シンは、突然陛下から呼び出され、コン内官と正殿居間へと向かっていた。
(毎朝、10分程顔を合わせるだけの人たちを家族と呼べるのか、考えもんだよな・・・)
居間に入っていくと、陛下だけでなく皇后と皇太后まで顔を揃えて、シンが来るのを待っていた。
「・・・お待たせいたしました」
「太子、お前の進学の話なんだが・・・ソウル芸術高校を受験してみないか?」
陛下の申し出にシンは驚いて、陛下たちを凝視してしまった。
「ヒョンや、初めから話さないと。。。シンがビックリしていますよ。シン、あなたには許嫁がいるの」
「えっ!?許嫁・・・ですか?」
「ええ。言っておきますが、先帝が勝手に決めたお相手ではありません。あなたの強い希望で整った縁組です」
「!!!」
陛下や皇太后の口から出てくる衝撃の事実に シンは頭が真っ白になりそうだった。
「シン、聞いていますか?」
「はっ、はい、皇太后さま。で、その許嫁と芸術高校への進学とどういう関係があるのですか?」
「母上、ここからは私が話します。実は、先方から断りの連絡が入ったのだ。孫が幸せになるならと一度は了承したが、今の無気力なお前では孫が幸せになるとは思えないとな」
「・・・・・」
「先日、偶然会ったのだが、本当にいい子だった。だから、諦めたくはない。聞けば、芸術高校へ進学すると聞いた。幸い、芸校は私の出身校でもあるし、お前が興味ある映像コースもある。芸校は私を受け入れた事もあり、セキュリティーは万全だ。一緒の高校に通って、お互いを知ってから婚姻のことを考えてみないか?私達も太子には、幸せな婚姻をして欲しいからな」
「・・・少し考えさせてください」
「分かった。。。シン、もし受けるなら受験勉強はした方が良い。舞踊科以外は、かなり狭い門だからな」
「はい」
「シン、あなたが婚姻できないと言うなら、ユルを呼び戻します」
「えっ!?」
「私達の話は以上です。もう下がりなさい」
「・・・はい」
シンは、混乱したまま正殿を出ると、執務室には戻らず、そのまま東宮殿に戻った。
私室のソファーに座ると、シンはコン内官を見た。
「・・・コン内官、俺の許嫁が誰か知っているか?」
「お忘れになられたのですね・・・先帝さまのご親友のお孫さまで、殿下が皇太孫に封冊された後、何度か仲良くお遊びになられておられました」
「・・・5歳頃のことか・・・なぁ、陛下たちは、俺にどうしろと仰ってるんだ?」
「先程のお言葉のままではないでしょうか?先帝さまは、遺言でお二人のことを書かれておられます。ですが、無理やり婚姻されても お二人が幸せになられるとは思えません。殿下がどうしてもお相手をお気に召さないのであれば、あの時の殿下のお願いは子どもの戯言にされようと思われておられるのではないでしょうか?」
「・・・では、ユルの帰国は?」
「もし殿下が固辞されるなら、殿下は王族会が推薦するご令嬢と婚姻されることになりますので、ユルさまにお話をもっていかれるおつもりなのでしょう。私もお嬢さまの事を聞いておりますが、明るくて良いお嬢さまだそうです」
「なぜ、コン内官が知ってるんだ?」
「お嬢さまは、殿下の許嫁だと知らずに幼き頃より訓育を受けておられますので、侍従長の私にも報告が上がってくるのです。。。殿下、あなたはお忘れかもしれませんが、あなたの一言で約10年、そのお嬢さまの大事な時間を奪ったことは覚えていてほしいと思います」
「コン内官?」
「・・・出過ぎたことを申しました。殿下、陛下や皇太后さまのお話をよくお考えください」
「ああ。コン内官、その彼女の名前を教えてくれないか?」
「殿下、知ってどうされるおつもりですか?先方は許嫁解消を申し出てきているのですよ」
「それは・・・」
「お知りになりたいなら、行動を起こしてください。まずは芸術高校に入学なさることです。そしてご自身でお探しになり、親交を深めてください。お二人に縁があるのなら、必ずまた惹かれあわれるはずです。では、私はこれで失礼いたします」
コン内官が出て行った後、シンはベッドにダイビングして、天井の一点を見つめた。
(ハァ・・・許嫁か・・・俺が強く願ったって、一体、誰なんだ?もしその許嫁との縁がなければ、王族のあの傲慢な令嬢たちの一人と婚姻!?あり得ない!!残された道は一つしかないじゃないか!とりあえず王立から離れられ、好きな映像が勉強できるんだ。一石二鳥じゃないか。この話に乗る手しかないか・・・)
翌日、シンは陛下たちに芸術高校へ進学すると報告したのだった。
「分かった。太子、言っておくが、例え入学しても今のままではお前は受け入れられないだろう」
「えっ!?」
「意味が分からないか?ミンや、娘を持つ母として聞く。もし太子のような男をヘミョンが連れてきたらどうする?」
「・・・絶対に許すことはないでしょう」
「皇后さま?」
「シン・・・このまま抜け殻のような皇太子のままだったら、皇太子妃になりたい王族の令嬢と婚姻することを勧めるわ。それが嫌なら、シン、もっと視野を広げなさい」
「・・・はい、皇后さま」
東宮殿に戻ったシンに コン内官は芸術高校のパンフレットと過去の入試問題を持ってきた。
シンは、パラパラと入試問題を見た後、パンフレットに目を通しだした。
(へぇ、あの有名カメラマンや映画監督も芸校出身だったんだ。で、何々?大半が留学希望で、その為の授業カリキュラムを組んでるって、どういう事だ?!入試問題を見た限りでは、大丈夫そうだけど、合格ラインが高そうだよな・・・で、噂の許嫁殿は、一体どのコースなんだろ?)
