チェギョンは、隣に座るコン内官と昔話に花を咲かせた。
「お菓子のアジョシが宮の内官さんという事は、私はお祖父ちゃんと宮に遊びに行ってたんですか?」
「クスッ、そうですよ。いつもユルさまと殿下と3人で遊ばれていました」
「あーーー、何となく思い出してきた。じゃ、あのいじめっ子が殿下だったのね」
「クスクス、いいえ、ユルさまでした」
「うっそ。。。いっつも泣いてた男の子が殿下?!信じられない・・・」
「クスクス、本当です。『コン爺、抱っこ』とよく仰ってた殿下が、今は無表情で、『分かった。下がってくれ』です。たまにあの頃が懐かしくなります。殿下には内緒ですよ」
「アジョシ、その気持ち分かりますぅ~。弟のチェジュンも昔は『ヌナ~、僕も連れてって』って可愛かったのに、今じゃ『おい、デジ(豚)』ですよ~。ホント、ムカつく」
チェギョンを乗せた公用車は、楽しい会話をしている内に東宮玄関の車寄せに到着した。
車を降りたチェギョンは、宮では珍しい洋館に案内され、一人の女官に出迎えられた。
「ここは東宮殿といって、殿下のお住まいです。少し陛下の報告がありますので、少し席を外させていただきます。報告が終わったら、迎えに来ますので一緒に食事にしましょう」
「えっ!?主の留守中に勝手に入って良いんですか?学校なんでしょ?」
「いえ、宮にいらっしゃいます。私が帰るまで、執務室に籠っておられる筈です」
「げっ・・・」
「クスクス、無愛想になりましたが、本質は昔の殿下のままです。チェギョンちゃんも昔のようにニッコリ笑ってあげてください。チェ尚宮、私が戻るまでチェギョンさまを頼みます」
「かしこまりました」
コン内官は、チェギョンをチェ尚宮に託すと、陛下のいる執務室に向かった。
陛下の執務室の手前に殿下の執務室があり、その前を通り過ぎようとすると、シンに呼び止められた。
「遅くなり、申し訳ございません」
「迷惑かけてすまない。学校は、何と言ってた?」
「はい、しっかり話し合ってまいりました。ご報告は、まず陛下にしてからでよろしいでしょうか?」
「俺も一緒に聞く」
「それでも構いませんが、ちょっと色々ありまして、チェギョンさんを宮に連れ帰ってきてしまいました」
「えっ!?チェギョンを?今、どこにいる?皇太后様の所か?」
「いえ、この後、一緒に食事する予定ですので、東宮殿でお待ちいただいています」
「・・・東宮殿に戻る」
踵を返して、急ぎ足で東宮殿に戻っていくシンを見送ったコン内官は、クスリと笑うと陛下の執務室に入っていった。
「失礼いたします、コンでございます」
「ご苦労だった。クスッ、太子は東宮殿に走っていったようだな。法度を忘れて走るとは、相当会いたかったようだ。では、報告を聞こうか」
「はい。学校側は、御曹司たちの所業に頭を痛めていたようです。いつも殿下が公務で不在の時らしく、殿下はご存じなのかどうか分からなかったと説明を受けました。学校側は処分したかったようですが、殿下の手前、我慢を重ねていたそうです」
「そこまで酷かったのか・・・で、処分は?」
「1ヶ月間の日直業務とトイレ掃除を言い渡されました。ただし真面目に行わないと即退学処分が下されます。個人的な意見ですが、寛大な処分だと思いました」
「そうか・・・例の女生徒のことはどうなった?」
「はい、学校側に殿下との交際の事実はないし、宮も迷惑をしていると説明しましたところ、大変驚かれました。宮が処分すれば、その女生徒の未来を潰すことになるので、学校側に処分を委ねたい旨と翊衛士の件をお願いした所、快諾していただきました」
「分かった。他に報告はあるか?」
「はい、2点ほど。独断ですが、ミン貿易に赴き、社長と面談してきました。社長には、すぐに事実確認をして対処すると約束していただきました。その後、チェギョンさまに会いに再度学校に向かいました。学生食堂で言い争っている女生徒がいたので近づきますと、問題の女生徒とイ・ガンヒョンさまでした」
「何だって!?真か?」
「はい。『私を誰だと思ってるの?ミン・ヒョリンよ。皇太子妃になったら、国外追放にしてやる』と怒鳴っていたので、仲裁に入りました。そうしましたら私にも暴言を吐き、私には宮と殿下が付いていると言うので、自分の身分を明し、あり得ないと否定してきました」
「はぁ、とんでもない娘の様だな。太子の前では猫を被っていたようだが、太子は何も気づかなかったとは・・・呆れてものも言えぬわ。で、聞こえたが、なぜチェギョンさんを連れ帰ったのだ?」
