ファヨンを睨み続けるユルに 最初に声を掛けたのは、ハギュンだった。
「ユルさま、ミナ、おかえり。ミナ、オンマとキッチンに行って、3時のおやつを用意してきてくれないか?スンミ、頼む」
「はい、あなた」
スンミとミナがリビングを出ていくと、ハギュンはユルに座るよう促した。
「ユルさま、どこからお聞きでしたか?」
「・・・最初から。アジョシに声を掛けようとしたら、この人がリビングに入ってきたから・・・」
「ユラ・・・」
「僕の名前を気安く呼ぶな!何でイギリスに来なければならなかったのかやっと分かった。すべてアンタの所為だったんだ。父上だけじゃ飽き足らなくて、今度はシンも殺すつもりだったの?」
「オンマはただ・・・ユルの為に・・・」
「オンマ?今更、オンマ?人を殺すことが僕の為?頭、可笑しいんじゃないか?」
もうファヨンは返す言葉もなく、項垂れるしかなかった。
ユルはもうファヨンを見ず、ハギュンの方に体を向けた。
「アジョシ、僕はこれからどうしたらいい?この人が生きている限り、帰国できないんでしょ?」
「今回、その事を話しあうために来たんだ。結論から言えば、運が良ければ9月には帰国できる。確率は50%」
「どういう事?」
「皇后さまが、懐妊されてるんだ。親王さまが誕生すれば、ユルさまの皇位継承権の順位は下がる。それにソ・ファヨン一味は、今月中に一掃される予定だ」
「一味って、そんなに多かったの?」
「ソ・ファヨンというより、ユルさまの父親の信望者が多かったんだ。ス殿下の学友は、経済界や政界に大勢いたからね。この女は、それを利用しただけ・・・でも残念なことにその全員が、駈け出しか下っ端だった」
「えっ、そんな筈は・・・」
「ファヨンさん、いい加減黙ってもらえませんか・・・はぁ、いくら皇太子の学友だろうが、先帝と共に戦後の経済、政治を建て直した重鎮たちにとれば尻の青い若造に変わりはない。貴女が殺そうとした少女は、そんな彼らの唯一のオアシス。分かり易く言えば、アイドルなんですよ。ス殿下も姪っ子の熱烈なファンの一人でした」
「シン内官・・・貴方は一体何者なの?」
「何者でもありませんよ。シン一族の直系に名を連ねていますが、私自身養子ですしね。今は宮を退官して、一族の長に仕えています。ソ・ファヨンさん、私を詮索するより自分の身の振り方を考えた方が良いんじゃないですか?もう貴女を助けてくれる人は、どこにもいません」
「じゃ、じゃあ私はどうすればいいの?」
「ご自由に。。。遊び相手の男の所に転がり込んでもよし、新天地で再出発されてもいい。ただし祖国へ帰国すれば即拘束、極刑が待っています。それからどこに行こうが構いませんが、貴女には一生マフィアの監視が付きます」
「えっ!?」
「ここは、アジア最大のマフィア・イルシムの会長が手配した家で、こちらのマフィアに3人の警護と貴女の監視をずっとしていただいたので、あなたの行動はすべて承知しています」
「なっ・・・」
「誤解なきよう言っておきますが、うちの一族はマフィアじゃありません。その証拠にうちの姪っ子の住まいは元大統領の邸宅の敷地内で、現在は宮に居候してます」
次々と明かされる衝撃の事実に、もう誰も口を開く者はいなかった。
スンミ・ミナ母子がお茶の用意をしてリビングに戻ってくると、ハギュンはスンミに目で合図をし、スンミはファヨンをリビングから連れ出していった。
「ふぅ・・・これで仕事の半分は済んだ。ユルさま、従姉妹のヘミョンさまだ」
「えっ、ヘミョンヌナ?」
「ええ、ユル、久しぶり。。。大きくなったわね。これじゃ道端で会っても分かってなかったかもね。それはお互いさまか」
「ヌナ・・・」
「シン・ハギュンさん、従兄弟のユルを今まで守ってくださってありがとうございました。ユルには悪いけど、あの人と一緒に生活して、真面に育っているのは貴方のお蔭です」
「私は尊敬するス殿下の最期の言葉『ユルを守ってくれ、頼む』、この約束を守ったまでです。またこれからも守り続けるつもりです。さぁ、話を戻そうか・・・宮は、今、混乱していてユルさまにまで目がいかない状態だと思う。だから宮の意向は分からないが、個人的には好きな道に進んでくれればいいと思ってる。どんな道を選択しても私がバックアップしよう」
「アジョシ・・・」
「うちは、親に恵まれなかった子どもたちを保護する施設を運営している。保護した子供たちを優秀な人材に育てて、さっき話した重鎮たちの会社に送り込む。これが一族のメインの事業なんだ。そして私を含む本家筋の者は、施設をバックアップするために全国を飛び回るのが仕事なんだ。うちを巣立った子供たちは、弁護士や医者から俳優まで、ホント色々な職業に就いている。だから負担に思わず、納得できるまでゆっくり好きな道を探せばいい」
「うん、分かった。そうさせてもらうね」
