シンは、正殿と東宮殿を繋ぐ回廊の途中で、チェギョンが付いてきているか気になり後ろを振り返った。
チェギョンは、庭園に目を奪われたようで余所見しながら、付いてきていた。
シンは、チェギョンの前に立つと、スッと手を差し出した。
「えっ!?」
「余所見ばかりで、躓いて転びそうだから・・・」
「い、いい。さっき聞いてたでしょ?」
「気にしてない。まぁ、言わなくても手を繋げば分かるだろうし、転ばずにすむ。ほら、行くぞ」
シンはチェギョンの手をギュッと握ると、東宮殿に向かって歩き出した。
「・・・皇后さまもだけど皇太子殿下の君も温かいね。パクお婆ちゃまに酷い事言っちゃった。後で謝らないとね」
「事実だから気にするな。俺も素晴らしい場所だと思ったことはない」
「あのさ・・・ホント皇后さまって、君の事で頭がいっぱいだったよ。あんな優しいオンマ、見たことない。一度、ゆっくり話し合ってみたら?」
「・・・・・」
シンは、今まで頑なに信じていたことが根幹から覆るようで、チェギョンの問いかけに簡単に返せなかった。
チェギョンもシンの心情を理解したのか、それ以上話すことなく、2人は東宮殿に辿り着いた。
東宮殿に一歩踏み入れたチェギョンは、ワァ~と感嘆の声を掛けたと思うと、室内をキョロキョロさせた。
「今、お茶をお持ちさせますので、しばらくお部屋でお待ちください」
「は~い♪」
「チェギョン、こっちだ」
「うん♪」
シンの私室に入っても チェギョンはキョロキョロと周りを見回し、探索をしている。
「落ち着かない奴だなぁ。。。座ったらどうだ?」
「うん。。。落ち着きすぎた部屋で却って落ち着かないというか・・・でも何か男の子の部屋っぽくないよね。3つ下に弟がいるんだけど、弟の部屋ってプラモとかオモチャだらけだよ?!」
「そういった類のモノは買い与えられなかった。強請るわけにもいかないしな」
「そうだよね。。。無神経な子と言ってゴメン」
チェギョンがシュンとしょ気ていると、コン内官が二人の女官を伴って部屋に入ってきた。
チェギョンは、ワゴンの上に載っている紅茶とケーキに目をキラキラさせて、女官たちの手伝いをしだした。
「お嬢さま、これは私たちの仕事です。どうかお気遣いなく、お坐りになっていてください」
「ヘジャお婆ちゃんが言うには、私、女官志望みたいだから気にしないでください」
「ですが・・・」
「じゃあ、ここは私がしますから、オンニはコップ一杯の氷水とスプーン2本持って来てくれませんか?」
「えっ!?氷水とスプーンでございますか?」
「うん♪泣きながら寝ちゃったから、目が重くって・・・ははは。少し冷やしたいの」
「クスッ、かしこまりました。すぐにお持ちいたします」
一人の女官見習いが部屋から出ていくと、チェギョンはシンの隣に座り、コン内官ともう一人の女官を手招きした。
そして、鞄の中から紙と鉛筆を取り出すと、【盗聴器】と書き、口に人差し指をあてた。
「「「!!!」」」
【オンニが、チェ女官?】
チェ女官は、コクリと頷いた。
【さっきのオンニが、チェ女官さんの目を盗んで、部屋に戻って受信機を取りに行かなくっちゃって・・・だから、今、取りに行ってると思う。戻ってきたら、オンニを拘束してくれる?】
チェ女官は驚きながらもコクリと頷くと、コン内官は連絡を入れるためか部屋から出ていった。
【皇太子殿下の君は、普段通りでOK!では、少し部屋を探索しま~す♪】
チェギョンが部屋をゆっくり探索するのを シンとチェ女官は固唾を飲んで見守っていた。
しばらくするとシンの隣に笑いながら戻ってきて、美味しそうにケーキにパクついた。
(この様子じゃ見つけたのか?)
「ねぇ、食べないの?美味しいよ」
ケーキが半分チェギョンのお腹に収まった頃、先程の女官見習いが氷水とスプーンが載ったお盆を持って戻ってきた。
盆をテーブルに置いた瞬間、チェ女官は女官見習いの背後に立ち、両手首を掴むと後ろで固定した。
「えっ!?チェ女官さま?これは、一体・・・」
「オンニ、ゴメンね。ちょっとポケット調べさせてね」
「あっ・・・」
女官見習いは拘束の理由が分かって暴れようとしたが、目の前に立っているシンに睨まれ、抵抗する事を諦めた。
「あった!ねぇオンニ、あのコンセント一個だけ?他にも仕掛けたの?」
「し、知りません。私は命令されただけです」
「うん、知ってる。。。カク尚宮さま、助けてって、さっきから言ってるもんね」
「「「!!!」」」
女官二人はチェギョンがなぜ面識のないカク尚宮まで知っているのか驚愕し、シンは東宮殿の筆頭尚宮までがスパイだったことにショックを隠し切れなかった。
そこにコン内官が、情報部の職員を連れて戻ってきた。
「アジョシ、これ、証拠の受信装置。1個は、あそこのコンセントだと思うんだよね。まだあるかは、調べてもらってください」
「チェギョンちゃん、ありがとう。チェ女官、ご苦労。他に分かったことはあるか?」
「はい。あの・・・お嬢さまが、カク尚宮さまもグルではないかと・・・」
「何!?カク尚宮もか!?」
コン内官が情報部の職員に目配せすると、職員2名がカク尚宮を拘束する為、部屋を出ていった。
そして残った職員は、チェギョンが指摘したコンセントの他にまだ仕掛けられているか、部屋中くまなく調べ出した。
コン内官は、しばらくその様子を見ていたが、半ば呆然としている女官見習いの前に立った。
「私は、カク尚宮さまの命令に従っただけでございます」
「例え、命令であっても胸にある真言牌に誓いを立てて、入宮したはずだ。女官見習いであろうが、法度は知っているだろう。詳しい話は、カク尚宮と共に別室で聞くとにしようか。。。殿下、私は少し失礼して、この者たちを最高尚宮に預けてまいります」
「・・・うん」
情報部の職員たちも探索が終わったのか、シンに一礼をして部屋を出ていった。
シンは、ショックのあまりソファーに呆然と座り込んでしまった。
「ねぇ、大丈夫?でもこれで、安心して過ごせると前向きに考えなよ。あっ、冷た・・・でも気持ちいい~♪」
シンは、隣に座っているチェギョンに目を向けると、思わず目を見開いた。
「チェ、チェギョン、何をしてるんだ?」
「ん?目を冷やしてるんだけど?スプーンのこのカーブが、目にフィットするのよね~」
「プププっ・・・シリアスぶってるのがバカらしくなってきた。そうだな、前向きに考えることにするよ」
「そう、そう。人生一度きり、何でも楽しまないと・・・こんな事、どこにでもあることだし。いつか話のネタにできるようになるからさ」
(ひょっとして、チェギョンも盗聴器を仕掛けられた経験があるのか?)