翌朝、コン内官の出迎えもなく一人で朝の挨拶に向かうと、居間にはすでにコン内官が陛下と話をしていた。
シンの姿を認めると、コン内官は深々と頭を下げた。
「殿下、おはようございます」
「ん。皇太后さま、陛下、皇后さま、おはようございます」
「太子、おはよう。よく眠れましたか?」
「・・・はい、皇太后さま」
「無理せずとも良い。寝不足だという顔をしておるわ。太子、昨日の転落事故の件だが、かなり根が深そうだ。すべて私と皇太后さまで処理をする。今日は、コン内官を学校に同行させる。己の友人達の処遇だけは、お前に任そう」
「はい、陛下」
シンが乗る公用車にコン内官が同乗し、学校に向かうと、玄関前にはいつもはいない宮内警察の刑事が数名来ていた。
「殿下、おはようございます」
「・・・昨日の件ですか?」
「はい。学校長には話を通して、会議室をお借りしました。申し訳ありませんが、そちらの方にお願いします」
「分かりました。僕も友人達に聞きたいことがあります。同行させても良いでしょうか?」
「はい、構いません」
「イン、ギョン、ファン、俺に付いて来い」
「え、おう・・・」
「シン、あれ刑事だろ?何かあったのか?」
「・・・少しな」
今までと違うシンの雰囲気にイン達3人は不安を感じたが、翊衛士や刑事達が後ろから付いてくるので逃げる事も出来ず、シンの後ろを大人しく付いて行くしかなかった。
会議室に入ると、すでにイ弁護士が来ていて、大型テレビの移動をしていた。
「おはようございます、殿下」
「おはようございます。イ弁護士が来られているという事は、犯人が分かったのですね」
「はい。しっかり防犯カメラに映っておりました。判明していますが、一応殿下にも映像を確認していただいた後、拘束しに刑事が向かう予定になっています」
「いえ、僕も理由を聞きたいので、今、犯人を連れて来てください」
「かしこまりました」
刑事2名が校長と一緒に会議室を出ていくと、シンは3人に向かって話しだした。
「これから俺の質問に正直に答えろ!嘘が分かった時点で、不敬罪で拘束する」
「「「・・・・(ゴクリ)・・・」」」
「・・・イン、ミン・ヒョリンはお前の恋人なんだろ?まさかお前たちまで俺の恋人だと思ってないだろうな?」
「「「えっ!?」」シン、違うのか?」
「ハァ・・・ギョン、何でそんな勘違いができるのか俺には理解できない。何でだ?」
「う、噂が流れだした時、ヒョリンに聞いたら、アイツ笑って『内緒よ』って言うからそうなんだと思ってた。いや、それで信じた」
「殿下、どうやらミン・ヒョリン嬢自ら吹聴していたようですね。彼女の口から直接理由を聞かないといけないようですね」
「そのようです。イ弁護士、ミン・ヒョリンに対して不敬罪を親告します」
「かしこまりました。すぐに手続きに入ります」
「「「!!!」」」
「それからイン、一つ聞こう。ミン・ヒョリンをミン家の令嬢と俺たちに紹介したが、どこのミン家だ?」
「シン・・・・」
「えっ、どういう事?ヒョリンは、ミン調理師専門学校のご令嬢じゃないの?」
「はぁ?あっ、失礼しました」
ファンの問いかけに一番に反応したのは、昨日話したミン翊衛士だった。
「クスクス、そうか君が・・・カン・イン君、殿下にどうして嘘を吐いたんだ?」
「僕は、ただ彼女を紹介しただけで、ギョンが家はどこかと聞いた時、ヒョリンが恵民署病院の近くにあるミン調理師専門学校理事長の家だと答えたんです。それを皆が令嬢だと誤解しただけで、俺は肯定してません」
「なら、ミン・ヒョリンが令嬢のように振舞えるよう色々と買い与えていたのはなぜだ?彼女を着飾らせ、殿下の恋人だと吹聴させて、君は何がしたかったんだ?」
「そんなつもりは・・・ただヒョリンの嬉しそうな顔を見たかっただけです」
「殿下に迷惑をかけてまで、自己満足の為にヒョリン嬢を煽ったわけですか?」
「イン、俺らが誤解しているの見て面白かったか?」
「ギョン、違う!そんなつもりはなかった」
「じゃ、どんなつもりだよ!?俺、もうお前を信じられない」
会議室の雰囲気が悪くなる中、扉が開き、刑事がミン・ヒョリンを連れて入ってきた。
「えっ!?イ弁護士、間違いはないのですか?」
「はい、殿下。娘にも映像を見せ、確認をさせました。間違いないです。とりあえず1つ1つ解決していきましょう。ミン・ヒョリン嬢、なぜここに連れてこられたか分かりますか?」
「いいえ、全く分かりません。シン、この人達何なの?」
「クスクス、僕は宮の顧問弁護士で、君を連れてきた2人は宮内警察の刑事さんだ」
「えっ!?」
「連れてこられた理由は、昨日の防犯カメラの映像を一緒に見ようと思ってね。今から一緒に見よう」
イ弁護士がリモコンを押すと、設置した大型テレビが付いて、校舎の廊下が映った。
(あの子が、俺の許嫁か?)
