庭先で、幼い少年と少女が笑いながら駆け回っている。
その姿を車椅子に座った老人を筆頭に10数名が温かく見守っていた。
「チェヨンよ、礼を言う。お前のお蔭で、心残りだったシンが笑った顔が見れた。もう思い残すことはない」
「ソンジョ・・・私も同じ気持ちだ」
「コン内官、あれを。。。」
「はっ!」
コン内官と呼ばれた男が、チェヨンに宮家の紋章が入った巻き物と漆塗りの箱を渡した。
「ソンジョ、これは?」
「儂からの最後のプレゼントであり、今までの謝礼だ。巻き物を広げて、読んでみろ」
チェヨンは、恐る恐る巻き物を広げた。
「!!!」
「驚いたか?死期が迫った時、儂の心残りがシンだったように お前もきっと心残りはチェギョンの行く末になるだろう。心清き者しかあの天使には近づけぬ。また穢れた輩が近づくと、危険に晒されるじゃろう。チェヨン、お前亡きあと、傷つきやすいあの子を宮が守ろう。だから宮に託せ」
「ソンジョ・・・」
「最長老、ならびに長老衆、最期の勅命を下す!シン・チェヨンの孫、シン・チェギョンを皇太孫イ・シンの許嫁とし、将来の国母とする。最長老たちは、チェギョンを国母の器となるよう責任もって教育せよ。またチェギョンに害をなす者は、この国の法律ではなく、宮の法度に則り死罪もしくは同等の罰を与えよ」
『『『御意・・・陛下のお心、しかと賜りました』』』
「パクや、儂の分も長生きして、シンとチェギョンを見守ってほしい。二人を頼む」
「あなた・・・」
「チェヨンや、お前に出会えて本当によかった。少し疲れてしもうた。もう帰れ」
「ああ、分かった。今度会った時は、いい酒を用意しておいてくれ。一晩中、飲み明かそう」
チェヨンは、グッと涙を堪えると振り返ることなく、シンとチェギョンの許に向かうのだった。
その翌日から陛下は意識が混濁し、3日後、皇后や長老衆に見守られながら、静かに息を引き取った。
先帝陛下の崩御から5年後、皇后ミンは、王立病院の一般病棟の待合室で呆然と座っていた。
数日前から体調不良を感じていた皇后は、ハン尚宮だけを連れ、お忍びで診察を受けに来ていたのだった。
そして医師の診断は、皇后に大きな喜びと絶望を与えるものだった。
一緒に診断結果を聞いたハン尚宮は、掛ける言葉が見つからず、ただ皇后に寄り添う事しかできなかった。
(皇后として、また母として、どうすれば良いんだろう・・・・)
受付前の待合室で病気に対する恐怖と戦っていると、見るからに派手な親子が現れ、皇后は思考を停止させた。
そしてその親子の傍若無人ぶりに顔を顰めた皇后の耳に、周りの患者たちの声が入ってきた。
『ハァ、また王族の横暴かよ。一体、何様のつもりなんだ!?』
『王族って、そんなに偉いのか?人間としては最低なのにな』
『あんなだから、宮は嫌われるんだ。いっそ無くなればいいのに・・・』
皇后は、国民の生の声を聞いて大きなショックを受け、隣に座るハン尚宮を見た。
ハン尚宮は、皇后と目が合ったとたん、目を逸らした。
「正直に話してちょうだい。あなたも知っているのね?」
「・・・申し訳ございません。目に余る王族たちの愚行は周知の事実で、国民たちはみな反感を持っているようでございます」
「そう・・・」
「恐れながら申し上げます。その両親の姿を見て育ったご子息たちは、輪をかけて酷いとお聞きしました」
「えっ!?」
「殿下がご成人なさった時、殿下の婚姻相手が誰になるのかと職員全員心配しております」
「なぜ、今まで黙っていたのです?」
「私達には真言牌に誓いを立てて、宮にお仕えした身でございます。また気楽にお話する事でもありませんでした」
「・・・宮に戻ります。戻り次第、皇太后さまに面会を・・・」
「はい、皇后さま」
(陛下に話せば、穏便に済まそうとされるだろう。でも息子の幸せが掛っているのに母として穏便に済ませるわけにはいかない。心は決まった。皇太后さまにすべてを話し、私と皇太后さまで問題解決するしかない)
宮に戻った皇后は、ハン尚宮を連れ、すぐに皇太后の住まいである慈慶殿を目指した。
そしてチョン最高尚宮とハン尚宮以外の全員を人払いを頼み、自分の体調のことや見てきた王族の愚行と国民感情まですべてを話した。
皇后の話を聞いた皇太后と最高尚宮は、ショックのあまりしばらく口を開くことができなかった。
「・・・話は分かりました。後は、私が責任もって何とかしましょう。皇后は、今すぐ入院し手術を受けなさい」
「いいえ、皇太后さま。入院も手術もいたしません。折角宿った命です。産みたいと思います」
「ですが、それではそなたの命が・・・」
「陛下の御子を粗末に扱う事はできません。きっと皇太后さまにも迷惑をお掛けすると思います。ですが、この子がきっと太子を変えてくれると信じたいのです」
「ミンや・・・」
「私は、シンの幸せが宮の安泰になると思っています。ですから、先程見たような娘が皇太子妃になることがないよう尽力したいと思います。皇太后さま、是非ご協力ください」
「・・・最高尚宮、コン内官を呼んでおくれ。あと兄上さまが、どう思われているのか知りたい。今すぐ参内するように伝えてほしい」
「かしこまりました」
「皇太后さま、ありがとうございます」
「ミンや、ここでは母と呼んでおくれ。ヒョンやシン、ヘミョンに何と説明するつもりじゃ?」
「ヘミョンには、帰国を促す手紙を書くつもりです。ですが、陛下とシンには、当分秘密にしたいと思います」
「それでは・・・あまりにも二人が不憫ではないか?」
「分かっています。ですが、陛下の性格ではすべてを受け入れることは無理かと・・・またシンに事実を話しても、今のシンでは素直に聞き入れることはないでしょう。これ以上、溝を深めたくありません。お義母さまに大きな負担をお掛けすることになり、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。ですが、今はお義母さまにしか頼る方がいないのです。どうかお許しください」
「ミン・・・よく頼ってくれました。礼を言います。二人で宮を守りましょう」
「はい、お義母さま」
皇太后と皇后は、涙を浮かべながらお互いの顔を見て、頷き合うのだった。
(あなた・・・先見の明があったはずなのに この事は予見できなかったのですか?ミンがすべてを投げ打って、宮の窮地を救おうとしてくれています。どうか可愛い嫁のミンを守ってあげて下さいまし・・・)