シンにキャップを目深に被らせ、チェギョンは東宮玄関を目指した。
東宮玄関の門前には、黒のリムジンが停まっていて、ドアの前で派手な男性が立っていた。
門の前に立っていた翊衛士達は、中から中学生のカップルが出てきて、目を丸くしている。
男が後部座席のドアを開けると、チェギョンはすぐにシンと共に乗り込んだ。
シンは、初めて乗るリムジンに興味津々で、車内をキョロキョロして見ていた。
「オッパ、お待たせ。でも何で、運転手付きのリムジンで来たの?」
「お前と二人きりでドライブしてるのがバレてみろ。俺は爺さんに殺される」
「あはは・・・日ごろの行いが悪いからね。でも二人じゃないし・・・別に良かったのに」
「・・・チェギョン、まさかとは思うが、ひょっとして皇太子殿下か?」
「うん、よく分かったね。あんまり外の世界知らなさそうだから、誘ったの」
「おい、ちゃんと言って連れて来たんだろうな?」
「女官のオンニには、信頼できるオッパと出てくると言ってきたよ」
「ハァ、勘弁してくれ。。。で、どこに連れてけば良いんだ?」
「手芸屋さん。できれば、安い布地がいっぱい置いてあるところ」
「・・・神話デパートに行ってくれ」
「オッパ、人の話、聞いてる?何で高級デパートなのよ!?」
「あそこなら俺は顔パスだし、お前が持ってる商品券で買える。足らなかったら、俺が出してやるから我慢しろ」
チェギョンは不貞腐れていたが、男は気にすることなく携帯で連絡を取りだした。
連絡が終わると、男は改めてシンを見た。
「殿下、はじめまして。ソン・ウビンです」
「・・・イ・シンです。あのチェギョンの学校の先輩ですか?」
「親友の紹介です。俺の祖父は孫の俺よりチェギョンを溺愛してて、素行の悪い俺には教えたくなかったみたいです。でも知り合った事が祖父さんにバレて、それ以降、俺はチェギョンのボディーガードです」
「ボディーガードですか?」
「オッパ、デパートでもいいけど売り場に行くからね。外商に回していい?」
「分かった。俺は、外商サロンで待ってる」
神話デパートの地下駐車場に車が滑り込むと、デパートの社長と外商担当の社員が出迎えてくれた。
シンとチェギョンは挨拶もそこそこに 外商の社員を連れて、手を繋いで店内に消えていった。
シンは目に入るものすべてが新鮮で、目を輝かせてキョロキョロしていた。
「なぁ、俺も何か買いたい。帰ってから、お金もらって返すからいいか?」
「クスクス、良いわよ。多分、商品券で買えると思うからお金はいいわ」
「ありがとう」
売り場の店員と相談し、シンの気に入るカーテンの布地と必要な付属品を選ぶと、外商担当の社員に後は任せて、シンとチェギョンはデパートの中を探検して回った。
そしてシンが気に入った洋服を購入し、2人はデパ地下で試食品コーナーの惣菜を食べ歩きした。
「シン君、楽しい?」
「うん、楽しいし、美味しい。でも何で店員に何が入ってるのか毎回聞くんだ?」
「だってシン君、好き嫌い多そうなんだもん」
「好き嫌いはないけど、桃とナッツはアレルギーがあるな・・・」
「そっか。じゃ、それだけ気をつければいいね。何か気に入った料理あった?買おうか?」
「さっきの蒸し鶏、旨かった。もう少し食いたい」
「OK!じゃ、あそこの中華総菜を何品か買って、お昼ご飯にしよう」
数種類の惣菜を買うと、ウビンの待っている外相サロンを目指した。
「遅い!」
「ゴメン、ゴメン。あちこち探索してた。あれ、買った商品は?」
「もう支払いすませて、車に運ばせた。帰るぞ」
「うん♪」
地下駐車場に戻り、車に乗り込むと、ウビンはシンが手にしている紙袋を見た。
「おっ、そのブランドの服、買ったのか?」
「はい。シンプルで流行にとらわれないデザインのようなので・・・」
「ジフみたいな奴だな。ジフもそのブランドを好んで着てるぞ」
「じゃ、じゃあさ、ジフオッパの着なくなった服、もらっちゃダメ?成長期のシン君がいっぱい買うの勿体ないじゃん」
