!」
「・・・シン、単刀直入に聞く。一緒に過ごした日々が懐かしくて見てたのか?違うなら行動を起こさないと、俺のように大惨事を巻き起こして一生後悔することになるぞ。皇太子の座はくすんでるが、皇太子妃の座はキラキラ眩い光を放ってるらしいからな」
「・・・廃位したことを後悔してるのですか?」
「いいや、後悔していない。シンが初等部に入学する時に廃位する事は決まってたんだ。してるのは、独身主義なのに王族の圧力に負けて流されるように婚約した事だ。破棄はできたが、被害が大きすぎた。シンには、俺のような後悔はしてほしくないから言ってるんだ」
シンが黙ってしまい、大君がジッとシンを見据えていると、扉がノックされた。
「入れ」
「失礼いたします。皇太后さまの命により、宮内警察より参りました」
「うん、聞いてる。そこの3人、連れてって。罪状は、皇太子の許嫁に対する度重なる嫌がらせと暴行」
「「「!!!」」」
「これが、被害女性の診断書と暴行時のボイスレコーダー。校長室に監視カメラの映像があるから、回収していってほしい」
「かしこまりました。おい、立て!では、私どもはこれで失礼いたします」
「うん、頼む」
イン、ギョン、ファンの3人が警察に連行されると、シンが伯父に食いついた。
「伯父上、先程の話は本当なんですか?」
「何がだ?」
「チェギョンは、俺の許嫁なんですか?」
「父上が遺言を残したんだ。もし成人しても想い合う仲なら、どうかシンとチェギョンの婚姻を認めてほしいとね。シン、お前の気持ちは?」
「・・・お互い何も知らない子どもじゃない。分かっていながら、アイツの手を取っても良いんですか?それに宮もシン家も納得しているんですか?」
「初めは、どちらも複雑だったと思う。でも宮家は、父上の崩御後、宮に戻ったシンが日に日に表情を失くしていくことに心を痛めていた。だから母上はチェギョンをここに入学する事を強引に勧め、シンを入学させたんだ。これが、宮の意思だ」
「じゃ、シン家は?」
「アジョシもチェウォンも懐が深い。俺のフィアンセが奥さんを死に追いやったのに 廃位した俺を何も言わず居候させ、精神的に不安定になったお前を預かった人たちだ。そして暑苦しいほどの愛情をお前とチェギョンに注いでた。そして5年もの間、仲の良い2人を見続けていたんだ。きっとチェウォンは、何も言わないが今も複雑だと思う。それでもチェギョンが望むならと考える奴だ」
「じゃ、チェギョン次第?でも肝心のチェギョンは、俺のこと忘れてるみたいだね」
「・・・覚えてるぞ。シンが宮に戻った後、シンを恋しがって泣くチェギョンにチェウォンは全て包み隠さず話したようだ。それ以後、シンの事を一切言わなくなった」
「えっ!?」
「でも芸校の入学式の日、『シン君がいたよ』と言うから、声をかけたら良かったのにと言ったら、『そんな畏れ多いことはできない。目立つじゃん』と返ってきた。しばらくしたら、キャップを被って帰ってきた。『気づいたら被ってた。多分、シン君だと思う。覚えていてくれたんだね』と嬉しそうにしてたよ」
一瞬、顔が弛みそうになったが、伯父の顔が険しいままなので顔を引き締めた。
「ある日、『シン君、恋人いるみたい。もうシン君は約束の事を忘れたんだね』と肩を落として帰ってきた。『僕の奥さんになってね』って、お前言ってたらしいな。その直後ぐらいからだよ、嫌がらせされるようになったのは・・・さっきお前が近くにいるのに顔も合わさなかったろ?バカどもから嫌がらせされるようになって、お前から嫌われてると思ったようだ。極めつけは昨日のことだ。目に入るのも嫌なぐらい嫌われてるようだから、学校を辞めたいと言ってきたよ」
「!!!」
「シン・・・チェギョン次第じゃない、お前次第だ。お前が動かないなら、もう二度と会わせない。これがチェウォンが出した答えだ」
その瞬間、シンは立ち上がると勢いよく部屋を飛び出していった。
(ククッ、シンのあの慌てよう・・・今までどれだけ我慢してたのやら・・・バカな甥だ)
シンは、走っていた。
入学して初めて美術科の校舎に入り、チェギョンのいる教室を目指した。
教室の扉を勢いよく開けると、教室にいる只一人を除く全員がシンを凝視した。
シンは、一人だけ窓の外に向かって座り、黙々と絵筆を動かしているチェギョンに向かって歩き出した。
クラス中が息を潜めて見守る中、シンはチェギョンを背後から抱きついたのだった。
『!!!!』
「チェギョン・・・今までアイツらのこと気づいてなくてゴメンな。ホント辛い想いさせてゴメン」
「・・・シン君?」
「ああ、俺だ。今まで待たせてゴメン。約束を果たしに来た。昔のようにまた一緒に幸せに暮らそう」
『!!!!』
「シン君、ふぇ~~ん・・・」
立ち上がり振りかえったチェギョンは、シンの胸に飛び込んだ・・・絵筆を持ったまま。
「うわぁ~~!チェギョン、絵筆は置いてから抱きつけ!!」
「エヘ、油絵の具だから、取るの大変かも・・・」
「チェギョ~ン!!」
クラスメート達は、感動的な皇太子のプロポーズに立ち会った筈なのに・・・と思いながら爆笑したのだった。
その翌日、宮はシンとチェギョンの婚約を公式に発表した。
≪わたくし事ではございますが、この度幼馴染と婚約いたしました事をご報告させていただきます。将来を見据えて3歳より先帝が崩御されるまでの間、僕は一般家庭に預けられました。そこで彼女と知り合い、『大きくなったら、僕のお嫁さんになってね』と約束したことを覚えています。宮に戻ってもその約束を忘れたことはありません。本日、その約束を守る第一歩が踏めたこと大変うれしく思っています。彼女は、とても明るい天然娘です。きっと国民の皆さんに笑顔を届けてくれると信じています。どうか皆さん、これからの僕達を温かく見守っていただけたらと思います。≫
シンのコメントを見て、チェギョンを知る人たちは、苦しい表現に爆笑した。
(笑顔じゃなく、笑いを届けるの間違いだろうが・・・)
慶事の裏で、暴行事件での宮の対処は、恐ろしく迅速だった。
御曹司3人は放校処分の上、最も厳しいと言われる海軍に放り込まれた。除隊後は、15年間ソウル追放。
彼らの父親たちは会社存続の為、社長を辞任したが、それでも規模を縮小せざるを得なかった。
ミン・ヒョリンは全く反省がないことから、自分一人の力で20年暮せとアフリカ大陸に身一つで飛ばされた。
言葉も分からない治安の悪い国で、いかに生活して飛行機代を稼ぐのかは本人次第。
今まで他人の財布をあてにして生きていたヒョリンには、地獄のような生活かもしれない。
最後にヒョリンの母親は、チェギョンの父親が罰を与えた。
「ミン・ソヨンさん、貴女への罰は俺んちで家政婦として働くこと。申し訳ないけど、うちの娘、滅茶苦茶手が掛るんだよ。それプラス、母親を知らずに育っててさ。悪いけど、甘えさせてやって。大変かもしれないけど、数か月の辛抱だから我慢して仲良くしてやってほしい。まぁ20年もすれば、相当お金も貯まってるから実の娘を探して一緒に暮らせばいいさ。それまでに娘が改心してたら良いな。ああ、一つ言い忘れ。あっちに上品ぶったカメラバカと筋肉バカのゲイカップルが住んでるけど口外禁止ね」