しばらくするとヒョリンが現れ階段に向かう姿が映ったが、その数秒後、手洗い場にいた女生徒が振り向き、階段に向かっていった。
そこで画面が切り替わり、階段の踊り場で足を引きずるヒョリンに肩を貸している女生徒が映り、次の瞬間、ヒョリンが女生徒を階段に突き落とし、何もなかったように階段を上がって行った。
「「「!!!!」」」
「これがあなたを連れてきた理由です。ミン・ヒョリンさん、これはあなたで間違いありませんね?」
「ミン・ヒョリン、殺人未遂及び殿下に対する不敬罪の罪で、宮内警察に逮捕・拘束する」
宮内警察の刑事が、ポーカーフェイスのまま真っ青になっているヒョリンに手錠を掛けた。
「ミン・ヒョリン、連行される前にいくつか質問をする。殿下がいるんだ。嘘を吐けば、刑罰はもっと重くなるぞ。君は、有名な料理研究家のお嬢さんなんだろ?なのになぜ舞踊科に通っているんだ?」
「えっ!?」
「なぜ答えられない?由緒正しいミン一族は、ご先祖さまを大変誇りに思っていて、医者か料理人、もしくは宮にお仕えする。この3つの職業の1つに就くことが一族の決まりなんだ。そうだよね?ミン翊衛士?」
「ご存知でしたか・・・僕は本家の者で、代々宮にお仕えしています。そして分家が恵民署病院や調理師専門学校を経営しています。一族は、ドラマにもなった『大長今(テチャングム)』の末裔だと言われています」
「「「「!!!!」」」」
「調理師専門学校の家には、確か私より10歳以上年上の一人息子がいるだけです。本家の人間は分家に出向くことがないので、今日初めて知りました。ミン・ヒョリンとやら、君は誰だ?」
「・・・・・」
「本人は言いたがらないようですので、私が言いましょう。ミン家で住み込みで働いている家政婦のお嬢さんです。良かったら、叔母さんに確認を取っても良いですよ」
「・・・殿下、すいません。確認を取らせていただきます」
ミン翊衛士は殿下に断わりを入れると、会議室から出ていった。
「では、本題に入りましょうか?なぜあの女生徒を突き落としたのです?美術科の彼女とは、何の接点もなかった筈ですが?」
「ミン・ヒョリン、黙秘は許さない。話せ。なぜ面識のない女生徒を階段から突き落としたんだ?」
「・・・目障りだったからよ。何の取り柄もないあんな冴えない子が、シンの横に立てるなんて許せなかった。シンは私のことが好きなのに あの子の所為で告白できないで苦しんでるんでしょ?」
「は?どうしたら、それだけ自分の都合の良いように解釈できるんだ?」
シンはヒョリンの言い分に呆れたが、イ弁護士は面白そうにヒョリンの話を聞いていた。
「ヒョリン。君が突き落とした子、美術科のシン・チェギョンだよね?彼女がシンの横に立てるってどういう事?」
「それは・・・あの子がシンの許嫁だと聞いたのよ」
「ヒョリン、誰から聞いた?俺だって昨日初めて知った事をなぜお前が俺より先に知ってるんだ?」
「えっ、嘘・・・」
「俺は、嘘は吐かない。今、ファンが言って、初めて彼女の名前を知ったぐらいだ。宮の人間は、誰も俺に名前を教えなかったからな。ミン・ヒョリン、何もかも正直に話せ」
「・・・シンの伯母という人から聞いたのよ。バレエの恩師の先輩に当たる人らしくって紹介されたの。おば様は、私の方がシンに相応しいと仰ってくださったわ。あの子がいる限り、残念だけどシンと私は結ばれない。もし居なくなれば、おば様が私を推してくださるって・・・」
「君はバカか!!自分の欲の為に何の罪もない子を殺そうとする人間が、殿下に相応しい訳がないだろうが!!どれだけ浅はかなんだ」
イ弁護士がヒョリンを恫喝すると、ヒョリンはガタガタと震えだした。
「・・・俺の伯母?コン内官、ユ家筋に該当する人がいたか?」
「殿下、恵政宮さまと思われます。ミン・ヒョリンの通話記録を調べましたら、恵政宮さまのナンバーが何度もございました」
「は?ユルの母親がなぜ?コン内官、宮は伯母上の帰国を把握しているのか?」
「いえ、聞いたことはございません。すぐに調べるよう命令します」
「コン内官殿、どうぞこちらを」
イ弁護士が差し出したのは、ミン・ヒョリンが映っている多くの写真だった。