「チェギョンらしい発想だな。良いんじゃない?ジフはモノを大事にするヤツだから、着れなくなった服もトランクルームに保管してると思うぞ。とりあえずチェギョンの家に戻って、ミシンを取りに行くぞ」
「持って来てって言ったのに・・・」
「だ・か・ら、お前の部屋に入ったのがバレたら、俺は明日の朝、漢江に浮かぶっつうの!どうせジフの服を取りに行くんだ。ついでだ、ついで」
チェギョン達を乗せたリムジンは、大きな門を潜って、チェギョンの家に着いた。
チェギョンは驚くシンの手を握ると、建物の中に入っていった。
建物の中には、大勢の年寄りたちがいて、シンとチェギョンを見ると、どよめきが起った。
「いっぱいお爺ちゃんたちがいるけど、気にしないで入って。オッパ、部屋に戻っている間、シン君お願い」
「分かった。ゆっくりしてこい」
「ありがとう」
シンは、チェギョンがいなくなると、急に心細くなってきた。
「クスクス、誰も取って食おうとしないから安心しろ。ここは、爺さんさんたちがチェギョンの爺さんの為に建てた所だ。そして皆、チェギョンの庇護者だ。皇太子なら知り合って損はない顔ぶればかりだ」
「・・・はぁ・・・」
「げっ、祖父さんがいる。紹介するよ」
ウビンは、シンを老人たちのところへ案内した。
「爺さん、皇太子殿下だ。あっ、それから、今日の神話デパートの請求、爺さんに回すように言ってきた」
「報告が着たから知っておる。ギチョルが怒っておったぞ。今度はソンヒョンデパートを利用しろ。殿下、初めまして。祖父のソン・スンホでございます。ようこそ有閑倶楽部へ」
「有閑倶楽部?」
「はい。ここは、仕事を引退した年寄りたちの憩いの場です。どうぞお掛け下さい」
「あの、初めて会った時、俺の事を有閑倶楽部の新しい仲間かと聞いてきたのですが・・・子どもも多くいるのでしょうか?」
「・・・チェギョンの生い立ちをソンジェから聞きましたかな?」
「はい。少しだけ・・・」
「ここにいる年寄りは、そこそこ名のある者たちばかりでして、友達を作ろうとしないチェギョンの為に自分たちが見込んだ子供を通わせ、一緒に勉強をさせています。チェギョンはおそらくその仲間と勘違いしたのでしょう」
「爺さん、実の孫なのに俺をここに通わせなかったんだぜ。ジフは来てたのにさぁ」
「ふん。お前のような素行の悪い奴を推せるか!儂の信用に係るわい。ジフは隣が自宅だし、あの子もチェギョンが必要だったじゃろ」
「まぁな・・・アイツ、誰とも口を利かなかったしな。俺はダメでも殿下なら良いんじゃないか?通わせてやれよ。チェギョン、自分から手繋いでたぜ」
「ああ、さっき見て驚いた。だが残念ながら、通うならチェギョンが通う事になるじゃろうな」
「えっ!?」
「さっきソンジョから連絡が来た。殿下とチェギョンを連れ去ったのはお前かと聞かれたよ。宮内警察に連絡する寸前だったようだ」
「げっ!俺、もう少しで誘拐犯になるところだったのか?」
「クククッ、まぁな。だが、もう少しここで殿下を預かっておいてほしいらしい。今、宮中は、獅子身中の虫退治で忙しいそうだ」
「何だ、それ?」
「おそらくチェギョンが切欠を作ったんじゃろうが、やっとソンジェが重い腰を上げたようだ。王族たちのやんちゃぶりは、もう目を瞑れん所まできておったからな。ソンジェが動かなかったら、儂らが動いてた」
(そこまで王族たちは腐っていたのか?!なぜ陛下は、ここまで放置していたんだろう・・・)
「そうだ。ソンジェが今晩の王族会議にお前とジフをチェギョンのボディガードとして参加させたいと言ってきた」
「えっ、え~~!!」
「最長老は、今日で一気に形をつけたいのだろう。で、何が飛び出すか分からんから、お前たちを同伴させたいようだ。儂やソギョンが出るわけにいかないだろ?」
「あの・・・お爺さんは、どういった素性の方なのですか?」
「ウビン、言っとらんのか?表向きはイルシム建設会長ですが、本業は裏社会を牛耳っております。ウビンはその後継者ですな。因みにソギョンはジフの祖父で、ここのホームドクター。10年以上前に大統領をしてた奴です」
「!!!」