「コン内官、特別な授業カリキュラムって何だ?」
「はい。1年次より毎回テストの成績が貼り出され、2年次より成績順にクラス分けされます。留学してその道で生きていきたい生徒と趣味程度に思っている生徒では、授業を受ける姿勢が違うからだと聞いています。また挫折した生徒には、3年次に大学進学コースも設けられています」
「ホント、至れり尽くせりですね」
「・・・殿下、入学時の新入生代表の挨拶は、本来主席合格の生徒が行うそうです。ですが、殿下のご入学がお決まりになれば、主席合格でなくても殿下が挨拶をすることになります。テストの成績が貼り出された時に恥をかかぬよう、頑張って受験勉強をなさってください」
「わ、分かった」
「では、私はこれで失礼いたします」
(主席入学しないと辞退しても恥だし、譲られても恥ってことだよな。。。)
入試を軽く考えていたシンだが、コン内官に言われ、生まれて初めて必死で勉強することなった。
試験日から合格発表まで、シンは胃が痛む思いで過ごした。
発表当日、胃を押さえながら、朝の挨拶の為、正殿へと向かった。
「クククッ、太子、コン内官から相当プレッシャーを掛けられたみたいだな」
「陛下・・・正直、こんなに勉強したのは初めてかもしれません」
「気持ちは分かるぞ。私もそうだったからな・・・太子、これが3年間続くと思ったほうが良い」
「えっ!?本当ですか?」
「ああ、経験者は語るだ。クスクス、周りの生徒たちは向上心に溢れている者たちばかりだ。いい刺激になるぞ」
シンは、考えただけでも眩暈を起こしそうだった。
「クククッ、太子、芸校を止めて、王立に進むか?王立なら、皇族は顔パスだから、今からでも遅くないぞ」
「い、いえ。頑張って、芸校に通います」
「そうか・・・おめでとう、合格だそうだ。今から、新入生代表の挨拶を考えておきなさい」
「!!!」
「どうした?嬉しくないのか?」
「あの・・・主席合格だったのでしょうか?」
「クスクス、コン内官の脅しが相当効いたようだな。太子を含む3名が満点で、主席合格だったそうだ。胸を張って、挨拶しなさい」
「はい!ありがとうございました」
居間を出て行くシンを見送った陛下たちは、シンの変わりように目を細めた。
「ヒョン、ミンや、あのように生き生きとしたシンを見るのは、何時ぶりのことでしょう。本当にいい笑顔でしたね」
「はい。母上の助言通り、芸術高校の進学を勧めて正解でした。あとは、芸校で良い友人に恵まれれば、言うことがないのですが・・・」
「そうですね。それと一番重要なのは、許嫁との仲です」
「母上、2年に上がれば、間違いなく同じクラスになる筈です。満点合格の一人が、彼女なのですから・・・」
「そうでしたか・・・本当にうまくいってくれれば、良いのですが・・・確か、あの子の専攻は美術コースでしたね?」
「はい。絵画コンクールの表彰式で出会いましたから、間違いないでしょう。絵の才能も素晴らしかった」
「ミン、シンの親として入学式に行きたいであろう?」
「えっ!?」
「私も スやヒョンの入学式や卒業式に行きたかったから、そなたの気持ちもそうではないかと・・・違いますか?」
「はい、もし許されるなら行きたいと思っています」
「では、行ってきなさいな。ヒョンと二人なら学校も恐縮するでしょうが、ミン一人なら大丈夫でしょう。シンの晴れ姿を撮ってきてくださいね」
「お義母さま・・・ありがとうございます」
皇后が涙するのを 陛下と皇太后は優しい眼差しで見つめるのだった。