「娘に学校での噂を聞いた後、うちの調査員に調査をさせていました。ご覧頂いた通り、そちらのカン・インと行動はよくしておりましたが、殿下との接触は一切ありませんでした」
「「「えっ!?」」」
「お前達、何を驚いてるんだ?宮に戻れば、スケジュールがぎっしり日付が変わる時間まで組まれていて自由に外出できる余裕なんてあるか!」
「・・・コン内官殿、心を育てる為にもう少し余裕を持ったスケジュールを組むべきでしたね」
「イ弁護士殿・・・」
「コン内官殿、最後の写真を見ていただけますか?僕は一度もお会いしたことがないので確認をお願いします。ミン・ヒョリンは、そのご婦人と少なくとも3回は人目を避けた場所で会っています」
「あっ、これは・・・・私も10数年お会いしていませんが、間違いないと思います。恵政宮さまです。すぐに陛下と皇太后さまにご報告しなければ・・・殿下、少し席を外します」
コン内官がミン翊衛士と入れ違いで会議室を出ていくと、シンは首を傾げた。
「・・・なぜ伯母上は極秘帰国してまで、ヒョリンに会ったんだろ・・・」
「殿下、簡単なことです。殿下をスキャンダルで廃位に持ち込み、ご子息の義誠君さまを皇位に就けようと思っておられるのでしょう」
「スキャンダル?」
「『同級生を殺害した家政婦の私生児は、殿下の恋人だった』。マスコミに流れれば、こんなセンセーショナルなことはないと思いますよ」
「なっ!」
「恵政宮さまは、権力に執着しすぎて国外追放になった方。女優出身の彼女にとって、マスコミ操作なんて朝飯前でしょうね。そして後輩の教室に自分と同じ境遇で愚かな子がいる。恵政宮さまは、絶好のチャンスだと思ったでしょうね。殿下を追い落として、許嫁を抹殺できる。まさに一石二鳥です」
「なぜ許嫁の彼女を抹殺しなければならないのですか?」
「殿下を追い落として、義誠宮さまが復位しても許嫁がそのまま義誠宮さまにスライドすることを恐れたのでは・・・と、考えています。ミン翊衛士、父上から何か伺っていないか?」
「義誠君さまがまだ皇太孫だった頃、チェギョンさまとも遊んでおられ、恵政宮さまは、それを快く思っておられなかったと聞きました。その頃からチェギョンさまの周りで不穏な動きが出始め、先帝陛下はシン家の警護を翊衛士に命じられたそうです」
「たったそれだけの事で・・・」
「権力に執着する者は、目的のためには人の命も簡単に考えます。そこにいるミン・ヒョリンも同類です」
「ち、違う。私は、権力に執着していない。ただシンの傍にいたかっただけよ」
「その為には、殺人も厭わないと・・・呆れる思考回路だな」
「殺そうだなんて・・・少し怖い思いをすれば、辞退すると思っただけよ」
「・・・愚かという言葉以外浮かばない。悪いが、チェギョンにとってこのぐらいは日常茶飯事だ。階段10数段ぐらい可愛いもんで、駅の階段や歩道橋の最上部から転落したこともある。まだまだあるぞ。ひき逃げ未遂は数えきれないぐらいだ。大体チェギョンは自分が殿下の許嫁だという事を知らないから、辞退もクソもないんだけどな」
「「「!!!」」」
「だが君がした事は、殺人未遂には違いない。それも宮所縁の人間を殺めようとしたんだ。覚悟しておけ。刑事さん、後は宜しくお願いします。これが、今のボイスレコーダーです」
「イ弁護士、ご協力感謝します。では・・・」
刑事はボイスレコーダーを受け取ると、ヒョリンを引きずる様にして連行していった。
「コン内官殿、ミン・ヒョリンは宮内警察に任せました。宮は、何と?」
「申し訳ないが、私は至急宮に戻らなければならなくなった。イ弁護士、あとの事は君に任せてもよろしいか?」
「ああ・・・はい。陛下より連絡を受けています。何か困ったことがありましたら、ご連絡ください。すぐに駆けつけます」
「宜しく頼みます。殿下、申し訳ありませんが、お先に戻らせていただきます」
コン内官が会議室を飛び出していくと、イ弁護士はシンを見た。
「陛下より、こちらのご友人たちの処遇は殿下がお決めになると伺っています。どうされますか?」
「・・・・・」
「「「・・・・シン!」」」