「良い子だ。でもな一つだけ注文を付ける。このイギリスで、スキップを重ね3年間で高等教育を修了してもらう。ミナと一緒にのんびり育ったからかなり厳しいと思う。できるかな?」
「・・・やらないとダメなんでしょ?」
「うちの姪っ子とシン殿下は、もう中等部の教育は終わってるんだ。同い年だから、帰国した時、比較されると肩身が狭いと思うんだ」
「げっ・・・頑張るよ」
「でも、矛盾していると思うかもしれないけれど、ユルさまだけでも学校生活を謳歌してほしいと内心思ってる」
「僕だけでもって、どういう事?」
「ヘミョンさまとシン殿下は、宮の立て直しで、おそらく毎日登校はできない。最悪、通信教育になると思う」
「えっ、うそ・・・」
「残念ながら本当です。正直、王立には通わない方が良い。中等部と高等部の入試問題を見たが、笑うほどレベルが低かった。加えて、生徒の質も悪すぎる。ヘミョンさま、姪っ子は皇后さまのご出産まで宮で居候する予定です。その間、姪とシン殿下とご一緒に机を並べられたらいかがですか?」
「///・・・・・」
「クスクス、冗談はこの辺にして、ミナ、ユルさまには好きな道を選べと言ったが、ミナには帰国したら私の仕事を継いでもらう。そのつもりでいてくれ」
「えっ!?どうして私だけ・・・」
「それは、ミナが本家の人間だからだ」
「そんなの好きで生まれたわけじゃない!!」
「それをユルさまやヘミョンさまの前で言うのか?!まだまだ子供だな。ミナ、よく聞け!お二人とも好きで皇族に生まれたわけじゃないぞ。でも皇族に生まれた限りは、避けては通れない義務がある。ミナ、お前も一緒だ」
「アッパ・・・」
「ミナはアッパはいなかったが、オンマやユルさまがいて、毎日が楽しくて幸せだったろ?学校はどうだ?」
「うん。学校も楽しいし、友達もいっぱいいるよ」
「だからだ。同じ本家筋に生まれたチェギョンは、物心ついた時にはアッパもオンマもいなかったし、学校にも行ってない。でも一度も文句を言わず、ひたすら一族の為に全国を飛び回って一生懸命だ。3歳からな」
「「「!!!」」」
「もっと言おうか?ベッドで寝るのは週に1~2度で、いつも机に突っ伏したまま寝ている。だから万年寝不足で、週に一度は点滴のお世話になっている。医者の卵にこのままじゃ3年もたないと言われたよ」
「えっ・・・」
「ミナ、お前が幸せなのはアッパとしては本当に嬉しいんだ。だがその反面、チェギョンが不憫で申し訳なく思ってしまうんだ」
「アッパ・・・」
「ミナ、イギリスで勉強に励みながら自由を満喫しなさい。そしてユルさまが帰国される時に一緒に帰国し、本家の手伝いをしてもらう。これはアッパとしての命令だ。もしこの命令がきけないなら、アッパはお前を勘当する」
「「「!!!」」」
「その時は、前例に倣いシン家から籍を抜く。当然だが何の援助もしない。そしてシン家に関わる人とは一切関わらせないし、シン家所有の土地には踏み込ませない。分かったな?」
「・・・はい」
「ヘミョンさま、小学生に何もそこまでとお思いでしょうが、ミナの歳にはチェギョンはすでにシン家の当主として君臨し、立派に一族を率いていました。我ら一族は、宮同様に守るものがあり、また誇りに思っています。誇りに思わない者は不協和音となり、屋台骨を腐らせいずれは崩壊に繋がるのです。まさに今の宮の状態です」
「あっ・・・」
「それを防ぐためにあるのが、法度であり掟です。いい加減、その甘い考えはお捨てなさい」
「・・・はい」
「おそらく当分、渡英できそうになさそうですので、私はここに残ります。ヘミョンさま、貴女は翊衛士と帰って、お世話になった方々に帰国の挨拶をした方が良い。外までお送りしましょう」
「はい・・・ユル、先に帰国して待ってるわ。貴方は私たちの家族よ。必ず私たちの所に帰って来て。ね?」
「ヌナ・・・ありがとう。お元気で」
ヘミョンはミナにも声を掛けると、ハギュンと一緒に外に出た。
「ヘミョンさま、折角ここまで来ていただきたのに何も言わせず申し訳ありませんでした。例え嘘でもユルさまの前で、不貞でできた子だなんて、存在を否定するような発言はして欲しくなかったのです」
「そうですね・・・それに貴方が口にする衝撃発言の数々で、言う気も失せました。私が口を開いたところで、貴方以上にあの人を凹ますのは無理だったわ」
「・・・話し合い、交渉事では、絶対に感情的にならないことが鉄則です。まぁ、例外もいますがね。うちの姫さまは、正義感が強すぎて・・・キレると誰にでも喧嘩売ってしまうんですよ。この間は、陛下に『ふざけるな!』って怒鳴ってました。クククッ・・・帰国したら、色眼鏡で見ず、妹として可愛がってやってください。お願いします」
ハギュンと玄関前で別れ、ヘミョンは車に乗り込んだ。
(はぁ、全部誤解だったなんて・・・私のこの2年間って一体何だったの?宮に戻ったら、正直にお母さまに話して謝ろう。ああ・・・帰国しても宮は問題が山積みなのよね。私、本当にやっていけるのかしら?)