「はい、殿下に日直業務の内容とトイレ掃除を伝授していただこうかと思いまして・・・」
「クククッ、それはいい。コン内官、また報告を頼む」
「御意・・・では、私は東宮殿に顔を出して、昼休憩に入らせていただきます」
コン内官は急いで東宮殿に戻ったが、思った通りパビリオンにチェギョンの姿はなく、食堂の方から声が聞こえてきた。
(クスクス、殿下にチェギョンさんを取られたようだ。仕方がない、ハン翊衛士長と寂しく食事をするか・・・)
昼休憩を終え、コン内官が東宮殿に戻ってくると、シンとチェギョンは食後のコーヒーを飲んでいた。
「失礼します。チェギョンちゃん、宮の食事は美味しかったですか?」
「そりゃ、もう・・・違う、そんなことじゃなくて、アジョシ、何で私を宮に連れて来たか理由を教えてください」
「えっ!?殿下、まだ謝罪されていないのでしょうか?」
「あ・・・うん。チェギョン、携帯の話を聞いた。俺、アイツらが俺のいない所で横暴な事をしてるなんて知らなかった。でも周りを見てたら、気づいたはずだった。俺があまりにも無関心すぎた所為だ。ゴメン」
「ん~~、それって恋人の不始末を謝ってるの?」
「はぁ?何でそうなるんだ?」
「だって、私の携帯を壊したのはヒョリンさんで、殿下に謝ってもらう筋合いはないでしょ。でも殿下が謝るって事はそういう事なんじゃないの?」
「違う。全然違う!!俺の話を聞いてたか?俺がアイツらの所業に気づかず、注意しなかったことに対して謝ったんだ!」
「ホント、分かってないよね。殿下もあの人たちと同類だって、少なからず皆は思ってるんだけど?」
「えっ!?」
「例えば、学校には授業が円滑に進められるように色々な係や当番があるわけ。今までしたことある?日直とか、掃除当番それに各種委員会。あと体育の後の用具の後片付け。したことある?」
「・・・ない」
「自分が皇太子だから、特別待遇してもらえると思ってた?なら、王立に進学するべきだったんじゃないの?芸校に来たなら、公務で休んでる時は仕方がないけど、登校したら一生徒イ・シンとして、するのが当たり前なんじゃないの?そういう事も含めて、皆は怒ってるの」
「・・・・・」
「クスクス、チェギョンちゃん、その通りなんです。実はお願いと言うのは、殿下に日直業務とトイレ掃除の仕方を教えてほしいのです」
「「はぁ?」」
「殿下、学校側との話し合いの結果、殿下と御曹司3人の処分は、心を入れ替えて1ヶ月間日直とトイレ掃除をすることに決まりました。恐らく殿下は、日直も掃除もされたことがないと思いましたので、チェギョンさんにレクチャーしていただこうと思い、お連れしました」
「な、何で私なんですか?」
「私が学生だったのは、約40年前です。私が記憶している日直の仕事は今と全く違うので、殿下にお教えする事ができません。その点、チェギョンさんは在校生ですので、よくご存じのはずです。それにトイレ掃除の仕方を教えるなど、皇族に仕える私たちには畏れ多くてできません。ですから、幼馴染のチェギョンちゃんにご伝授していただけたらと・・・お願いできませんか?」
「ご伝授って・・・そんな大層な・・・」
「殿下、1ヶ月間の成果で、学校は殿下たちの処分を決めるそうです。つまり学校や生徒の皆さんが満足しない働きでは、退学もあるという事です。心して、日直とトイレ掃除をなさってください」
「・・・分かった。チェギョン、教えてくれ」
「はぁ?何、その上から目線。『教えてください』でしょ。私は、女官のオンニじゃないわよ!」
「・・・教えてください」
「クスクス、は~い。アジョシ、職員用のトイレに案内してください」
「職員用トイレですか?」
「はい。掃除の練習がしっかりできて、職員の皆さんにも喜ばれる。一石二鳥でしょ?」
コン内官は、チェギョンの満面の笑みに否定することができなかった。
(チェギョンちゃん、それは・・・喜ぶより 却って恐縮するんじゃないかと・・・)
宮職員がオロオロしながら見守る中、シンはチェギョンに怒鳴られながら、トイレ掃除をしたのだった。
トイレ掃除をして一つラッキーだったのは、あまりの不器用さにイラだったチェギョンが、昔のように『シン君!!』と呼び出した事だった。
(つ、疲れた・・・でもやっと『シン君』って呼んでくれた。これで、少しは昔のようになれるよな?)